隊商の護衛

「おお、お待ちしておりましたよ!」


 門の前に到着したカナメ達を見つけ走り寄ってきた眼鏡の男は、満面の笑みを浮かべてアリサへと近寄っていく。


「いえ、こちらこそお待たせしてすみませんエイムズさん」

「いえいえ、突然のお願いにも関わらず受けていただけたこと、感謝の極みですとも!」


 今にでも揉み手を始めそうな勢いのエイムズは黒縁の眼鏡がよく似合う、中肉中背の茶髪の男だった。

 野暮ったい長袖の服はしかし金糸を贅沢に使っており、よく見てみれば金銀や宝石をあしらった宝飾品がちらちらと見えている。

 アレは商人独特の財産の守り方であるらしく、いざという時に身一つで逃げてもすっからかんにならないようにする為のものであるらしい。

 ……まあ、盗賊もその辺は分かったもので、逃げる商人を追いかければ確実に稼ぎになると知っているから追いかけるし、商人も追いかけられると知っているので護衛を雇う。

 そんな感じの攻防戦が行商人の歴史であるらしいのだが、それはさておいて。

 アリサと話していたエイムズはカナメに視線を向け、その視線を背中の弓へと移動させると笑みを強くしてカナメへと振り向く。


「貴方がカナメさんですね? ミーズの救世主、弓の英雄! お噂は聞いておりますとも!」

「え? あ、いや。確かに俺はカナメですけど、そんな大したものじゃ」

「エイムズさん。カナメは控えめなので、そのくらいで」

「おお、これは失礼いたしました。あ、そうだ。握手をお願いしても?」

「あ、はい」


 カナメが差し出した手をエイムズは握ると、ブンブンと上下に振って満足そうに頷く。


「いやいや、重ね重ね失礼を。つい興奮してしまいました」

「え、あ、いえ」

「申し遅れました。私はエイムズ・シュトーレン。シュトーレン商会の主をやっております」

「ご丁寧にありがとうございます。俺はただのカナメ。家名を持たぬ若輩ですが、今回のお話はシュトーレンさんから頂けたと聞いて嬉しく思っております」


 エイムズの自己紹介に、カナメは寸前にアリサから叩き込まれていた挨拶を返す。

 ポイントは相手の自慢したいポイントを遠回しに持ち上げつつ、丁寧に……しかし完璧すぎないこと。

 完璧すぎないことは相手に優越感を抱かせるし、自慢したいポイントをさりげなく褒めることで相手の財布の紐も緩くなる……だっただろうか。

 今回の場合は、アリサ曰く家名がそうであるようだ。実際、エイムズの口元は隠し切れない喜びでピクピクと動いてしまっている。


「いえいえ、いえいえ! どうぞお気軽にエイムズとお呼びください! それにカナメさんの活躍も聞き及んでおります。その調子で邁進なされば家名を賜る日もきっと遠くありません。かくいう私もシュトーレン商会を立ち上げた日は「シュトーレン商会のエイムズ」でしたが、シュトーレンの家名を授かった日の喜びは今も忘れておりませんとも!」


 家名は、基本的に高貴な身分……つまり王族や貴族の権利だ。だから一般人の場合はアリサのように「ただのアリサ」と名乗ったり、どこぞの村の何々である、という風に名乗ったりするのが一般的であるらしい。

 しかし、一般人でも家名を名乗る事を許される場合があり……それが功績をあげたり有名になったりすることであるらしい。

 エイムズの場合もシュトーレン商会で名を上げたが故に、名乗る事を許されたのだろう。

 それが自慢になるのは当然だし、「シュトーレンさん」と呼ばれることはその自慢したい心をくすぐるわけだ。

 エイムズの自慢話を頷きながら聞き流していると、やがてエイムズは満足したのか手をパンと叩く。


「さて! 皆様方がいらっしゃるまでに門を出る手続きを済ませておく予定だったのですが……実は皆様方が護衛に参加してくださると知って、自分も加えてほしいという行商人が増えまして。少々調整に手間がかかっております」

「それは……護衛の方は足りますか?」


 アリサの投げかけた疑問は当然のことだ。隊商に参加する人数が増えれば、当然隊列は縦に長くなる。

 護衛の数が足りなければそれは隙になり、盗賊団を襲撃させる要因となる。

 何しろ、そこが隙です。襲ってくださいという盗賊団へのアピールのようなものなのだ。

 それは少々避けたい事態なのだが……かといって護衛を追加しろと依頼主に要求するわけにもいかない。


「いえいえいえ。それがですね。皆様が護衛に参加すると知った他の冒険者がこちらの様子をチラチラ伺うようになりまして。試しに声をかけてみたら好反応なんですよ。なんとかなりそうです。ははっ」

「……それはよかった」


 言いながら「たぶん自分でペラペラ喋ったな」とアリサは推測する。

 おそらく後から来る行商人からは負担金の他に手数料をとっているはずだし、それを使えば少々質の高い護衛だって雇えるはずだ。

 それだけの隊商を成功させたとあれば、エイムズの箔にもなるだろう。

 なんとも抜け目のない男だが、まあアリサには関係のないことだ。


「とりあえず、他の護衛と話でもしていてください。護衛用の馬車も幾つかありますが、今は中程の馬車で作戦会議をしてるはずですよ」


 そう言うエイムズに一礼して、カナメは全員に「行こうか」と呼びかけた。

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