出発準備2
冒険者用……というよりも旅人用のベルトは少しばかり面白い造りをしており、色々なものを挟んだり吊るしたりすることを前提に出来ている。
たとえば剣やナイフ。たとえば水袋。たとえば矢筒。どんなものにでも対応できるように穴や仕掛けがついたベルトは見た目にもゴツく、少しばかりカナメの中の男心を刺激しワクワクさせる。
これのチェックは簡単で、何度か引っ張ってみたりして耐久度を確かめてみればいい。
基本的に乱暴に扱い使い潰すものだから、引っ張った程度で壊れるならば買い替え時であるらしい。
何かあった時にベルトが壊れてしまうよりはチェックで壊れたほうが良いという理論であるらしく、カナメもなるほどと思ったものだ。
「ん……よし、大丈夫だな」
あちこち引っ張ってそう確認して床に置き、その次はマントのチェックだ。
防寒具でもあり旅先での布団替わりでもあるマントは、穴やほつれのチェックになる。
「こういうのって、なんかベテランはボロボロのマント着てそうだけどなあ」
「そういうのは逆に素人だって自己紹介ですよ」
冒険モノの主人公が風にたなびかせるボロマントを想像したカナメの言葉に、イリスはナイフを鞘から抜いて確かめながらそう返す。
「え、そうなのか?」
「そうですよ。マントは旅の基本であり、旅人の友とも言えるものです。基本や友を大事にしない輩に何処の誰が仕事を頼むのですか?」
「まあ、そこまで言わずとも服の上から着るマントは相手が最初に見るものですわ。性格はマントを見れば分かるというくらいですもの」
なるほど、とカナメは納得する。つまり「相手は靴から見る」というようなものなのだろう。そうなるとマントの手入れや補修方法をカナメも覚える必要が出てくるだろう。
「そっか。じゃあアリサに色々教えてもらわないとな」
「私がいるじゃないですか。レクスオール神殿のマントを補修するのにレクスオール神殿の神官騎士である私以上の適任者なんて居ませんよ?」
「あー、そっか。じゃあ、お願いしてもいいかな?」
「勿論です」
胸を叩くイリスにカナメが「よろしく」と笑うと、エリーゼが膝の上のカナメの服をぺしぺしと叩いているのが目に入る。
「え、えーと……エリーゼ? どうかした?」
「いいえ、何も。しわを伸ばしているだけですわ」
「そ、そっか」
どう見てもそういう顔ではなかったが、それ以上何も聞けずにカナメはそっと視線を逸らす。
こういう時にしつこくしても逆効果だと知っているが故だが、それで正解だ。
なにしろエリーゼが「こう」なっているのはマントの補修など出来ないが故に参戦すらできなかった自分に対する不甲斐無さ故であり、ついでに言えば「補修方法をもっと勉強していればカナメ様のあの笑顔は私のものだったのに」という何とも乙女チックかつ理不尽な嫉妬故であったりする。
しかしながら旅用マントの補修方法などを王族たるエリーゼが嗜んでいるはずもなく、旅に出た後もハインツが全てをこなしていたので覚える機会などあろうはずもない。
無論嗜みとして針と糸の取り扱いくらいできるし、それで多少出来ないこともないのだが……それでもカナメに自信満々に教えられる程ではない。
故に色々と悔しいのだが、それを口に出す程エリーゼも子供ではない。
「それにしてもあの二人は遅いですねえ。もうそろそろ戻ってきてもいいはずなんですが」
「あー、そういえば結構時間たつよな」
備品のチェックも終わり、服ももう最後のものを詰めるだけだ。
二人が戻ってくればそれが出発の合図のようなものなのだが……。
「アリサとハインツさんの組み合わせなら寄り道なんてのもないだろうし」
「トラブルでしょうかね。まあ、あの二人を長時間足止めできるトラブルがあるとも思えませんが」
「馬車が見つからないっていうセンはどうかな」
「あり得ますわね。特に今は人と物が流入する時期ですもの。乗合馬車も混んでいて当たり前ですわ」
ちなみに乗合馬車というのは一定のルートを走る個人運営の運送業であり、宿場町と提携して乗客の宿の確保を行っている場合もある。
しかしながら安全に関しては御者の護衛が一人いる程度であり、あとは自己責任となっている。
たとえば盗賊などが出た場合は御者は即座に護衛に守られ逃げるが、乗客は自分で戦わなくてはいけないというわけだ。
それでも安いということや徒歩よりは安全だということで幅広い層に利用されてはいる。
逆に言えば「強そうな誰か」が乗る乗合馬車は人気であるし、ベテラン冒険者に割引することでそういう層を狙う乗合馬車もある。
「そういえば馬車を買うとかって選択肢はないのか? あると便利そうだと思うけど」
「ありませんわね」
「ないですね」
カナメの思いつきにエリーゼとイリスは首を横に振って否定する。
「一言でいえば管理が大変です。盗賊にもこそ泥にも狙われやすいし盗まれやすいし、馬車の入れない場所や道も多くあります。色んな意味で余分にお金がかかりますから、銅貨一枚を惜しむ冒険者稼業では一番優先度が低いですね」
カナメがなるほどと頷いたその時、部屋のドアが開かれてアリサが顔を出した。
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