ダンジョン前にて

 ダンジョンの場所は、「そこ」であるとすぐに分かった。


「……あれは!」


 空の上から見るとよく分かる破壊痕。月明りの下でもよく分かる、木々が薙ぎ倒された跡。

 どう見てもそれは自然にそうなった跡ではなく、明らかに「何か」があったことがよく分かる。


「襲撃……!? くそっ、どこのどいつよ!?」

「はぐれモンスターでしょうか……とにかく安否を!」


 叫ぶダリアとルドガーを抱えた竜鱗騎士はそのまま降下し、続けてクシェルとカナメを抱えた竜鱗騎士も降下していく。

 人為的に切り開かれたその広場は降りるとガサリと焦げた草を踏んでしまうような有様であり、どうやら相当に強い火がこの場所で荒れ狂ったような印象を受けた。

 近くには焦げた炭の塊のようなものもあり、しかしよく見ればソレが切り株「だったもの」であることも理解できた。


「ジャン! エイル! いるなら返事をしなさい!」


 周囲を見回し叫ぶダリアだが、その声に答える者は無い。

 一方のルドガーは周囲を調べ、やがて地面から鈍く光る太い針にも似た何かを取り出す。

 螺旋を描くバネのような、しかしバネではない奇妙な形のそれをルドガーは検分するとダリアの目の前に差し出す。


「ダリア、これは確か……」

「エイルのね。魔力銀シヴェルト製のコルク抜きなんてアホなもの使うのは、アイツくらいよ」


 魔力銀シヴェルトならワインの味がどうのこうのと言っていたのを聞き流していたのをダリアは思い出す。

 確か家族のように大事にしていたはずだが、そんなものが此処で焼け焦げた姿であるということは……それを気にする暇もない事態になっているという証拠でもある。


「……ルドガー。この状況をどう判断する?」

「何者かによる襲撃だというのは間違いないかと。それも武装したあの二人を……退けうるような、そんな相手です」


 言葉を選んだ、というよりは明らかに濁したルドガーにダリアは目を細め「襲撃犯の予測は?」と続きを促す。


「恐らくは火魔法の使い手。それもかなり強力です」


 聞いていて、カナメもそれは納得する。これ程の焼け焦げた跡があるならば、それは火の魔法を使ったので間違いない。

 だが……そこでカナメは「あれ?」と呟いて近くに佇んでいるクシェルに小さな声で囁く。


「えっと……そういえば、ここで火魔法使ったんなら、なんで延焼してないんだろ。誰かが消したのかな? それに煙……こんなに燃えたなら、もっと目立っててもおかしくないような」


 ダリア達を邪魔しないようにと小声で聞いたカナメの気持ちを察したか、クシェルは静かに頷くと「それは火魔法が普通の火とは違うからです」と答える。


「火魔法とは魔法士の魔力を元に火を作り出す魔法です。細かい原理は省きますが、基本的に使い手の完全なる制御下にあるとお考えください」

「えっと……つまり?」

「相手を焼き尽くすつもりの攻撃型の火魔法では、木を焼いた程度で煙は発生しません。発生したとしたら、それは魔法士の未熟の証拠です」


 なるほど、だからルドガーは「強力」と判断したのだろうとカナメは理解する。


「延焼についても同様です。延焼するということは「制御を離れた火が存在する」ということですが、この程度の範囲の火魔法であればそのような事態にはなりえません」

「この程度の範囲って……」

「たとえばの話になりますが。魔法士が「とにかく強力な火を」ということだけを念頭に我武者羅に火魔法を構築したならば煙も延焼も発生する可能性がある……ということです。まあ、その場合は目に見えて甚大な被害になりますので分かりやすいかと」

「うげ」

「ですから、基本的に火魔法は不人気です。魔法士としての実力が丸分かりになりますので」


 そういえばエリーゼも氷魔法を使っていたな……などとカナメは思い出しながら頷く。

 しかしそうなると、此処で強力な火魔法が使われたという点は動かしがたいが……問題は「誰が使ったのか」ということだ。


「そういえばクラートテルランとかいうアイツは防衛戦では……」

「そのクラートなんとかっていうのが邪妖精イヴィルズ共の首魁なら、私達が死ぬところを確認してるわよ」


 カナメの呟きを聞きつけて、ダリアがそう答える。


「私達の仲間を一人巻き込んで、強力な火魔法らしきもので自殺したわ。アレで生きているとは思えない」

「……そう、か。確か魔法を使う中級邪妖精ミルズ・イヴィルズがいたはずだけど」

「可能性はあるわね」


 ダリアは頷き、周囲を再度見回す。


「侵攻の続きをしようとダンジョンを取り戻しに来た……というのは、充分有り得るわ。魔法を使う知能があるなら、そのくらいの頭が働いてもおかしくない」

「となると、完全に不意打ちで魔法を叩き込まれた……というところでしょうか?」

「分からないわ」


 ルドガーにダリアはそう答え、再び頭を悩ませ始めるが……その間に、カナメの視線はとある一点に向いていた。

 何やら地面に生えた祠のような、穴のような……明らかに「入口ですよ」と主張するようなソレがダンジョンの入り口であるのは恐らく間違いないだろう。


「ダンジョンの入り口ですね」

「あ、やっぱりそうだよな」


 カナメの視線の先を察しクシェルがそう教えてくれるが、こうして見ると実に奇妙なものだとカナメは思う。

 ダンジョンの入り口自体から感じる魔力のようなものは、これが自然のものではないことを明確なまでに主張してくる。


「そういえば、さ」

「はい」

「今思ったんだけど……襲撃犯がダンジョン取り戻しに来たんなら、ひょっとして今中に入ってたりするんじゃ……」


 カナメの言葉にダリア達が振り向くのとダンジョンの入り口に巨大な松明のような火がぼうっと姿を現したのは、ほぼ同時であった。

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