夜、酒場にて3

 乾杯の直後を見計らうように運ばれてきた大皿には唐揚げのようなものが載っているが、何の唐揚げかはカナメには良く分からない。

 自分が頼んだわけでもないので手を出さずにいるカナメの横でハロは気にせず唐揚げをつまんで「まあまあね」などと頷いている。

 そんなハロをこのやろうとでも言いたそうな目で睨んでいたダリアだが、その視線はカナメへと向けられる。


「……えーっと。カナメ?」

「あ、はい」

「貴方が「そう」ってことでいいのよね」

「噂の凄い奴なのか、って意味なら……俺はそんなに凄い奴じゃないです」


 何が「そう」なのかは確かめずに、カナメはそう答える。

 確かめずともダリアが聞いているのが「噂のレクスオールなのか」という意味であるのは明らかであったし、肥大化しているであろう噂程凄い奴かと聞かれれば当然カナメの答えは否だ。

 竜鱗騎士達はハインツがドラゴンの鱗を回収してくれていなければ使えなかったし、アロゼムテトゥラを倒したのはアリサだ。

 その後の活躍だってレヴェルがいなければ出来たかどうか。

 ……とまあ、そんな意味を込めたカナメの返答だったのだが……どうにもダリアにはお気に召さなかったようだ。


「そんな奇妙奇天烈な回答は求めてないわよ。「貴方なのか」って聞いてるの。美食問答の第二弾を作ろうってのならブッ飛ばすわよ」


 ちなみに美食問答とはかつて何処かの国の王による「もっとも美味い物を決めよ」という命令に「それを決めるのは甘いのと辛いのと苦いのと酸っぱいの、どれが一番美味いかを決めねばならぬ」「いやいや、薄味と濃味のどちらが美味いのかを決めねばなるまい」と一か月議論した挙句に王に「水を不味いと言う者は一人もおりませんでした。よって水こそが最高の美味でございます」と報告したという逸話だが……まあ、要は「ズレた事を言うな」というダリアの皮肉だ。

 当然ながらそんな皮肉が美食問答の話を知らないカナメに通じるはずもなく、しかし肝心の部分だけは理解したカナメは「ん……」と言葉を濁す。


「噂の真偽はともかく、噂の中心人物はこの子よ。まあ、本人はこの調子だけどね」

「ふうん……」

「よかったわね、また手間が省けて。ついでに例の場所について、こっちの手間も省いてくれると嬉しいわ」

「このくらいじゃ天秤が釣り合わないわよ」


 ダリアとハロは笑顔で睨みあい……ルドガーがダリアの肩をちょんと突く。


「ダリア、そのくらいで。カラアゲが冷めますよ」

「……まあ、それもそうね」

「カナメさんもどうぞ。思ったよりも大盛りでしたからね」

「は、はあ」


 言われてカナメは唐揚げを一つつまみ、齧る。

 サクッとした衣の奥から溢れるジューシーな肉汁と鶏肉につけられた下味の混ざった風味が口の中に広がり、カナメは思わずほわっとした顔になる。

 こちらの世界に来てからは干し芋に干し肉、それらを使った野外料理……宿でも揚げ物が出てくる時は大抵素揚げだったから、唐揚げの味は懐かしくも嬉しい。


「はあー……美味い」


 思わずカナメがそう呟くと、ルドガーは「ははっ」と軽い声で笑う。


「初めての人は結構躊躇うんですけどね。何処かで食べたことが?」

「え?」

「このカラアゲ。ほら、ダリアも手を出してないでしょう? 初見の人は結構躊躇うんですよ、見た目が奇妙ですからね」


 ……まあ、確かに唐揚げは衣で包まれているから何の肉かは見ただけでは分かりにくいし、そういうこともあるのかもしれない。

 だが、どうもルドガーの話し方からするに「そういうこと」とは少しズレているようにもカナメは感じた。

 なんだか、もっとこう……「カラアゲ」というもの自体について言っているように感じられたのだ。


「はあ……でも美味しいですよ。たぶん鶏肉だと思いますけど、合ってますよね?」


 だからカナメは肯定も否定もせずにそう答える。

 カナメに出来るギリギリの一手だったが……どうやら正解だったようで、ルドガーは一瞬動きを止めた後に頷いてみせる。


「ええ、鶏のカラアゲですからね」

「確かカラアゲっていうのは連合料理よね。かのトゥーロ王が好んで作ったって聞いてるわ」

「ハロさんはやはりご存じでしたか。ええ、連合発祥の料理ですが……手間がかかるみたいで中々ないんですよね」


 こんなに美味しいのにと呟きながらルドガーは唐揚げを齧るが、ダリアはそれを奇妙な表情で見たままだ。


「そんな正体不明のものを食べるなんて、私には理解不能よ。そんな茶色いもので包まれてたら、何の肉を使われてても分からないじゃないの」

「考えすぎなんですよ、ダリアは。パイだってパイ皮に包まれてるじゃないですか」

「パイは別でしょう。切ったら中身が見えるもの」

「じゃあカラアゲも切ればいいじゃないですか」


 ルドガーとそんな会話を交わしていたダリアはしかし、ルドガーをぺしっと叩くとカナメへと振り向く。


「カナメ、だったわね」

「あ、はい」

「単刀直入に聞くけど。貴方、王国に雇われてるの?」


 別にそういうわけではない。

 カナメとしては自分の今の立ち位置がどうであるのか、むしろ聞きたい方だ。

 王族であるエリーゼと一緒にいるのなら「王国の」という扱いになるのかもしれないが、エリーゼがその身分を隠している現在はむしろアリサがリーダーといっていい。

 となるとアリサの立ち位置がどうかという話になるのだが、「王国の冒険者」が「王国に雇われている」のかといえば、これもまた違う。

 そもそもカナメの現在が「冒険者」といっていいのかどうかも……と、こう考え始めると終わらない。

 だからカナメとしては「えーと……そういうわけでは」という答えになるのだが、それを聞いてダリアは頷いてみせる。


「なら、話は単純よ。貴方、私達と一緒に来ない?」

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