ハイロジア王女との会談2

「あ、はい。えっと……カナメです」


 言いながら、カナメはハイロジア王女と正面から向き合う。

 第十六王女ということは、エリーゼの一つ上の姉ということになるが……身長はエリーゼと比べると大分高い。

 顔立ちは似ている気もするが、よく考えれば王様には奥さんがたくさんいるんだろうし、実際には何歳か離れているかもしれないしお母さんも違うのかもしれないな……などとカナメは考える。

 あまり本人の前では言えないが、プロポーションに関しては結構似ている。具体的にどこがどうとは、口が裂けても言えないのだが、汗で濡れた布の服を着ているとどうしてもハッキリと分かってしまう。


「胸に関してなら、仕方ないのよ。母方の一族の女は皆そうだもの」

「カナメ様?」

「え、あ、いや」


 背後から聞こえてきた怖い声をとりあえず聞こえないフリをしつつ、カナメは顔を赤くして視線をそらす。

 あまり見ないようにしていたつもりだったのだが、気づかれてしまったらしい。


「す、すみません。そんなつもりじゃ」

「別に構わないわ。それに、剣を振るうなら大きくても邪魔なだけだったと思うし。そう思わない?」

「いや、えーと」

「だって、そうでしょう? 身体のバランスの問題からいっても非効率的だわ。たとえば、そこのいかにも胸の大きな神官の」

「姫様。そのくらいで。今すぐ逃げたいというような顔をされています」


 カナメの言葉にならない感情と表情を察したのかクシェルからそんな助け舟が出て、ハイロジアはこほんと小さな咳払いを一つする。


「……失礼したわ。殿方にする話題でもなかったわね」

「いえ、その。俺も本当に申し訳ありませんでした……」


 アリサの髪程に顔を赤くしたカナメは両手で顔を覆って蹲ってしまい、そんなカナメの様子にハイロジアは楽しそうに小さな笑みを浮かべる。


「あら、想像したより初心なのね。顔を見た時点でそんな気もしてたけど……エリーゼを含めれば三人も女を連れているからてっきり……」

「お姉さま、いい加減になさってくださいませ」


 うあー、と言い出したカナメを庇うようにエリーゼがカナメとハイロジアの間に立ち、軽くハイロジアを押しのける。


「カナメ様は真面目な方なんです。荒くれ者ばかりと好んで関わるお姉さまにはご理解いただけないかもしれませんが、そういう下世話な話題が嫌いな高潔な精神をお持ちなんです!」

「そうなの?」


 面白がってしゃがみこみ聞いてくるアリサにカナメは顔を覆ったまま無言で回答拒否を貫く。

 確かに苦手だが、高潔かと言われると顔をそらしてしまう程度にはカナメは健全なつもりだった。

 だが、そういう話題もちょっとくらいは好きとか言えない程度にカッコつけたい気持ちもあるのだ。

 故に、これ以上は色々マズいと判断したカナメは顔を赤くしたまま立ち上がる。


「と、ととと……とにかく初めましてハイロジア王女様! この度はお招き頂きまして光栄ですっ!」


 突然立ち上がったカナメにハイロジアは驚いたような表情を浮かべつつも、目の前のエリーゼをどかして優雅な一礼をしてみせる。


「ええ、こちらこそ招待に応じてくださって感謝するわ、ミーズの英雄殿」


 ミーズの英雄。そんな呼び名になっているのかとカナメは微妙な気分になってしまう。

 カナメとしては英雄などと呼ばれる程素晴らしい事をしたつもりはないし、そんな器かと言われるとやはり首を傾げてしまう。

 まあ、多少、かなり……相当目立った事をしたのは確かだが、英雄と呼ばれるのは「そういうもの」ではないとも思っている。

 しかし、わざわざ否定するのも失礼にあたるということも分かっているからカナメは曖昧な笑みを浮かべて一礼を返す。


「……英雄って呼ばれるのは好きじゃないって顔ね?」

「え、あ、いえ」

「構わないわ。英雄って呼ばれて自慢気になるようじゃ、ロクな男じゃないもの」


 その満足そうな笑みに、どうやら試されていたようだとカナメは思う。

 とすると、本当にそんな呼び名になっているかも不明だが……まあ、どうでもいいことだろう。


「でも、本当に事前の想像とは違ったわ。巨人ゼルトをも貫く矢を放つというから、強弓を携えた大男を想像していたのだもの」

「それは、えっと。ご期待に沿えず申し訳ないです」

「いいのよ。本当にそういうのが来たら手合わせしようと思って身体を暖めていたけれど、その必要もなかったわね」


 そんな怖い奴がいたらカナメだったら頼まれても手合わせなんかしたくはないが、このハイロジア王女はそういう性格のようだとカナメは理解する。


「そうなると、やはり矢というのは比喩的表現で実際には魔法士なのかしら。レクスオールのそれを想起させる矢を放ったとも聞いているけれど、確かエリーゼもそういう魔法を研究していたわよね?」

「ええ、まだ未完成ですけれど」

「そう。となると、カナメはその完成版を使えるということ……なのかしら?」


 言いながらハイロジアの視線はカナメの背中の黄金弓へと向けられ……ぼそりと「魔法装具マギノギアね」と呟く。


「エリーゼがそこにいる理由は理解したわ。もう「渡した」の?」

「……いいえ、まだですわ」

「そう。ま、いいわ。今日の本題はそれではないし……とりあえずお茶にしましょう?」

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