ミーズ防衛戦6

 イリスのビリビリと響くような宣言に、戦場の動きが一瞬停止する。

 勿論、それは声が大きいからではない。

 イリスの発した声は、それもまた魔法……声に魔力を乗せ自分に注目させる、本来であれば説法用の魔法だ。

 それ故に壁砦の面々も、モンスター達も……全員が、イリスに注目する。

 モンスターは言葉が理解できているかイリス達には不明だが、その視線はイリスに集まっている。

 自警団員達は不思議そうな顔をしつつも、神官騎士という言葉に反応する。

 一方の騎士達の中には何人かが敏感な反応を示したが……イリスはそのどれにも構わずマントを脱ぎ捨て、濃緑色の神官服の両肩を叩く。


魔法装具マギノギア起動オン


 その言葉と同時に両腕の袖の中から光が溢れ出し、肩を包む。

 そのままイリスの手の動きに合わせるように胸元へと光は広がっていき……イリスの上半身は、銀色に輝く白い胸部鎧に包まれる。

 だが、それでは終わらない。


魔法装具マギノギア起動オン


 丸盾を手で叩き、再びイリスはそう宣言する。

 そしてそれに応えるように丸盾は砂のようになって崩れ、イリスの両手を覆う篭手へと変わる。

 これ等はレクスオール神殿の一部の高位神官騎士にのみ与えられる魔法装具マギノギア

 その名も守護の鎧ガーディメイル槌撃の籠手クラッシュガントレット

 それらを身に纏ったイリスの姿は神々しく……しかし、一体の邪妖精イヴィルズが「何ヲシテイル! 殺セ!」と叫んだ事でモンスター達はハッとしたように進撃を再開する。

 だがイリスの視線もその「叫んだ邪妖精イヴィルズ」へと向けられる。


「……現場指揮官。そこにいたんですね」

「殺セ! 壊セェ!」


 もはや隠す意味などないとばかりに喚く邪妖精イヴィルズの指揮官を、高所から放たれた黄金の輝きが飲み込み消し去る。

 言わずと知れたカナメの弓神の矢レクスオールアローだが……イリスは振り返る事すらせず、壁から跳ぶ。

 纏った鎧から、そして篭手から膨大な魔力を放出させるイリスは輝き……その全てが、一瞬のうちに篭手へと集結する。

 鮮烈な篭手の輝きは秘めたる魔力の膨大さを示し……イリスはそれを、一気に下へ向かって解き放つ。


神のラウゼス……ハンマー!!」

 

 放たれた一撃は一足早く門に群がっていたモンスター達を蹴散らし、空いた空間へとイリスは降り立つ。

 目の前には迫りくるヴーンや槍角イノシシ、そして下級灰色巨人デルム・グレイゼルト達の群れ。

 だが、イリスは迷うことなく其処へ突っ込んでいく。


「神々よ、我が拳に力を……! 神の拳ラウゼスナックル!!」


 詠唱と共に篭手に魔力が再充填され、輝きを取り戻す。

 そして、イリスは自分を串刺しにせんと突撃してくる槍角イノシシへと走る。

 その上に乗る邪妖精イヴィルズもまた槍を構え耳障りな笑い声をあげるが……その槍が、角が……その全てが眼前に迫るその瞬間、イリスの拳が邪妖精イヴィルズごと槍角イノシシを遥か後方へと殴り飛ばす。

 だが、それでは終わらない。五匹居れば人間など簡単に殺すと恐れられるヴーン達の群れが四方八方からイリスへと迫る。

 不気味な羽音が、ガチガチとなる牙の音が五月蠅いほどに重なり響き……それがイリスを埋め尽くすその瞬間に、イリスから放たれた光がヴーン達を消し飛ばす。

 その程度でヴーン達が怯む間も無く、更にヴーン達は襲い掛かり……その中で、イリスの声が響く。


攻性物理障壁レオス・アタックガード


 唱えると同時に先程と同じ輝きがヴーン達を消し飛ばしていく。

 攻性物理障壁レオス・アタックガード

 それは障壁ガードと呼ばれる防御魔法の亜種であり、その中でも物理的な攻撃を防ぐ物理障壁アタックガードの力をそのまま攻撃に回すという「盾で殴る」的発想の魔法である。

 当然ながら広く知られた魔法ではなく、防御魔法の類に長けた神官騎士ならではであり……しかも、まだ終わらない。

 弾け飛んだヴーンにオロオロしていた邪妖精イヴィルズをイリスの拳が砕く。

 砕き、そのまま前進し、あるいは横っ飛びに移動してイリスは縦横無尽に壁砦の前を駆け巡る。


「凄いね、ありゃ。誰も聖国に手を出せないはずだ」

「アリサさん、貴女も何か……!」


 盾を構えていたアリサは時折弓も撃つが、それとて援護射撃的なものでしかない。

 時折邪妖精イヴィルズから放たれる矢はアリサの構えた盾によって弾かれてはいるが……今は、とにかく手が足りない。

 エリーゼの言うのは「魔法を使え」という意味だが……アリサは肩を竦め首を横に振る。


「悪いけど、私はまともな魔法はほとんど使えないんだよ。虎の子の杖もこの前壊れちゃったしね」

「そ、れは……」

「ま、このままじゃいかん事も確かだし……ハインツさん、カナメの事お願いできるかな?」

「承りましょう」


 即座に頷くハインツにアリサは意味ありげな笑みを浮かべると、ハインツの手に重たい盾を手渡す。


「……そ。なら任せた。いいね、私は確かに「お願い」して、アンタは承ってくれたわけだ。なら後から「出来ませんでした」とは絶対言わせない。アンタには出来るだけの力があるんだから」

「……ええ」

「な、ちょ、アリサ……!?」


 何か無茶する気かと止めようとしたカナメの背中を、アリサはバシッと叩く。


「いいから、カナメは巨人ゼルト共の撃破に集中! まだ敵の首魁も出てきてないんだから」

「そ、そんな事言ったって、アリサは……!」

「私は町の方行ってくる。程々にやったら戻ってくるから、頑張りなよカナメ」


 そう言い残すと、アリサは跳躍ジャンプの魔法で街の中へと跳んでいった。

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