ミーズ防衛戦4

 その爆発が起こったのはアリサ達からは離れた場所……町の郊外に位置する、出荷前のレンガなどを保管しておく倉庫街の一角である。

 あまり人の近づかないその場所で起こった爆発は倉庫の一つの扉を内側から壁ごと吹き飛ばし大穴を開ける。


「ヨロシイノデスカ、アロゼムテトゥラ様」

「いいのよ。ここまで来たら、もう止められやしない」


 中からゾロゾロと出てきたのは、しっかりと武装した邪妖精イヴィルズ達であり……鎧で身を固めたアロゼムテトゥラであった。

 そして、それに続くように周囲の地面からボコリ、ボコリと音を立てて装甲蟻シルドアント達が頭を出す。

 何故、こんな場所から彼等が出てくるのか……その答えは簡単だ。前々から詰所の騎士達に少なくない金を握らせ続け、この近辺を巡回ルートから外させたという……ただそれだけ。

 騎士達からしてみれば当時は「ちょっとした悪い取引を見逃せという話だろう」程度の認識だったし、それが露見しても「たまたま見つからなかった」などという言い訳をする準備も出来ていた。

 そんな甘い認識でいる内に森から続く地下通路は完成し……今に繋がっているというわけだ。


「な、なん……ヒィッ!」

「リ・ラデーテン・フレイアス」


 運悪く近くで作業をしていたらしい男が逃げ出そうとしたその瞬間、アロゼムテトゥラの放った火の魔法が男を黒焦げの死体へと変える。

 その死体に装甲蟻シルドアントが群がりボリボリと砕き始めるが、すでにアロゼムテトゥラは見向きもしない。

 その間にも、街中では悲鳴が聞こえ始める。

 此処同様に地下を掘り進んだ装甲蟻シルドアント達が地上に出ているのだ。

 ……勿論、こんな普通の蟻のように地面を掘るなどということは装甲蟻シルドアントの習性にはない。

 そうしろと命じられたからしていること。

 過去に事例がなく、有り得ないこと。

 故に、最高の奇襲の手になる。


「さあ、貴方達。準備はいいわね?」

「ちょ、ちょっと待て!」

「ギイ!」


 響いた声に反応して動きかけた邪妖精イヴィルズを手を動かして止めると、アロゼムテトゥラはそこに居た男に笑いかける。

 その男はこの町に元々居た詰所の騎士の一人であり……伝令の為に走り回っているはずの一人でもあった。


「あら、騎士様。おかげでこんなに潜入が楽だったわ。ありがとう」

「そ、そんなことよりだ! 俺達をその穴から逃がしてくれるという話だっただろう! こんな派手に壊して……穴は大丈夫なんだろうな!?」


 そう、ハインツの危惧通りにこの町の詰所の騎士達は裏切っていた。

 全てが手遅れだと知った後に、それを黙り続ける報酬として穴から外へ逃げる権利を買ったのだ。

 逃げた後にどうするつもりなのか。生き残って、他の者達にどう言い訳するつもりなのか。

 そんな事はアロゼムテトゥラには知ったことではないが、その愚かさがあまりにも面白くて消さずに生かしておいた。

 それをどう勘違いしたのか、この騎士は対等のつもりでこうして話している。

 自分達の機転が生き残るチャンスを作ったとでも思っているのだろうか、それともアロゼムテトゥラがあまりにも自分達の知る「人間」に近いから与しやすいとでも思っているのか。

 ……あるいは、「騎士」などという地位がモンスター相手に権威の光を輝かせるとでも信じているのか。

 ひょっとすると、アロゼムテトゥラ達を敵に回しても大丈夫なだけの実力があるつもりなのかもしれない。


「……どれかしらね」

「何の話だ……! それより穴だ! 穴は……」

「はいはい。穴なら無事よ」

「そ、そうか!」


 アロゼムテトゥラの返答に騎士はほっとしたような顔になると、表情を引き締めてアロゼムテトゥラ達の居る方へと歩いてくる。


「いや、やはり確かめなければ……万が一ということもあるかもしれん」

「慎重なのね?」

「当然だ。その為にお前達と取引したんだ」


 剣に手をかけながら歩いているのは、「殺されやしないか」という緊張からだろう。

 取引した、などと言っているのも「だから殺すな」という意思表示かもしれない。

 穴を確認したら、一人で逃げ出す可能性すらあるだろう。


「この町の、騎士隊長さんなんだったかしら」

「そうだ」

「強いのね」


 騎士が、アロゼムテトゥラの横に来る。

 手をかけた剣がカチャカチャと緊張で鳴り、今にも鞘から抜きたそうな……しかし、それをすれば完全に敵対してしまうという恐れが伝わってくる。

 

 ああ、こいつは単なる臆病者だと。そんな落胆がアロゼムテトゥラの中を満たす。

 こんな者相手では、確かめられないかもしれない。

 だが、それでも騎士隊長なら……人間の中では相当強いはずだ。だから。


「やっぱり、貴方の事殺す事にしたわ」


 騎士が自分の横を通り抜けたその直後に、アロゼムテトゥラはそう宣言して。

 反射的に剣を抜いて言語にすらならない声をあげながら斬りかかってきた騎士の首を短剣の一閃で斬り飛ばす。

 ゴロゴロと転がる首にも倒れる身体にもすでに興味を無くし、アロゼムテトゥラは溜息をつく。


「……そうよね。私は強いわ……するとやっぱり、あの執事の男がおかしいんだわ。それとも、私に油断が……」

「アロゼムテトゥラ様。皆待ッテオリマス」

「ああ、そうね。そうだわ。もう他の連中は始めてるのに、お預けじゃ悲しいわよね」


 町中から響く破壊音の中、アロゼムテトゥラは怪しく微笑む。


「さあ、始めましょう。人間共を殺して、私達の第一歩を始めるの。その嘆きと怨嗟を、ゼルフェクトに捧げましょう!」


 その宣言と同時に、モンスター達は町中へと我先に散らばっていく。

 ミーズ防衛戦はこうして、壁の壊れぬうちから街中での戦闘が始まってしまったのである。

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