ミーズ防衛戦3

「もう一つ……っ!」


 続けざまに放つカナメの矢が次々と竜鱗の鎧の騎士に変わり、下級デルムドラゴン達と空中戦を繰り広げる。

 竜鱗の騎士達の剣の腕自体はそれ程ではないが、空中戦が出来るというのは大きい。

 砦を攻撃していた下級デルムドラゴン達は竜鱗の騎士達に足止めされ……撃墜され、あるいは撃墜しを繰り返す。


「な、何アレ……」

「……魔動人形ゴーレムの秘術……」


 呆然とした顔で上空を舞う竜鱗の騎士達を見上げるアリサの後ろで、エリーゼはそう呟く。

 そう、それは間違いなく「魔動人形ゴーレムの秘術」と呼ばれる類の魔法であった。

 魔法装具マギノギアと呼ばれる物の中には、魔力で稼働する人形を召喚、あるいは生成し使役するものがある。

 これ等にかかった魔法は「魔動人形ゴーレムの秘術」と呼ばれ、ある程度が解析された今でも「秘術級」と呼ばれる超高難易度の魔法とされているものだ。

 それを魔力を流すだけで簡単に使える魔動人形ゴーレム魔法装具マギノギアは当然尋常ではない程に高い値段で取引されるが……実戦に耐えうるものとなると値段が天井知らずになる文字通りの「お宝」である。

 その視点から見ればカナメの矢から生成された「翼ある竜鱗騎士」は一線級の性能であることは間違いない。

 そんなものが自分の近くにどっさりと積んであるという事実にエリーゼはゴクリと唾を飲み込む。

 正直に言って、ありえない程の贅沢な戦い方であり……しかも、この全てがカナメの矢作成クレスタの魔法によって生み出されたものなのだ。

 上空に現れた竜鱗騎士達の姿に弓を防ぎながら前進を続けていた邪妖精イヴィルズ達も呆然とした表情で空を見上げ……その隙を逃さず放たれた矢を防ぎ損ねた何体かの邪妖精イヴィルズが倒れる。

 

「い、今だ! 空はアレに任せて……全隊、地上の盾持ちを狙い撃て!」


 魔法士部隊の指揮官もその好機に気づき、全員に地上の攻撃を命じ……放たれた魔法が地上の盾持ちの邪妖精イヴィルズ達を狙い撃つ。

 矢を防ぐだけの木の盾は当然魔法を防ぐには足らず、盾持ちの邪妖精イヴィルズ達も、その後ろに隠れていた斧持ちの邪妖精イヴィルズ達も絶叫を響かせながら倒れていく。

 それを本来はサポートする役割であっただろう下級デルムドラゴン達も竜鱗騎士達に阻まれ、地上を攻撃できていない。


「……ふうっ」


 連続で赤の矢を放ち続けていたカナメが息を吐いて肩を軽く回す頃には、地上も空中も防衛側有利の状況へと変化していた。


「おつかれさまです、カナメ様」

「あ、ありがとうございますハインツさん」


 ハインツに木のカップに入った水を手渡されたカナメはそれを一口含むと、周囲からの視線に気付き居心地悪そうに身体を揺らす。


「え、えーと……アレっていうか、この赤い矢なんだけど。これがドラゴンの鱗で作れたやつなんだ」

「そりゃそうだろうけど。何アレ」

「え、何って……俺も作った時にたぶんそういう矢だろうなーってのがあっただけで」


 矢の名前は、飛竜騎士の矢ドラグーンアロー。昨日の夜、鱗に触れていた時にカナメの中に唐突に浮かんできた矢であるが……カナメが想像したのは、今空を飛んでいる下級デルムドラゴンのようなものに乗って空を飛ぶ騎士だった。

 まさかそんなドラゴンに乗って飛ぶ騎士が出てくるとは思えなかったが、間違いなく強力な矢であるということだけは分かっていた。

 故に、カナメとしても「あんなもの」が出てくるのはちょっと予想外だったのである。


「とにかく、もうちょっとこの飛竜騎士の矢ドラグーンアローを撃てば空に関しては問題ないよな」

「空っていうか、地上もソレあれば制圧できるんじゃないの?」

「それはどうかなあ」


 ハハッと軽く笑うカナメだが、事実この場に用意された飛竜騎士の矢ドラグーンアローが全て竜鱗の騎士になったと仮定すると、それは王都からの増援を待たずして森の制圧に移れるだけの「空飛ぶ騎士」を用意できるのと同じ事だ。

 もし、このままの状況が続くようであれば何日でも防衛可能どころか反撃にすら移れるが……。


「……」


 地上の邪妖精イヴィルズ達による壁破壊の心配がなくなったせいで壁砦にも余裕の表情が広がり始めているが……アリサは厳しい表情で盾を構えたまま、森の奥を見透かすように見つめる。


「おかしい、ですわね」

「何がですか?」


 エリーゼの呟きに空の戦いを見上げていたイリスが疑問符を浮かべるが、カナメもまた矢を撃つ手を止めて同様の表情をする。


「イリスはともかく、カナメ様はご存知でしょう?」

「え、え。ごめん、何が? あの二人の事?」

「ではなく。敵の編成を見て気付く事がありませんか?」


 言われて、カナメは戦場をゆっくりと見回す。

 空にはカナメの竜鱗騎士達と戦う下級デルムドラゴンの群れ。

 地上には盾や斧を構えた邪妖精イヴィルズ達。


「……あれ?」


 足りない。森の中にいたのは、邪妖精イヴィルズだけではなかったはずだ。

 虫やら巨人やら……他にも居たはずだ。

 いや、そもそも。


「確か、森で魔法攻撃を受けたよな……? この距離なら届くはずなのに、どうして撃ってこないんだ?」

「そう。あいつ等は下級デルムドラゴンに頼らずとも遠距離攻撃の手段がある。魔法でなくとも、弓を使ったっていいんだ。盾持ちの連中の後ろに弓持ちを配置すれば、こっちにある程度の打撃を与えられたはず」


 そもそも、どうして「数」で攻めないのか。

 下級デルムドラゴンまで出した以上、出し惜しみする理由などはないはずなのに……何故。

 アリサの頭の中を巡るのは、この町の簡単な地形。

 ぐるっと壁砦で囲まれたこのミーズに攻め込もうとするなら、どうしても何処かの壁を突破する必要がある。

 一番戦力を隠せる森に面したこの場所が最も警戒するべき場所なのは確かだが、他に何か見落としがあるのだろうか?

 そもそも、敵のこの布陣は何を狙っているのか。下級デルムドラゴンで落とせるとタカをくくっていたせいで今の状況に慌て、次の対応に迷っていると考えるのは楽観的に過ぎる。


「囮……? でも、アレがそうなら何処から」


 呟くアリサの背後。町中から、何かが吹き飛ぶような爆発音が響いた。

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