ミーズ防衛戦

 そして、朝。

 まだ日も登らぬうちから……というよりも夜のうちから、ミーズの町を囲む壁……通称「壁砦」の動きは慌ただしかった。

 それはハインツの持ち込んだ話を「ありえない」ではなく「万が一」と仮定して動いているからであったが……壁の上を走る自警団員達の様子や見張り台で周囲を見回す自警団員達の目は真剣そのもので、町の門もいつでも閉められるような体制になっていた。

 騎士団も壁の上にいるのが見えるが……目立つのは門の近くに陣取った完全武装の騎士の部隊であり、その近くには伝令役らしき軽装の騎士の姿もある。


「なんか……凄いな」

「当然の反応ではあるかな」


 森から続く道の正面……門の上に設置された見張り台の上からその光景を見下ろしていたカナメは、アリサの言葉に振り向く。


「いやまあ、こんなの見るの初めてだし」

「カナメのことじゃなくて、自警団とか騎士団の話だってば」

「当然というよりは、やらざるをえない……というところでしょうか」


 苦笑するアリサに続くように、ハインツが説明を始める。

 ミーズの町をモンスターなどの襲撃から守るのは、当然ながらミーズの町を囲む壁砦だ。

 それを突破されてしまえば町を守るものはまさに「人の壁」しかなく、被害が大きくなってしまう。

 そうならない為の壁砦であり、その為の自警団なのだ。

 故に「明日の朝モンスターの襲撃がある」などという情報が入れば、それが明らかなガセであろうと自警団は動かざるをえない。

 そして同時に騎士団としても、それを警戒して来ている以上は情報が入ったと同時に迅速に動くことを求められる。

 それをしないのは怠慢であり、何処かから領主や王の耳に入れば騎士としての地位を剥奪されかねない事態に発展しうる。

 故に騎士団も警戒態勢で動き、それに引っ張られるようにこの町の詰所の騎士達も動かされる。


「ま、何もなければ私に騒乱罪を適用しようとしかねませんがね」

「え、大丈夫なんですかそれ」

「ええ、問題ありません。森の連中が動くのは今日であるはずです」


 今回のダンジョン決壊から始まる一連の事態は、仕組まれていた。

 最終的に何を目指しているかはともかく、このミーズを陥落させることまでは計画の内であるはずだ。

 わざわざ今回の計画のリーダーと思わしき二人が町の中に潜入していたのが、計画を確実に進めようとしている何よりの証拠だ。

 つまるところ、計画の邪魔になりそうな者を事前に暗殺しておきたかったのだろう。

 結果としてそれは失敗して計画は露見した。だが計画失敗というわけではなく、彼等はあくまで計画の実行を宣言している。

 決壊したダンジョンがある以上は時間がたてばたつほど彼等の戦力は強化されるが、同時にミーズの町側に集まる増援の数も多くなる。

 特に今回は国境近くということで帝国へも事態の報告が行われているはずだ。

 当然帝国としても騎士団を万が一に備えて派遣しているはずであり……それに挟撃されて尚計画を遂行しきれると思う程傲慢でもないだろう。

 そこまでの戦力が集まる前に王国と帝国の両方に数の差ですり潰されるくらいの計算は出来ているはずだ。

 ならばどうするか。その答えは簡単で、リーダーの二人の魔力を万全にした状態で襲撃を実行する……である。

 暗殺などという「念のため」の手段を実行しようと考える時点で露見しても大丈夫と思えるほどの充分な戦力は揃っているわけで、それ以上の延期は良い手とは言えないからだ。


「まあ、王都からの増援が到着した時点で作戦は防衛から攻撃に切り替わるのです。それを座して待つとは思えませんね」

「そもそも、誰が来るの? どうせ知ってんでしょ?」

「さあ。一介のバトラーナイトでしかない私にはそこまでは。ですが、勇猛と名高い紅炎騎士団が来るのではないかと噂でしたよ」


 肩をすくめるハインツをアリサは一瞥すると「紅炎騎士団ね……」と呟く。


「知ってるのか?」

「冒険者にとっては人気じゃない騎士団かな。仕事熱心過ぎて、冒険者には仕事回してくれないので有名だから」


 私等にとって良い騎士団は適度にやる気があって冒険者に仕事も回してくれる騎士団だよ、などと言うアリサにカナメは苦笑し、エリーゼもなんとも言えない顔をする。


「ま、まあとにかく。紅炎騎士団といえば団長はベテランの「猛火」ウォルフですわ。たとえ戦いが長引いても、あの方々が来るのなら安心ですわね」

「ふーん……」


 そんなに強いのかとカナメが納得していると、「そう簡単にはいきませんよ」という声が見張り台の下から聞こえてくる。

 そして梯子を上って顔を出したのは、神官服の上からマントを纏ったイリスだ。

 マントの前がはだけているので中の服装がよく見えるが、かなり使い込まれているにも関わらず神官服にはほつれや傷の一つもない。

 その手にはシュルトが持っていたものよりは幾分か立派な丸い盾があり……胸元には、大きな宝石のついたネックレスが輝いている。


「向こうだって、王国と帝国を敵に回す覚悟でやってるはずです。単純な「決壊」や「侵攻」ではなく、明確な司令官がいるのですから、大規模な事件を起こした後の事を考えないはずがありません」

「それって……何か奥の手があるってことですか?」

「ひょっとしたら、ですけどね」


 カナメの言葉にイリスは頷いた後、「もう一つの可能性」について考える。

 今回の事件の背後にいるのはゼルフェクト神殿。

 大陸全土で指名手配されながら未だにその全容が掴めない彼等が関わっているというのなら、あるいは……今回の混乱自体が目的の可能性すらある。

 どちらにせよ、生ぬるい戦いにはならない。見張り台の上に上がったイリスは森の向こうを見通すかのように視線を向け……響き渡るような大声で叫ぶ。


邪妖精イヴィルズ確認ッ!!」

「敵襲、敵襲ー!!」

「弓隊、魔法隊構えろ!」

「本隊に連絡! 始まったぞ!」


 自警団が、騎士団が叫び壁砦が慌ただしくなる中……森の中から、剣や槍で武装した邪妖精イヴィルズ達が一斉に湧き出した。

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