黒いアレ【日本国大阪府】
※本作はフィクションです。特定の人物、団体との関係はありません。
西暦2009年6月。
日本国大阪府。
「くそっ、なんでワシがこんな目に遭わなあか……ぐぉ」
全国展開する大規模居酒屋チェーン『ヲタミ』の社長、黒田黒兵衛は変異しつつある自身の手足を眺めながら悪態を吐いていた。
社長室にいるのは彼一人。黒田の声に答える者は誰もいなかったが、彼が魔物化しようとしている原因は明らかである。
従業員に対する度重なる暴言、暴行、賃金の未払い、サービス残業の強制。それ以外にも脱税やら何やらの余罪は多数あるが、要するに黒田はブラック企業の経営者だったのだ。
“声”が聞こえたのはもう十年前。
本来ならば黒田のような人間はとっくに魔物化していてもおかしくないが、抜け目ない彼は稼ぎを寄付金に回してカルマ値を減少させたり、他者を実験台にしてどういう行為でどれだけカルマ値が上昇するかを綿密に調査したりして、常にギリギリの線で魔物化を逃れてきたのだ。
ちなみに寄付金を入れているボランティア団体も、実態は黒田の部下を責任者として登録してある事実上の下部組織である。慈善活動も行ってはいるが寄付金の大半は密かに隠してあり、いつか「ルール」を誤魔化する手段が見つかったら全て回収する予定であった。
だが、そんな黒田にもとうとう年貢の納め時が来たようだ。
原因はカルマ値の上昇量の読み違え。常にギリギリの線を越えないように注意を払っていたのに、その調整を誤ってしまったのである。
実は、同じ悪行でもそれによるカルマ値の上昇量は一定ではない。
誰が、どういう理由でやったか等の要素によって大きく左右されるのだ。
例えば人を殺した場合でも、悪意や憎悪に起因する殺人ならば一発で魔物化にまで至るが、殺意のない交通事故などで結果的に殺してしまった場合は、そこまで大きくは上昇しない。
そして、今回黒田が読み違える原因になったルール。
同じ悪行でも何度も繰り返すと、一回あたりのカルマ値の上がり幅が増えるのである。
その上がり幅も常に一定ではなく、突然グンと増えることがある。そのランダム性が黒田の敗因であろう。なまじ、これまで無事でいられた経験が無意識の慢心に繋がったのかもしれない。
「…………」
やがて変異は完全に終わり、自我を失った魔物が一匹だけポツリと社長室に取り残された。
前世紀末の“声”以降、当時から社会問題になり始めていた、いわゆる「ブラック企業」は急速に数を減らした。経営陣が魔物化して潰れてしまった場合もあれば、危ういところで経営方針を転換して現在は健全な企業として生まれ変わったケースもある。
そんな元ブラック経営者が変異した場合、何故か台所などに出る黒い虫に似ることが多い。
隙間や湿気を好み、テカテカ黒光りする、異様に生命力の強いアレである。
世間での通称もそのまま『黒いアレ』だ。
黒いアレの体長は30cm程度と魔物にしては小さく戦闘力もほとんどないが、その小さな身体を利用して空調ダクトや下水道など何処にでも移動する厄介な存在だ。飲食店にとっては大敵である。
元黒田だった魔物も本能に従って、餌となりそうな残飯を求め近くにあった飲食店、奇しくも自分がかつて経営していた居酒屋のゴミバケツを漁っていたのだが、
「…………ッ!?」
「おっ、ホンマや。洗剤垂らしたら一発でコロリやった」
「な、言っただろ。テレビで言ってたけど、アレには殺虫剤より洗剤のが効くんだってよ。さ、とっとと店閉めて帰ろうぜ」
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