ヤクザゴブリン【東京都新宿区】


 西暦2019年、日本国関東某所。

 海外からの輸入雑貨を取り扱う商社に勤務する田中タケオ(53)は、いつものように都内の得意先への営業に向かっていた。


 同行を命じられた山田ヤマオ(22)は緊張の面持ちを浮かべているが、本年度入社したばかりの新人にとっては無理もない。いささか頼りなくもあるが、その若さが田中氏(53)にとっては内心微笑ましくも感じられた。

 いずれは山田(22)も仕事を覚え人を教える立場になるのだろうが、今の新鮮な気持ちもまた大切にすべきモノなのであろう。


 二人は交通機関を乗り継いで、目的の新宿区まで順調に移動したのだが、 

 

「た、田中さん!」

「おや、なんだい山田くん?」


 突然、山田(22)が叫び声を上げた。

 もっとも、田中氏(53)もとっくにその原因には気付いている。あえてノンビリとした口調で問うたのは、山田(22)を落ち着かせるためである。


「ナンジャ、ワレー!」

「ヤンノカ、コラーッ!」


 突如ビル陰から出てきたヤクザゴブリンは、悪行を重ね一定以上のカルマ値が溜まったヤクザが変異した魔物であり、新宿や池袋などによく見られるありふれた雑魚だ。緑色の肌と歪に尖った鼻が特徴である。

 どこで売っていたのか全くもって不明であるが、変異前から身に着けていたと思しき白スーツと紫のシャツ、金のネックレスという比較的よく見る格好をしている。


 顔が怖いのと、時折拳銃チャカ短刀ドスを持った個体がいるのが厄介だが、冷静になりさえすればレベル22の山田でも簡単に対処できるはずだ。所詮は群れなければ何も出来ない雑魚である。


「三匹か。じゃあ、私が二体殺るから山田くんは後ろのヤツを頼むよ」

「はい!」


 どうやら山田も落ち着きを取り戻したようだ。

 パニック状態のままなら怪我の一つもしたかもしれないが、レベル22の身体能力であれば拳銃の弾くらいは飛んでくるのを見てからでも避けられる。ましてやレベル53の田中氏が一緒なのだから、命の危険など無いに等しい。


 カルマ値が溜まって変異した魔物は、原則としてもう人間に戻ることはない。

 また、放っておくと暴れて被害を出すために、レベルに余裕があるならば率先して退治することが国連によって推奨されている。元人間とはいえ、容赦は無用である。


「テメー、ナメテンノ……カッ!?」


 突然、一体のヤクザゴブリンの頭部が吹き飛んだ。

 田中氏の上段蹴りで頭部が吹き飛んだのだ。量販店で購入した強化カーボン入りの革靴(※バーゲン品)、それにレベル53の身体能力を合わせた時の攻撃力は一撃一撃が戦車砲の直撃にも比肩する。恐らく死んだヤクザゴブリンは痛みも恐怖も感じなかったであろう。


「ギャギャッ!?」


 残りの二匹もようやく実力差を悟ったようだが、もう遅い。


「せいっ!」

「よっ、と」


 大学柔道で鍛えた山田の一本背負いが頭蓋を潰すのと同時に、アラミドワイヤー入りの田中のネクタイが最後の一体の首を刎ね飛ばした。

 もちろん返り血で服を汚すようなヘマは犯さない。

 なにしろ、これから肝心の営業仕事なのだ。身だしなみを整えておくのは社会人としてのマナーである。首が地に落ちる前に、田中氏は解いたネクタイを既に結び終えていた。


「あ! 今のでレベルが上がったみたいです」

「そうかい、それは良かった」


 山田は今の戦闘でレベルが上がって山田(23)になったようだ。

 レベルが低いほど成長は早い。都内の営業回りでは戦闘は付き物であるし、来年あたりにはレベル40台も夢ではないだろう。そうなれば、もっと魔物が多くて治安の悪い地域の担当も任せられる。


「おっと、それより急がないと。走るよ、山田くん!」

「やばっ、もうこんな時間ですか」


 二歳年上の先輩ではあるが、田中氏(53)も仕事に関してはまだまだ若造。

 間違っても遅刻などしないよう、二人して駆け足で得意先へと急ぐのであった。


 

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