第11話

「ステラ」

「今行く」

 今日は建国記念日。国のトップとして、国民の前に立って演説をする。厳戒態勢の警備が今日、どれほど多くの人が集まるかを表していた。

「みなさん、こんにちは。今日はこの国の建国百周年。百周年の節目の年、いつにもまして私たちはより良い政策を作り出しましょう。私は、みなさんのためにより良い国を作ることをお約束します」

「ステラっ」

 退場しようとしたとき、俺を呼ぶ声が聞こえた。それは、俺がこの世で一番憎い女だった。

「ステラ、ごめんなさい」

 はっ? 今更なんだよあの女。

「今更って思うかもしれない。でも、私は後悔してるの。息子を置いて家を出てしまったこと。でも紙本を巻き込むのはやめて」

 後悔……? なんなのあの女。

「あんたは俺と父さんを置いて出て行った。父さんは、あんたがいなくなって自殺した。父さんは仕事が忙しかったからあんたをかまってやれなかったかもしれない。でもあんたのことはちゃんと愛してたんだよ、父さんは。俺のこともな。そんな父さんを裏切って俺を一人ぼっちにしたのはあんただ。いや、あんたが大好きな紙本だ。恨んで何が悪い。滅ぼして何が悪い」

 あっ。やばい。つい叫んじまった……やっぱり、だよな……下にいる国民の目が痛い。

「私は、私は紙本が好きだった。インクの匂いが。紙の感覚が。だからあなたを捨てることがどれほど残酷でひどいかあの時は分からなかった。でも私はあなたを愛してる。あなたが私や紙本を恨むのは分かる。納得だってできる。でも、紙本が好きなのは私だけじゃない。だから、せめて滅ぼすのだけはやめて」


「ダリアさんは、お母様はあなたのこと本当に愛していたはずです。紙本以上に。近くにいたらその良さを見いだせない。あなたはダリア様にとってそういう存在だったのだと私は思います」

 あいつは、揚羽。一度会ったことがあったな。世界的に大きな賞を取ったとかで。あいつも紙本バカだ。わざわざ高い紙にこだわる理由が分からない。

「紙本は生き物なんですよ」

 紙本は生き物? あいつ何者だ。でもそんなことを言う奴、それにあの風貌、胡蝶だな。紙本作家全員集合か。

「創作物語というものには魂があります。でもその魂は儚い。宿れるモノがなければ一瞬で消えてしまう。本は魂が宿れるモノがないんです。だから消えてしまう。でも紙本は魂の宿るモノがある。だから紙本は動物と同じなんです」

「ステラ様、紙本製造禁止令の撤廃をお願いします。」

 国民を傷つけるのは心苦しい。撤廃しても……

「ステラ、お前の考えに素直になってみろ」

 アロン……? 俺の考えに…国民のことを傷つけるのはしたくない。でもあの女のことは許せない。けどあの女はちゃんと反省してる、後悔してる。許す、べきなのか…

「ステラ、憎しみは何も生まない。ただただ暗い未来しか待ってない」

 暗い未来……許そう、あの女を、紙本を。『母さん』を信じてみよう。

「ゆ、るす……。母さんを許す、紙本を許す。」 

「ステラ、ありがとう」

『母さん』は驚いていた。そして、涙ぐんでいた。決して今すぐ無理に仲良くすることはない。少しずつでもいい母さんの考えを知る努力をしてみよう。

「ただ今を持って、紙本製造禁止令を撤廃する」

 歓声が上がった。国民が楽しそうにしている。やっぱり、皆の笑顔は心地よい。



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