魔法『少女』だった頃⑥〜ずっと一緒に、だろ?〜
それはあかりの最後のゲート。香川の端に辿り着いた所だった。
「み、見つけた!!」
それまで黒い何かに押し潰されそうになってた私は、妹の魔力をようやく感じ取る事が出来て一気に力が湧いてきた。
よかった。この近くにいる。やっと見つけた。
「あかり! すぐそこに佳珠がいる……の。あかり!!」
「……るっせぇ。心配……ねぇよ」
魔力を消費しすぎたあかりは変身も解除され、肩で息をしたまま地面に倒れ伏せていた。
すぐにあかりの背中に手を当てて、魔力コアが傷付いていないか確かめる。これだけ強引な魔法の使い方をしてくれたのだ。もしかしたらと再び不安に駆られた。
「コアは……大丈夫ね」
「ば〜か……んなことしてねぇで、早く佳珠のとこ、行ってやれ」
「ありがとうね! すぐに迎えに来るから!」
安全な場所にあかりを移動させ、急いで人騒がせな妹の元へ向かう。ここから十キロもない。私の全速力なら目と鼻の先だ。
佳珠の馬鹿。姉ちゃんやあかり達にこれだけ心配かけて。こんな所まで来ちゃうなんて悪い子だ。数日は口聞いてやんない。甘やかしてあげない。
でもその前に、力いっぱい抱き締めてやる。
魔力反応がどんどん近付く。そろそろ目視出来てもおかしくない辺りに来ているのになかなか見つける事が出来ない。
より感覚を鋭く、集中して佳珠の存在を感じると、彼女は一つの建物の中にいた。道場だろうか。山の上を切り開いて建てられた大きな道場。なんでそんな所にいるのだろう。
入口と思わしき扉の前に降り立つ。人の気配はしない。夜だから誰もいないのかもしれない。
「佳珠! どこにいるの!」
何故か鍵のかかっていない扉を開けて中に呼びかける。しかし、返事はない。敵の反応もないし、怒られると思ってわざと隠れているのだろうか。
どんどんと奥に進み、廊下から大きな扉の前まで来た。上のところに神棚が飾ってあるってことは、ここが大きな道場になっているのだろう。
一度深呼吸をして、怒らない怒らないと自分に言い聞かせると、ゆっくりとその扉を開いた。
予想外の光景に、心臓を鷲掴みにされる。
道場の中は血の匂いが充満しており、辺りは血塗れの死体が何十体も転がっている。全てが道着を着ており、ここの武道家達だ。どれも鋭い三つの斬撃で胴体を切り付けられた傷。大きな獣にやられたようなそれはバラバラに分解されているものすら転がっていた。
そして、最後に目に入ったのは四角い魔力空間。見た瞬間、それが何かを理解した。
「魔力……結界」
以前真弓の修行をしている時に、彼女が一度だけ発生させた小さな隠蔽空間。その中の魔力や音は外側からほとんど感じ取ることが出来なくて、街中で戦っても他の人は気づかない便利な魔法だと騒いでいたことがある。
その何倍ものスケールの結界がここにあって、その中から漏れる僅かな妹の魔力。
それってつまり……。
急いで死体の転がる床を走り抜け、結界目掛けて神器を殴りつける。粉々に砕けた歪な空間から現れた光景は、考えうる中で最悪の状況だった。
「あら魔法少女。案外速かったのね。あなたが『姉ちゃん』かしら?」
腕に大きな羽をつけ、足に鋭い爪を生やした人外の化け物。物語でも有名なハーピーの姿をした鳥人間のそいつは、返り血で真っ赤に染まった爪を舌舐めずりした。
そして、足に踏まれたズタズタにされた妹。
「………………っ」
衝撃に声も出ず、私は頭が真っ白なまま力ない腕で神器を振り回していた。
そんなわけない。
何かの間違いだ。
だって佳珠は。
私が、守って……。
「せっかく【浮遊要塞クラウドトレント】まで連れてきたのに全員止められないだなんて、これじゃアイツになんて言われるか」
簡単に攻撃を回避したハーピーは何事も無かったかのように話し始める。そんな言葉も頭に入らなくて、私はずっと妹を見つめ続けていた。
「ま、お仲間がクラウドトレントに手こずってるようじゃアンタも問題はなさそうね。早いとこその女の子を回収させてもらうわ」
「…………佳珠?」
「はっ!私はアンタの妹じゃないわよ! 邪魔だから狂ったまま死になさい!」
「うるさい!!」
消えるような速度で襲いかかってくるハーピー。しかしそれも無意味。時を止めてしまえば速度なんて関係ないのだから。
動きも、音さえも止まった中で妹を抱き抱えて道場の入口付近へ移動する。再び動き出した世界で、勢い余ったハーピーが壁を突き抜けて外まで行ってしまった。
そんなことはどうでもいい。今たしかに佳珠が……。
「姉…………ちゃん」
「佳珠!!」
まだ死んでいない。息がある。
佳珠は生きてる!
「鬼ごっこ…………負けちゃっ、た」
「喋らないで! すぐに病院に!」
「へへ……ダメ…………もう、ダメかも」
「大丈夫!! 大丈夫だから!!」
根拠なんてない。なにが大丈夫だというのか。
「私がっ、私がもっと早く! うぅ、あなたと一緒にいれば!」
「泣か…………ないで」
「姉ちゃんが守るって、約束したのに! ぐぅっ、こんな事ならあなたに魔法を……!」
妹が戦うのが怖かった。傷付くのが怖かった。だから自分が強くなって守ればいいと過信した。全ては臆病な私が招いた結果だ。大好きな佳珠を守りたいなら、無理矢理にでもこの子を鍛えれば良かったんだ。
こんなことになったのに、死にかけてなお笑顔を見せる妹。なんでこの子がこんな目に。
「あ〜な〜た〜! 随分速く動けるみたいね! あなたも風魔法使うのかしらぁ!?」
「っ! 邪魔しないでよ!!」
「これならどうかしら!!」
攻撃を避けられたハーピーは激昂の雄叫びを上げて二十体から三十体もの分身を出した。ここまで速い悪魔がこの数。佳珠は死に物狂いで逃げ続けたのだろう。その気持ちを考えるだけで殺意が噴き出しそうになる。
相手の動きに合わせて反撃を繰り出そうとすると、突然私と佳珠の周りに暴風の障壁が出現する。
「【楽園】」
「!?」
佳珠の口から発せられた魔法。なんの練習もしていないこの子がこんな密度の濃い大魔法使えるはずがない。
「これで、少しマシかな? だね」
「あなた……コアが」
佳珠のコアが暴走して身体の血管が切れ始める。既に血塗れだというのに、これ以上血を流すと数秒と経たず助からなくなる。
変わらず笑顔のまま、佳珠は私を見上げながら話を続けた。
「姉ちゃん、今までありがとね」
「佳珠! ダメよ! 魔法を止めて!」
「少し、喋らせてよ。時間ないしさ」
「…………っ!」
「戦うのは嫌いだったけど、あかりんや、魔法少女と出会えたのは凄く楽しかった。空も飛べたし、幸せだったよ」
「…………」
「僕の我儘、聞いてくれて、姉ちゃん……大変だったよね」
徐々に喋れなくなる妹。
何も出来ず見つめることしか出来ない。
「せっかくだし…………姉ちゃん、視ておこうかな……」
「佳珠……」
佳珠の左目が光り、【仙見】が発動する。
「ふふ、姉ちゃんらしい」
「なによ、それ」
「姉ちゃん。これから大変だろ……けど、僕らはずっと……一緒だよ。だから、迷わない……で」
「佳珠!」
「姉ちゃん、大好き」
暴風が止んで、佳珠の目から光が消える。
そして、同時に私の時は止まった。
「死に損ないの癖に馬鹿みたいな魔法使ってくれたわね! せっかくこれからだったのにムシャクシャするわ!」
「…………」
「さっさと死ねばいいのに無駄に手こずらせて! アンタもそいつと一緒に死んじゃいなさい!」
「…………」
喚き散らして飛び掛ってくるハーピー。今度は何を言っているのかハッキリわかる。
なのに、何も感じない。
「ぐがぁっ!!」
止めた時の中で全てのハーピーを空へと殴りつける。分身は消え、一つに戻った彼女は何が起こったのかわからず混乱を極めていた。
同じ高度まで飛翔した私は神器に魔力を溜める。
「な、何を……」
「…………」
「私の速度に着いてこられるわけが無い!! 人間風情が!!」
「その山なら、いっか」
まだ喋りそうなハーピーの声を聞きたくなかった。再び時を止めて相手の口を鷲掴みにした私は、そのまま近くの何も無い山の頂上に殴り飛ばす。
土煙を上げて倒れ込んだハーピーは痙攣した身体を持ち上げようとするが上手くいかない。彼女が見上げる私は、どう見えているのだろうか。
「ま、待って! 私は依頼されただけで!」
「【次元割り】」
彼女の断末魔は響かない。
その日、香川の山が一つ消えた。
後から駆けつけたボロボロの仲間と帰還した私は、妹とよく遊んだ山に彼女を埋めて、墓石の上に佳珠がいつも被っていたハンチングを乗せた。
一人それを眺めながら、彼女が最後に残した言葉の真意を考える。
ずっと一緒だよ。
その答えは、割とすぐにわかる。
一言も発することなく半年の月日が流れ、その間にあかりがケルベロスに負けたと聞いた。その間もずっと佳珠の側で魔力だけ高めていた私は、また駆け付ける事が出来なかった。
夜に病院に忍び込んで、眠り込む彼女を眺めていると、ふと思いついて魔法を使ってみた。時間、戻せないかなと思って。
「【アフターパーティ】」
それは想像していたよりも効果が高く、あかりの身体はすぐに元通りの綺麗な状態に戻る。
これならもしかすると……。
夢遊病のように佳珠の元へ飛んだ私は、素手で墓を掘り返して、腐食した妹を抱き抱えた。
そして、時間を巻き戻す。
しかし、あかりの時とは違い腐敗は戻らない。魔力が足りないのだと思って全ての魔力を注ぎ込む。
「足りない……」
コアを使う事になんの躊躇も無かった。
それなのに、一向に状態は良くならない。
もう、このままあの子の元へ……。
高め続けた魔力が暴走すれば仲間達が気付かないわけが無い。
「何やってんだ優香!!」
一番に飛んできたあかりは、ケルベロスとの戦いで習得させたのであろう【消滅魔法】を駆使して私の中の魔力を打ち消してしまった。
あ、そっか。そういうことか。
すぐに駆けつけた仲間達が黙って私を見つめる。その中で私は妹の死体を埋め直し、墓石に置いてあったハンチングを被る。
「ゆ、優香?」
「いやぁ、迷惑かけたねあかりん!」
私達は……。
「さ、帰ろっか! ボクお腹減っちゃったかも! かな? 」
「その、喋り方……」
「誰が一番に帰るか勝負だね! 勝負だよ! よーい、ドン!」
ボク達は、ずっと一緒だもんね。
そうだろ? 佳珠?
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