魔法『少女』だった頃② 〜参入したあの日〜

 あたしが魔法少女グループに入る事になって初めての作戦会議。七海という元気しか取り柄のなさそうなリーダーの家で集まっていた。他には既にメンバーだという三人。チームを名乗るには少し物足りない人数だ。


「それじゃ、次の作戦は決まったね!」

「いや、だから無理だってそれ……」


 余りにも幼稚な七海の意見を覆したのはあたしのためだけじゃない。真弓さんにみくりさん、馬場さんもちょっと気まずそうな顔を隠し切れてないじゃないか。だいたい、チームに入ったばかりのあたしの能力すらよく知らないのに、なんで作戦の要を任せる気になるんだ。

 本当にリーダーかこいつ?


「え、ダメかなぁ『石つぶて作戦』。もう一回説明する?」

「いやいいわ。つまりあたしを真ん中に円陣組んで大量の石投げてサポートすんだろ? そんなのみくりさんに任せればいいじゃん火の方が適任だろ」

「え、サポートはあかりさんだよ。だって杖持ってるし」

「あたしは殴りの方が得意なんだよ! 杖持ってるから後ろとか冗談じゃねぇ!」

「ダメダメ、もう決まったもん」

「えぇ〜……」


 なんなんだこの頑固。なんなんだこのチーム。リーダーは楽観的だし誰も文句言わないし、それに一番気になるのは……。


「なぁ、真島さん」

「「なに?」」

「……えと、お姉さんの方なんだけど」

「下の名前で呼んでくれるかしらぁ?」

「……真弓さんはさ、何でここにいんの? あんた一般人だろ」

「そんなの、みくが心配だからに決まってるじゃないの」


 みくりさんは真弓さんから片時も離れないようずっと手を繋いでいる。シスコンと言うよりいわゆるブランケット症候群みたいなものなのか、姉がいなくなると泣くのかもしれない。

 それはまぁいい。それより気になるのは。


「優香さん」

「え、私?」

「あんたの妹、佳珠かじゅさんだっけ? その子は魔法少女って聞いたけどなんでいないんだ?」

「佳珠は戦い嫌いだし、いまはママの手伝いしてるんじゃないかな? あの子は数に含めなくていいよ私が守るから」

「そういう問題じゃなくないか!?」


 魔法少女が参加拒否で一般人が参加してる作戦会議があっていいのか?


「まぁまぁあかりさん! 私たちに出来ることやってこ! 私ね、あかりさんが入ってくれて凄く心強いんだぁ!」

「……それはサンキュ」


 あたしは凄く不安だけどな。一人の方が良かったんじゃないか?

 こちらの不満とは裏腹に、彼女達はどこか安心した嬉しそうな顔をしていた。あたしは魔法少女を始めてから程なくしてコイツらの存在には気が付いていたけど、警戒してバレないようにしてたから向こうは魔法少女が増えていることは知らなかった。たった三人で化け物達と戦っていかなきゃいけないって思っていた所に新しい仲間だ。多少浮かれていても仕方ないか。

 でも逆に、一人で戦っていたあたしだからこそ手放しに喜んでいられない。コイツらがあたしの戦力になるか、あたしがコイツらの戦力になるか、見極めなきゃならないんだ。


「なぁ、提案があるんだ」

「え、なになに?」


 七海は尻尾を振る勢いで身を乗り出てきた。

 近い近い。


「一回さ、模擬戦やらせてくんねぇか? あたしはお前らの力を知らないし、アンタらもあたしの事なんて知らねぇだろ?」

「岩出せる!」

「だからそれしか知らねぇだろって言ってんの!」

「七海ぃ、いいんじゃない? あたし達の力見せてやりましょうよ〜?」

「なんで一般人の真弓さんが乗り気なんだよ……」


 この後、電車を乗り継いで誰もいない海辺にて模擬戦が行われる。あたし達が魔法少女の最初の模擬戦だ。










「よし、準備万端!」


 七海は小さな身体の二倍はありそうな大槍を振り回してあたしの前に立ち塞がる。

 丁度偶数だったのでトーナメント式にして、最初はあたしと七海。次はみくりさんと優香さん。最後に勝った二人で戦うことにした。

 彼女は確か水魔法。対策はないけど力押しならこちらに分があるだろう。杖だから後衛って馬鹿にしたことを後悔させてやる。


「はじめぇ」


 真弓さんの合図で駆け出す七海さん。武器の仕様上近接に持ち込みたいのだろうけど、それは願ってもないことだ。


「やっ! はぁっ!」

「くっ! このっ!」


 振り下ろされた大槍の一撃を受け流す。そこからの連撃も全部いなしていくが、流石に重い。ふわふわした性格の七海だけど、これまでリーダーとして戦って来ただけはある。一つ一つの攻撃に戦略を感じるところ、間違った対応をすれば確実に打ち込まれそうだ。


 でも、それだけだ。


「回転のクリスタルよ……」

「え……?」


 あたしは自分の神器ガイアロッドに付与効果のあるクリスタルをセットした。その瞬間、接着した七海の神器『霊宝 アトランティス』が無理矢理回転率を上げられ弾け飛ぶ。


「らぁっ!!」

「っ!」


 武器を失った所に渾身の蹴りを打ち込み、吹き飛ばすことで距離を取る。


「けほっ……」

「これが、あたしが近接得意って言った理由だ。あたしは特殊なクリスタルをいくつか出すことが出来るんだよ。岩だけじゃねぇんだわ」

「うぅ、負けないよ!」


 ここからの流れは終始あたしが優勢。大技を持たない七海はジリジリと体力を削られ、結果として消耗戦を制したあたしが勝ちを拾った。


「はぁ、はぁ、参った」

「ふぅ、結局三つ全部のクリスタル使っちまった。七海、なかなか強かったぜ」


 砂の上に倒れた七海は負けを宣言する。

 回転、身体強化、防御のクリスタルを引き出されたので余裕とは言えないけど、お披露目としては上々だろう。リーダーでこの程度なら、あとの二人どちらを相手にしても問題はなさそうだ。


「次はみくの番ねぇ。怪我しないでねみくぅ?」

「……問題ない」

「ふふっ、時を操る私より強い者は存在しないんだよみくちゃん?」


 次はみくりさんと優香さん。今回一番警戒している優香さんがどんな戦い方をするのか、しっかり見とかないといけない。時を操るなんて馬鹿みたいな能力だ。確実に上がってくるだろう。




 しかし、結果は鮮やかに覆された。




「はぁい、みくの勝ちぃ」

「む、無茶苦茶だよー!!」


 丸焦げにされた優香さんは半泣きで海で火傷を冷やしていた。


「嘘だろ……みくさん。神器も出してねぇぞ……」

「驚いた? みくりはね、あたし達の中で飛び抜けて強いんだよ! エースなんだぁ!」


 飛び跳ねるリーダーを横目に冷や汗が止まらない。恐らく優香さんが時を操り切れてないってのも大きな敗因だけど、それを引いても戦い方が化け物じみている。驚愕の魔力量で辺り一面を焼け野原にされれば時を止めたところでどうしようもないだろ。


「もう…………帰りたい。疲れた……」

「ふふ、みくぅ〜。もう一人倒して早く帰りましょぉ?」

「すぐ…………終わらせる。神器使ってい?」

「もちろん。でも殺しちゃダメよぉ?」


 コクリと頷くみくりさんは、心底嫌そうにあたしに向き合う。インターバルも挟まずに戦うつもりなのか。


「じ、上等だ!!」


 変身してガイアロッドを構える。最初から防御のクリスタル出して魔力を上げる。速攻を掛けられるとまずい。まずは開幕の一撃を防がないと瞬殺されてしまう。

 開始の合図を待たずして、みくりさんは津波のような真っ赤な炎を打ち出す。全員が空へ避難していくが、あたしは飛べないので防ぐしかない。


「【ベゼルロック】」


 地面に杖を突き刺して空へ向かう流星群で対応する。何とか炎の津波を薄くして、あとは防御のクリスタルで耐え切った。

 しかし、その波のすぐ後ろで急接近をするみくりさんは第二の大技を繰り出す。


「【クリムゾンハンド】」


 みくりさんの両手から炎の巨腕が出現し、あたしを挟み込むように双掌打が襲い来る。速い。回避は間に合わない。


「【ローズゴーレム・リーフ】!!」


 花のゴーレムの葉を模した壁を生み出してガード。それでも、岩越しに熱波が伝わり恐ろしい勢いで体力を削っていく。


 破格に強い。凄まじい攻撃力だ。


 今のが決め手だったのか、仕留めきれなかったことに落胆したみくりさんは一度距離を取って長い髪を抱いた。


「…………しぶとい」

「はっ、はっ、はっ」

「…………でも、呼吸が乱れた。もう少し」

「う、うるせぇ」

「…………死なないでね」


 途端、みくりさんの魔力が尋常ではないほど分厚く濃密に膨れ上がる。

 間違いない、神器だ。


「…………おいで」


 高濃度な魔力は形を変え、彼女の背中に集まる。変身すらなかなかしないみくりさんの神器。その形はまるで天使を彷彿とさせられた。


「……は、羽?」


 機械のような歯車で構築された鉄の羽が彼女の背中で神々しく赤い光を放つ。羽ばたく事はないが、それがどれだけ凶悪な魔力を宿しているか見ただけでわかる。

 力の差を案じたのか、七海におぶさって空に避難していた真弓さんから助言ともならない助言が飛んできた。


「地走さぁん。みくの神器は『極宝マザーグース』。みくの気分が下がるほど炎の温度を上げるから気をつけてねぇ」

「……妹のネタバレなんてしてていいのかよ」

「やぁねぇ。準備しとかないと死んじゃうでしょ〜? いまのみく、気分最悪だからぁ?」


 確かに機嫌悪そうだもんな。これ以上熱くなるなんてシャレにならん。

 こうなったら先手を取るしかない。


「うぉおおおおおおお!!!!」


 防御のクリスタルで硬度を上げ切った岩の大柱を放つ。技というにはお粗末なゴリ押し。この状況ではこれが最善のはずなんだ。


「【メテオラ】」


 最善のはずだった。


 みくりさんの炎は青く色を変え、最硬度のあたしの魔法を難なく溶かし消滅させた。その隕石のような塊はそのままあたしに直撃し、そこからの記憶は消えて気絶した。






「あかりさーん」

「…………はっ!」

「あ、起きた」


 気が付いた時、みんなはあたしを囲んで胸をなで下ろしていた。


「い、生きてる……」

「当たり前でしょ〜? 当たる前にみくが魔法消したんだから」

「う、え? あたし……当たってないの?」

「当たったら死ぬってばぁ。みくに感謝しなさいよぉ?」


 肩をすくめる真弓さんの後ろで、みくりさんは気まずそうに隠れる。

 そうか、つまり心を折られて気絶してしまったわけだ。情けない。


「ま、あかりさんが一番強くはなかったわけだ。これで少しは私たちのこと尊敬してくれるってものだよねぇ」

「優香さん、瞬殺されてたアンタに言われたかねぇよ」

「んんんっ! ずっと思ってたけどあかりさん偉そうすぎ! じゃあ私とも戦って見ればいいよ! 私の方が強いから!」

「雑魚と戦うつもりはねぇ」

「雑魚じゃない!!」

「みくりさん、次は負けねぇからな」

「無視すんな!!」


 この模擬戦を境に、あたし達はチームとして機能し始めることとなる。優香さんとは何度も対立したけど、後に真弓さんが魔法少女として覚醒する頃にはすっかり打ち解けて五人で一つの『魔法少女リトル☆ホープ』が完成していた。





 そう、五人で……だ。

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