第二十七話 イブ復活なのです
「……おはよう美空」
「おはよう、風利」
学校のある平日。あたしが外に出て一番早く出会うのは家が近い風利だ。彼女は朝でも夜でも変わらずこの調子で静かに迎えてくれる。風利に会うと一日が始まるように感じるのはもう随分と前からだ。
お互い無駄話も多い方ではなく特に話さず黙って向かうのだけれど、それが苦ってわけじゃない。実は風利との付き合いは幼稚園の頃からで、その時からそこまで喋ってはないのに気付いたら何故か一緒にいる腐れ縁。友達とか家族ではなく、生活の一部のような近さの子と受け止めている。
そんな風利が珍しく先に口を開いた。
「……イブ。元気かな」
「さぁね、大暴れした罰で優香の家で給仕係をしてるみたいだけど、この前は結局いなかったもんね」
「……メイド服」
「そう言えば優香がメイド服着せてるとか言ってたっけ。確かに似合いそうよね。見た目はすっごく可愛いもの」
「……見たいな」
「あんた本当にイブのこと好きよね。そんなに喋ってるとこ見たことないけど、波長が合ったりしてるのかな」
「……好き」
「はいはい」
こんなに自分の事を話してくる風利は珍しい。いつもはこっちから話すと端的に返してくれるだけ。別に喋るのが苦手ってわけじゃないのだ。コミュニケーションを取る事に酷い面倒臭がりで、心を開いている人じゃないと割と黙りを決め込む変わり者だ。もちろん戦闘は命を掛けてるわけだから饒舌になるが、それがいい証拠だろう。
しばらく歩いてとある交差点に入ると、そこで愛と合流する。
「おはよう美空ちゃん! 風利ちゃん!」
「……おはよう」
「おはよう愛。今日も元気そうね」
「うん! 朝は太陽が一番気持ちいいもんね!」
ニコニコと伸びをする愛。
風利はイブと波長が合うかもしれないけど、あたしは愛といる方が何だか気持ち良い。あたしには無いものを持っているってのもあるし、単にこのポジティブで明るい犬みたいな愛がすごく好きなのだ。一番付き合いは短いけど、この子が隣にいるとどこだって居心地がいい。
そんなこと、恥ずかしくて言えないけど。
「ところで、イブちゃん元気になったのかな?」
「いまその話終わったところよ」
「そうなんだ。じゃあもっかいしよ!」
「イブは今日のホットワードなのかしら? 別にいいけどさ」
結局学校に着くまで彼女の話は続いた。いまどうしてるだとか次にいつ会えるのだとかふわふわした内容だったけど、まさかこれが盛大なフラグになるだなんて夢にも思わなかった。
朝礼でその事件は起きた。
「今日は転校生がいます。大人しいけどとってもいい子なので、みんな仲良くしてあげてね?」
「げっ!」
「あ、あれ!?」
「……うそ」
こんな冬休みになろうかという不自然なタイミングでの転校生。膝裏まで伸びた真っ赤な髪を二つ結びにし、眠そうに半分目の閉じた静かな女の子。よく見知った顔が堂々とそこにあった。
間違えようのない圧倒的存在感。
「地走 イブ。よろしく」
「イブ!! なんであなたがここに!?」
「あ、美空。愛と風利もいるー。らっきぃ」
「絶対ラッキーじゃなくて狙って来たでしょ!」
驚きの余り立ち上がってしまい、クラスの注目を集めてしまった。みんな「なんだなんだ」と混乱した様子でザワついていて、空気の読めないみどり先生だけは明るい笑顔で手を叩いた。
「あら美空ちゃん、イブちゃんのお友達だったのね!じゃあ安心だわぁ」
「と……友達だけど……」
「なら席は美空ちゃんの隣にしよっか。大輝くん代わってあげてもいいかな?」
「えぇ? 仕方ねぇなぁ」
「ま、待ってよ! そんな勝手に」
「いいからいいから♪」
「よくない!」
頭がまとまらない。なんでウチの学校に? この子四年生じゃないでしょ何百年生きてると思ってるのよ! 超弩級の問題児よ!
なんて口に出すわけにもいかず、流されるままにイブは隣の席に落ち着いてしまった。ワザと子供っぽいワンピースまで着てきた彼女は、表情も変えずにジッとこちらを覗き込んでいた。
「美空、老けた?」
「久しぶりに話したと思ったら開口一番失礼な奴ね。老けてないわよ」
「ふーん」
「何なのよもう!」
あたし達の会話なんて全く気にせず授業を始めたみどり先生のせいで、疑問は何も晴れないまま喋ってはいけない時間が来てしまった。休み時間で問い詰めてやると誓っていまは黙っててやろうと、あたしはモヤモヤをしまい込む。
しかし、そう安々とは行かないのが転校生。待ちに待った休み時間になると、クラスのほとんどの子がイブに集まってしまい、あたし達が割り込む隙なんてなかった。
「イブちゃんお人形さんみたいに可愛い! 髪もすっごく綺麗だよね!」
「『イブ』ってどこの国の名前!? 外人なの!? 目が宝石みたいに赤いのね!」
「な、なぁ! 彼氏とかいるのか? え、いない!? みんないないってよ!」
油断していた。イブと会ったのは敵同士だし、仲間になってからも変な性格していたからそこまで意識していなかったけど、彼女の容姿は人間離れした異常な美少女なのだ。そりゃ矢継ぎ早に質問責めにされるに決まっている。
「イブちゃん、変なこと言わないかな?」
「ん〜、質問が多すぎてほとんど聞き流してるみたいだし大丈夫でしょ……たぶん」
「……私のイブ取られた」
「あんたのじゃないでしょメンヘラ風利」
もうこの休み時間は無理だ。放課後になったら無理矢理にでも捕まえて逃げよう。
そして、長く感じた授業が全て終わり終礼の最後の言葉を先生が口にした瞬間、あたし達は示し合わせていた通りに最速で行動に移した。
「イブ! こっちに来なさい!」
「あ、美空達ずるいぞ! 俺たちまだイブちゃんと話してないのに!」
「可愛い子が来たからってはしゃぐんじゃないわよスケベ! こっちは大事な用があるの!」
「みんなごめんなさい! イブちゃん借りるね!」
「……返さないけど」
誰よりも早く廊下に出て人目が一瞬なくなった瞬間、あたし達は魔力で身体能力を向上させ常人離れしたスピードで屋上に向かった。
何とか上手く抜け出すことが出来たあたし達は、一度息を整えてから落ち着いて質問する。
「イブ、あんた何でこの学校に来たの?」
「ユカがこっちにしなさいって。パパもそれがいいって言った」
「パパ……あかりさんの旦那さん? 待って待って、イブちゃんってあかりさんの娘さんと一緒の学校だったんでしょ? 娘さんと離れちゃっていいの?」
「名前、雪っていうの。雪も一緒。可愛いんだよ?」
「え、一緒に来ちゃったの!?」
愛の驚きは最も。あかりもいないのにイブとその雪ちゃんを転校させるなんて、優香は何考えているんだ。常識から外れたアタマをしてると思ってたけど、勝手にこんなことしてあかりも怒るに決まってる。
そう考えているのが読まれていたのか、突然背後に気配を感じた。振り返ってみれば、貯水槽の上で足を組んでニコニコと笑う優香が現れていた。
「優香!」
「あー待った待った落ち着こう? 落ち着かないと生産的な会話も出来ないよイノシシガール?」
「こんのっ! …………言いたいことはわかるわよね?」
「うんうん『イブと会えて嬉しい優香大先輩ありがとちゅーっ♡』だよね!?」
「違うわよ!」
「……だいたい合ってる」
「黙れ下痢忍者!!」
「……ひど」
あたしにゲートが使えれば風利をどこかへ飛ばしていた。イブまっしぐらも大概にしてほしい。
風利のダメ加減がツボに入ったのか、優香は腹を抱えて笑っている。取り付く島もないとはこの事だろうか。
「くひひっ。ま、理由なら簡単だよ。キミ達三人とイブちんが離れちゃうとボクも守りにくいのさ。もしもって事があるから娘っ子ちゃんも一緒に一つにまとめさせて貰ったよ? あ、ボクとコースケパパくんって実は長い付き合いだからそれ話したら快く許可してもらったってわけさわかるかい?」
「それは何となくわかってたわよ。でもね、あたし達にだってあたし達の生活があるの。どれだけ必死に魔法少女のこと隠してると思ってるのよ。イブが上手くやれるなんて思えないわ」
「それは大丈夫さ。イブちん!」
優香は貯水槽から飛び降りてイブの前に着地した。そして、彼女に向けていくつか質問する。
「イブちゃんはどこから来たの?」
「魔か……マカオ」
「へぇ! ハーフか何かで髪が赤いの?」
「炎の……奉納の都合。ぶぞくの」
「素敵! フルネーム何だっけ?」
「イフリー……イブじゅっさいどくしん」
「あーっひゃっひゃっひゃっ!!完璧だね!!」
「完璧にアウトよ!!」
余りにツッコミどころしかない問答。わざとやってるとしか思えない。
「ふ……美空よ。よく考えるんだ。こんな馬鹿みたいなプロフィールの女の子に誰が近付きたいと思うのだね?」
「真面目な顔してイブを社会的に潰そうとするんじゃないわよイカレ女!! そんな事になったら雪ちゃんも一緒に死ぬでしょうが!!」
「あ……」
「あ……じゃない!!」
本気で雪ちゃんのことはどうでもよかったらしい。大筋の目的さえ達成出来れば他はどうなってもいいって思考が強すぎてやっぱり人間とは思えない。
「ま、やっちゃったもんは仕方ないよねうんうん後は任せたよバイニー♪」
「あ、逃げるな!!」
彼女が振り返った時にはもう遅い。わざわざ時間を止めてまで逃走した優香は誰にも捕まえられないのだ。
残されたマカオ出身のイブとあたし達は呆然と立ち尽くすのみ。あの女に期待出来るわけもなく、もうこちらで対処するしかないのだ。
「あ、雪迎えにいく。バイバイ」
空気も読まず走り去ろうとしたイブの肩を掴んで、羽交い締めにした。
「ふっふっふっ、逃がさないわよこの時限爆弾」
「雪待ってるの」
「イブちゃん、雪ちゃんは私が迎えに行くから大人しくしててね? 少しだけお勉強するだけだから」
「みんな、目が怖いよ?」
この後、優香によって投下された精神的核兵器を嫌という程調教した。全てはあたし達の生活のため。決して手は抜けないのでイブには観念してもらおう。
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