第2話 ミイラ男の名前
「サーリムさーん、お水の追加、お願いしますー!」
「ワカリマシタヨ~、ヤカン、フタツ~、スグ行キマスヨ~~」
世にも不思議なミイラ男を発見して三日目。
今のところ私達は、危惧していた地球人類滅亡の危機に陥ることなくも平和なうちに発掘作業を継続している。
ただし私はしばらくの間、現場に出ることなく、発掘品の監視をおおせつかった。最初に石棺を見つけたのが私だったから、というのがその理由らしく、私の隣で一緒に掘っていた現地スタッフのサーリムさんも、同様の仕事を教授から破格の日当で「お願い」されたらしい。
そして目の前には、その監視対象のミイラ男が椅子に座り、パソコンの画面をまじまじと見つめている。何と言うか、まったくもって非現実的に光景だ。
「見たい気持ちは分かりますけど、もう少し離れてもらえませんか? 何度も言いますが、パソコンは水に濡れると壊れちゃうんですよ」
「そうでした、すみません」
机にかじりつくように座っていた彼?は、椅子ごと後ろに下がった。見た目はミイラなのに、そんなしぐさがいちいち人間くさいので、なんというか……とにかく色々とやりづらい。
「タマコサーン、モッテキマシタヨ~」
サーリムさんが、大きなヤカンを二つ持ってきて足元に置く。
「ありがとうございます。しばらくお休みしてもらっても大丈夫ですよ」
「デモ~マダカラカラネ~~。モウスコシ~ガンバリマスヨ~マカセテ~~」
そう言ってニコニコしながら、空っぽになったヤカンを持っていった。実のところ、サーリムさんもこの目の前のミイラがどうなるのか、楽しみにしているのだと思う。
「じゃあ、かけますよ」
「お願いします」
私はヤカンを持って横に立つと、乾いたミイラの頭に水を注いだ。その水のほとんどは、地面に落ちることなくその乾ききった体にしみ込んでいく。この三日間ずっとこんな調子で水をかけていたせいか、最初に比べると随分と人間らしい……つまりは生々しい状態に戻っていた。日本から遠く離れた砂漠の地で、ワカメやシイタケならともかく、まさかミイラを水で戻すことになるなんて、思ってもみなかった。
「でも本当に水をかけただけで、完全な人間に戻れるんですか?」
水をかけながら、半信半疑で質問をする。
「はい。私のひいおじいさんも、同じように閉じ込められてミイラになってしまった時に、こうやってひいおばあさんが、十日間も水をかけて戻したそうです」
その当時は水道なんてものは無かったので、一族総出で毎日川まで水汲みに行っていたそうだ。この話を聞いた教授は、まさに家族愛だねと感銘を受けていた。個人的には、感心するポイントが違う気がする。
「……ひいおじいさんも、なかなか生命力のある人ですね」
「私によく似ているそうですよ」
「はあ……」
正直言って、脱ミイラを果たしてもらわないと、似ている似ていないと言われても想像がつかない。そのひいおじいさんの話が本当なら、あと一週間ほどで、目の前いる彼?は、人間に戻るということになる。生返事をしながら、サーリムさんが持ってきてくれたヤカンを受け取り、さらに水をかけた。
私が手にしているのは、今時のこじゃれたケトルではなく、昔懐かしいアルマイト製の特大ヤカン。実は
カップラーメンにはポットのお湯よりヤカンで沸かしたお湯だよ!と、入管で不審物を持った日本人男性がいると足止めされてもめげることなく、入国管理官相手に持論を展開した教授のこだわりが、まさかこんな時に役立つなんて、人生というものは、本当に何が幸いするか分からないものだ。
「あ、そうだ。自分の名前を思い出しました。ようやく頭に水が行き渡ったみたいです」
最初の頃は、脳みそもカラッカラに干からびていたためか、言葉にも不自由していて、自分のこともさっぱり思い出せずにいたのだ。その頭の内側がどういう状態なのかあまり想像はしたくないけど、ここ数時間でどんどん記憶がよみがえっているらしい。
「私、ゲオルギウスという名前です」
こうしてミイラ男は元ミイラ男となり、ゲオルギウスという長ったらしい名前の人間になった。
名前からしてどうやら地元の人ではなく、彼のおぼろげな記憶によると、こちらに土木技術者として出稼ぎに来ていて、うっかり見物に入った墓場で石棺に閉じ込められてしまったらしい。
本人もまさか、助けがやって来るまでとひと眠りするつもりが、曾祖父と同じように時代を超えてしまうとは思っていなかったようで、最初のうちは戸惑ってはいたものの、今ではそれこそ乾いた脳みそに浸透する水のように、現代の知識を吸収している最中だ。
その呆れるぐらいの超前向きな姿勢はうらやましいぐらいで、さすが数千年も石棺の中で、助けを待ち続ける根性があるだけのことはある。ただ、パソコン音痴の私としては、ミイラにデータファイルのことでアドバイスを受ける事態になったのは、少しだけ納得がいかない。吸収スピードが早いのも考えものだ。
+++++
それからさらに七日。
ダイさん……名前があまりにもあんまりなので、何か代わりに呼びやすいものはないものかと、舞戸教授と私とで色々と考えた末に、ゲオルギウスが古いローマの聖人の名前で「大地を耕す」という意味もあることにちなみ、とりあえずは「ダイさん」という呼び名に落ち着いた。当初は名前に近い「ゲオさん」にしようかという意見もあるにはあったのだが、何故か却下された。
そのダイさんは、七日かけて私とサーリムさんとで水をかけ続けたお蔭か、完全な人間に復活し、その尋常でない収集率の高い頭脳で、今では現地語だけではなく、簡単な会話だけな日本語まで習得してしまっていた。
……そして自分が埋まっていた場所を、皆と一緒に掘っている。
「手伝ってもらってすまないねえ」
「いえいえ。助けていただいたお礼ですから、お気になさらず」
何故かダイさんと教授とはウマが合うようで、発掘している時ばかりではなく、休憩時間や休みの日にも、よく遅くまで語り合っていた。
ダイさんいわく、自分が普通に何気なく使っていた木や石の道具が、現代の私達にとって、黄金や宝石並の価値になっているのが非常に愉快らしい。同様に当時の自分の記憶が、教授にとって非常に貴重なものだと分かったので、できる限り思い出して話したいということだった。それもこれも、石棺から助け出してもらったお礼なのだとか。
+++
「タマ子さん!! ものすごい者が現れました!! あれは何でしょうか?!」
私の帰国する日が迫っていたある日、日本に持ち帰るための出土品データのファイリングをしていると、隣の部屋でテレビを見ていたダイさんが、興奮した様子で部屋に駆け込んできた。
「どうしたんですか、もしかしてまた変なドラマでも見てたんですか? あまりテレビばかり見ていたら、目が乾いちゃいますよ」
「そんなことより、あっちに出ている者達を見てください! もしかしてあれは、どこかの国の神なのでしょうか?! すごいですよ、色とりどりでたくさんいます!! それにその神々には人が近づけるのですね!! 私、是非とも会ってみたいです!!」
「神にですか?」
ダイさんがこんなに興奮したのは、洋式トイレのウォシュレットを使用した時以来のことだったので、彼が何を見たのか興味がわく。
「私達の時代には石像を造ったものですが、今の世界では神も全自動で動くのですね。素晴らしいです!」
「全自動で動く? ロボットでも出てましたか?」
「あれは金属で作られた人形でしょう? それとは違いますよ。ちゃんと生きて動いているのです。タマ子さんなら、何処の国の神か分かるのではないですか?」
そう言いながらダイさんが指さした先にあったテレビ画面には、日本の某半官半民局のニュース番組が流れており、そこでは各地の御当地キャラクター達が、子供達と一緒にはやりの曲に合わせて、楽しそうに踊っていた。
「……ああ、あれはですね、ゆるキャラというものですよ」
「ユルキュラ神ですか。あのように小さい子供達と共に、奉納の舞をするということは、子供の神なのですか?」
「いえいえ。そうじゃなくてですね、どちらかと言えば、商売の神様に近いかもしれません」
「商売の神があのようにたくさんいる国とは、お金持ちの国なのですか?」
「いやあ、どうなんでしょう……」
そんなわけで、ダイさんはアフマドさん達と発掘現場の管理をするという仕事を急きょ変更し、ゆるキャラ神に会うために、日本へ行くことになったのだ。
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