眠れる森のミイラ男

鏡野ゆう

第1話 ミイラ男発見

 そもそも。


 私が考古学を目指したのは、某有名どころの映画で素敵な役者さんを見て、乙女心をこじらせちゃったからではなく、祖父や父が大学で考古学を教えていて、休みの合間によく発掘場所につれて行ってもらっていたからだ。


 発掘現場でスコップとハケを手に、地面を地道に発掘作業をするバイトのおばちゃん達を見て感動し、それ以来こちらの分野にますます傾倒するようになった。


 つまるところ、学問よりも現場で作業をすることに、魅力を感じたわけだ。だからと言って、断じて映画みたいなドラマチックな展開を期待したりとか、危険な遺跡探検とかを望んでいたりするわけではない。


+++


「これはドラマチックな展開だよねえ、そう思わないかい、矢倉やくら君」

「それどころか、イヤな予感しかしません……」


 ここは、私が所属しているゼミの舞戸まいと教授につれられてやってきた、某国の発掘現場。


 教授はかれこれ二十年ぐらい、ここで発掘調査をしていて、こちらでもすでにお馴染みの、海の向こうの日本からやって来た「マイマイセンセイ」として知られている。


「でも、こういうのってワクワクしない?」

「ですからしません。するのはイヤな予感だけです」


 私の言葉に、教授は眉毛をハの字にしてそうかなあ?と、ガッカリしたように首をかしげている。


 この発掘の現場にやって来たのは、二週間ほど前の、冬休みが始まってすぐのこと。クリスマスなのに珠子たまこちゃんは、どうして好き好んで砂漠のど真ん中の発掘現場なんかに?と友人達に言われながらも、嬉々としてやって来た私は、現地に到着してすぐに、いつもの動きやすい服に着替えると、道具を抱えて発掘現場に向かった。


 そして一心不乱に現場で作業する人達と共に、砂と土を掘り起こし、そこから出土する陶器やガラスの欠片かけらに一喜一憂していた。


 そんな最中、作業現場で今までない大きな発見があった。それが目の前にある石棺のようなものだ。しかもこの石棺のような物体、かなり掘り下げていた場所から出てきたことから、年代測定をしてみなければハッキリとしたことは言えないものの、この辺一帯の遺跡よりも古い年代の代物ではないかというのが、舞戸教授の考えだった。


 これはもしかして、私達に対するクリスマスプレゼント?なんて喜んでいられたのは、たった半日だった。


 どうして私達が「石棺のような物体」などという回りくどい言い方をしているのかと言えば、この石棺から聞こえてくる有り得ない音にある。しかも中から。


 グ、グゴゴゴゴゴ……グゴグゴグゴッ……グゴゴゴゴ…………


 …………どう考えてもオッサンのイビキだった。クリスマスプレゼントにしては、あまりにもあんまりな効果音つきだった。


「これ、早く開けてみたくない?」

「いえ。このまま見なかったことにして、埋め戻すのが一番だと思います。可能であるなら、見つけた場所よりもさらに深い場所に」


 地中から出てきた、推定三千年以上昔の石棺の中からオッサンのイビキが聞こえてくるなんて、イヤな予感しかしないのは当然だ。こんなものを開けたら、それこそ良くてアドベンチャー映画かホラー映画、下手すればパニック映画で人類滅亡の危機。


 だから見なかったことにして、埋め戻して記憶から抹消するに限る。現に発掘していたバイトの人達は、私と教授の遥か後ろからこちらの様子をうかがっている状態だし、開けてみたいなんて馬鹿なことを言っているのは、教授だけなんだから。


「ねえ、開けてみようよ」

「だからって教授、どうして私にバールを渡して、自分は隠れるんですか」

「え、ほら。矢倉君、そういうの得意そうだから」


 ガーンとかバーンとか似合いそうじゃん?と、教授は石棺を叩く真似をしてみせた。


「こういうのは、現場の最高責任者である教授が開けるのが、テッパンでは?」

「いやあ僕、体力勝負なことは苦手なお年頃だしね。そういうのは、若い人に任せておこうかなと思うんだ」


 こんな時だけ年齢を盾にするとは、まったく勝手な先生だ。だいたい映画でこういうシーンになった場合、たいていは開けた最初の人物達は、あっけなく中から飛び出してきたものに襲われて、早々に物語から退場することになる。できることなら私だって、そういうのは遠慮したい。


「もしかしたら運悪く閉じ込められちゃって、人が来るのを待っている間に寝ちゃった人かもしれないじゃないか」

「何年前から待ってるんですか、中の人」

「ざっと見積もって三千年ぐらいかな」

「それってもう人じゃないですよね……」

「うーん、ミイラかもね」


 イビキをかくミイラなんて、本当にイヤな予感しかしない。


「教授、年の功でどうぞ」


 私の後ろから石棺をのぞきこんでいた教授に、無理やりバールを持たせて石棺の方へと押し出した。


「えええ、本当に僕が開けるの?!」

「だって言い出しっぺは教授ですから。もしかしたら、映画の主人公になれるかもしれませんよ」

「それって、君が書いた回顧録って言うんじゃないだろうね」

「骨は拾って差し上げます。私が生き延びたらですけど」

「ハプニングが前提なの?!」

「当たり前です。イビキをかく遺物なんですよ。さあどうぞ」


 イヤがりながらも、バールを石棺のフタの部分に押し当てているところが、やはり考古学者だと感心する。お互いにイヤな予感しかしないものの、中味が何なのかは非常に気になってはいるのだ。ただ、自分が先頭に立って開けるのがイヤなだけで。


「じゃ、じゃあ開けるからね」

「はい、思い切ってどうぞ」

「だからって、どうしてそこでハンマーをかまえてるんだい? そのかまえ、柳生新陰流やぎゅうしんかげりゅう?」

「そりゃ、何かが飛び出して来たらマズいじゃないですか。大丈夫です、モグラ叩きは得意なので、任せてください」

「……そう? じゃあ、飛び出してきたら頼むよ」


 グゴッ


 フタを開けようと教授が腕に力をこめようとした瞬間、それので石棺の中からしていたイビキが急に止まった。


「ま、まさか、気がついて起きたとか言わないよね? あ、とうとう死んじゃった可能性もあり?」

「さ、さあ……」


 グフェ……ッ、グフェッ……


「?」

「?」


 グフェックショイ!!


「……もしかして、今のクシャミ?」

「ですかね……」


 私と教授が、イビキだかクシャミだかに首をかしげていると、私達から離れた場所で様子をうかがっていた人達が、そろそろと近づいてきた。好奇心は身を滅ぼすという万国共通のことわざを知らないわけではないだろうに、今のクシャミを聞いて、俄然がぜん興味がわいてきたらしい。


 中味が何であれ、発掘調査で出てきたものはバールでこじ開けるより、皆で協力して傷つけないように開けるのが良いに決まっているわけで、いまだに続くイビキのことはさておき、その場にいる全員で石棺のフタを開けることにした。


 それから三十分ほどして、石棺のフタを開ける準備が整った。


「では皆さん、開けますよ。死ぬときは一緒ですからね」


 教授の不吉な言葉に、全員が真剣な顔をしてうなづいた。もうここまで来たら、中身を確かめるまでは死ねないというのが、全員の気持ちだ。発掘現場の全メンバーが集まり、一蓮托生いちれんたくしょう、死なばもろとも……いや、死にたくはないけど。


 そして石棺のフタが開かれた。


「……ミイラだね」

「ミイラですね……」


 そこには、まごうことなきミイラの姿があった。いわゆる世間一般で知られているような布でグルグル巻きにされた状態ではなく、ボロボロではあるものの衣服を身につけているし、それなりに髪の毛も残っていてフサフサしているように見える。そして相変わらずイビキをかいている。やはり寝ているようだ。


「これだけ大騒ぎしてフタを開けたのに、まだ寝てるんですね、このミイラ」

「そりゃあ、三千年間も寝てた人だからね。ものすごく寝つきが良くて、寝起きが悪い人なのかもしれないよ」


 教授はそう言いながらのぞきこんでいる。フタを開けても即人類滅亡にならなかったので、考古学者として観察をする余裕が出てきたらしい。


「ああ、こういうシチュエーションってあれだよね。ほら、眠れる森の美女とか白雪姫とかそんな感じの」

「寝てるのはミイラですけどね……」


 私達が遠巻きに見守る中、イビキをかくミイラは、何故かポリポリと片手でお腹を掻いていた。

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