願いが叶う山

山田貴文

第1話

 ひとりっ子の翔太は、いつもお父さんから勉強しろ、勉強しろと言われてきた。

 学校から帰ると毎日のように学習塾に行かされた。塾のない土日も習いごとに通った。 翔太に友達と遊ぶひまは、ほとんどなかった。それに中学は公立ではなく、私立を受験することになっていた。本当は学校の友だちと同じ公立中学へ行きたかったのだが、お父さんがだめだと言うのだ。

 そんな翔太の楽しみは、洋介おじさんが遊びに来ることだった。おじさんは、歳がはなれたお父さんのお兄さんだ。子供がいないので、いつも翔太を自分の子供のようにかわいがってくれた。

 海や山、そして映画につれて行ってくれたし、お父さんが絶対ゆるしてくれない漫画やおもちゃをこっそり買ってくれたりもした。

「兄さん、翔太をあまり甘やかしては困りますよ」

 そうお父さんが文句を言うと、洋介おじさんは、いつもこう答えた。

「おまえこそ、翔太を勉強ばかりさせて、もやしっ子にしてしまう気かい?いいじゃないか、ぼくが来た時ぐらい。そうだよな、翔太」

 翔太がにっこり笑ってうなずくと、洋介おじさんはウインクしてくれた。すると、お父さんはいっそう苦い顔になるのだった。


 そんなある日。お父さんが突然亡くなった。会社で倒れて、そのまま病院に運ばれて息を引き取ってしまったのだ。勉強しろとうるさかったけど、大好きなお父さんだった。翔太はお母さんと泣いて泣いて泣きまくった。


 お父さんのお葬式が終わってしばらくして、洋介おじさんが家にやってきた。お母さんがいない時、おじさんはそっと翔太を呼んで言った。

「翔太、おまえを願いが叶う山に連れて行ってやろう」

 おじさんの話によると、石に願いごとを書いて山の頂上まで持って行くと、必ずその願いがかなうというのだ。

 もちろん、お父さんが生き返るとか、空を飛ぶなんていうのは無理だ。でも、現実にできることなら何でもかなうそうだ。

 翔太はすぐに信じられなかったが、おじさんはまじめだった。翔太はおじさんに言われた、自分のこぶしより大きな石に願いごとをたくさん書いて、リュックに詰めた。

 それをかついで山に行こうとすると、おじさんがもうひとつの石が詰まったリュックを翔太に差し出して言った。

「翔太、これはおまえのお父さんの願いが詰まったリュックだ。これも持って行きなさい」

 お父さんも昔、山に登ろうとしたけど、途中であきらめたそうだ。そして、願いがかなう山には、親が持ち帰った願いの石を子供が持って登る決まりがあった。

 翔太の荷物は二倍の重さになったが、何とか持てない量ではなかった。

 次の日曜日。翔太はおじさんと願いがかなう山へ出発した。お母さんには本当のことを言わず、ただ洋介おじさんと山登りしてきますとだけ言った。このことを秘密にしておくのは、おじさんと翔太の男と男の約束だった。

 山へ着くと、わりと近くに頂上が見えた。翔太は、なんだ楽勝だと思って鼻歌を歌いながら登り始めた。

 だけど、いくら登っても、頂上へたどりつかない。だんだん翔太は疲れてきて、先を行く洋介おじさんにちょっと待ってと言った。

 おじさんは振り向くと、翔太に言った。

「荷物が重いなら石を捨てなさい。まず、お父さんの石からちょっとずつ捨てるんだ」

 翔太はお父さんのリュックの中身を見て、捨てる石を選んだ。

『一流の大学に一番の成績で入学できますように』

 入りたい学校なら、別に一流の学校じゃなくてもいい。それに、入る時の成績なんてどうでもいいじゃないか。

 しばらく進むと、また石を捨てたくなった。『大きな会社の社長になれますように』

 翔太は思った。ぼくも将来どこかの会社に入るんだろうけど、はじめから社長になるとわかっていたら面白くない。

 さらに進んで、もうひとつ。

『とびっきり美人の奥さんをもらえますように』

 何だよ、これは。お母さんに失礼だろう。 どんどんお父さんの石を捨てて行くと、ついにそっちのリュックは空になってしまった。 翔太は思った。ごめん、お父さん。お父さんが残した願いはかなわなくなっちゃったよ。

 洋介おじさんが言った。

「今度は自分のリュックから石を捨てるんだ」 翔太は迷いながら石を選んだ。やはり自分の願いは捨てにくい。

『ものすごい大金持ちになって、ぜいたくできますように』

 これはいらないな。ちゃんとご飯が食べられて、本当に必要な物が買えれば十分だ。今のうちと同じように。

 翔太はしばらく考えて次の石を選んだ。

『プロ野球選手になれますように』

 野球は大好きだけど、ぼくの実力じゃ無理だ。学校のチームでも補欠だもんな。それに中学へ行って野球部に入る気ないし。そんなぼくが、ズルしてプロ選手になるなんてひきょうだ。

 その次の石は、絶対洋介おじさんに見られたくなかった。

『クラスの女の子たち全員からモテますように』

 好きになってくれるのは一人でいいや。どうせ、一人としか結婚できないんだから。

 どんどん石を捨てて行くと、翔太のリュックもほとんど空になってしまった。

 翔太ははっと気がついた。まずい。洋介おじさんにきいてみる。

「おじさん、お父さんみたいにぼくの子供に残す願いごとはなくてもいいの?」

 おじさんは振り返って言った。

「自分の願いが全部かなうんだったら、それでいいじゃないか。なぜ子供に残さないといけないんだい?」

 それもそうだと翔太は思った。いつかできるぼくの子供、自分の願いは自分で考えろ。

 ようやく頂上に着いた時、翔太のリュックには石がひとつしか残っていなかった。それには、こう書いてあった。

『家族や友だちが、いつも笑顔で幸せに暮らせますように』

 翔太は洋介おじさんに言った。

「おじさん、本当に必要じゃない願いは、全部捨ててきちゃったよ」

 おじさんはにっこりと笑って答えた。

「そうだよ、翔太。大人になるって、そういうことだ」

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願いが叶う山 山田貴文 @Moonlightsy358

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