12時発狂

韮崎旭

12時発狂

 発狂しないための術、それを抑制する手綱、弓を引く夜空に。

 そこはユダヤ人街だった。そこは日本人街だった。そこは多民族国家だった。そこは近代国家だった。それにメジャーとナフソールクリムゾンと名詞と信号灯と無灯火運転は道交法違反ですを足してからすり鉢で無理につぶしたら無灯火運転は道交法違反ですが元気よく叫び出したから私は焦ってそれをすり鉢からオーブンに投げ入れたが主婦の知恵ですと言った。主婦の知恵です。主婦が知恵です。隣の主婦は原子力空母です。隣の隣の隣の番犬は1987年の核実験の際の高線量被曝が原因で多種多様ながんを患いました。それから肉腫です。悪質な奴です。それから彼は彼の親指をミキサーで掻き回しました。攪拌したのです。彼の兄は攪拌機で、彼の父は存在しません。何故なら彼は神話的存在だから。

 彼はボリューム感のない恒星でガス惑星で鉄道路線で貨物線でしたから、常に見張っていないといけません。氷のように常に瞠るのは何とも骨の折れる作業で。彼は数日かけて北極星を砂糖漬けにすることを得ましたが、それも彼の事前の調査と砂糖の扱いの巧みさのせいでした。


 もともとは徴税吏だったそうですが墓石には全然別のことが書かれていて、それよりも皆が瞠目するのは墓石の見事なターコイズブルーだったのだが彼はそこでたびたびアヘンを喫煙していたけれどそのことがかれを無軌道な思惟から救い出したり、無秩序へと引き込まれるのを防いだりする役に立っていたわけではなかった。かれはただアヘンを喫っているときだけ目を開いて何物かを見上げていた。展望台のようにクレーンが映ったが、それは都市部の再開発などで用いられがちな大型クレーンだった。クレーンの縞模様は幻惑した。

 3コーラス目をうたったところで間違いに気が付いて慌てて部屋に戻り半狂乱の状態だったにもかかわらず器用に爆撃機と電ノコを駆使して辺り一帯の虐殺を無差別に行ったために速やかに辺り一帯は死体の街と化した。古い歌詞を口ずさんでいたのですがそれはきっと滅ぼされた民族集団の怨恨か何かだったに違いない。


 生きていることは怨恨なのだという。生きていることは絶え間のない火刑でありそれは怨恨を引き出すという。その火刑の合間に引きずり出された内臓が良く通る声で水色の、すきとおった歌を時折歌う。まるで自殺の役には立たない歌を、怨恨と怨嗟と忌避の合間に逃げ込むべき隙間をすべて奪われて尚存在することを強要される苛酷をうたう。

 苦々しい声が鉄道の踏切の音とともになり響いて今日の内臓で道は血で塗装されていた。

 火刑に際してあらゆる拷問をうたう此岸は、刑吏の顔を持たない。

 私は墓石に際し美しい死体を願う。

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12時発狂 韮崎旭 @nakaimaizumi

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