心の在り処
どうしても、忘れる事が出来なかった。あんな事があった今となっては、私の愛は、私の恋人として観てきた人を、恐怖へと陥れていただけなのだと理解していたからだった。館は、消えた。最初から存在していなかった様に。私は、通りすがりの馬車に一人で歩いている所を発見され、その馬車の持ち主に元居た街へと戻された。やっと全ての恐怖から解放された私は、気を失い倒れ込んだ。
「んぅ」
目が覚めると、そこは暖かい私の部屋だった。そして、視界に入っていた彼との思い出は、全て無くなっていた。母が部屋に入ってくる、そして部屋に在った恋人との思い出は、全て捨て去ったと言っていた。母は知らない、私がどういう人間であったかを。そして、私は全てが正常であると、街の精神科医にも診断された。両親は、私を恐れていた。私の狂気に染まった愛し方、いや。愛とは言えない一方的な支配欲で恋人を縛り付けていたのだという事を付き合っていたあの人に聞かされ、謝罪もしたそうだ。もう、私は人を愛さないほうがいいんだ。そう思っていた。でも、独りは寂しい。そうやって、泣いていた。あの人を沢山傷付けた。私は、何処まで愚かだったのだろう。もう一人のティアとの会話を思い出す。消えかける中、もう一人の私は言った。
「俺はな、元々こういう生き方しか望めなかったんだよ。どうしても支配するしかなかった。そうしなけりゃ、まともなアンタが傷付くだけだ。だから、アンタの恋人を滅茶苦茶にしてたのさ」
支配。それが全てだと思い込んだ私が、全ての元凶だったと告げられたのとも同じだった。
「貴方は消えていいと言うの?」
「性格悪いからな、消えちまいたいが。ここの管理人ぶち殺すまで消えないさ」
「どうして?」
「アイツが居たら、皆アイツの事も勘違いするだろうからさ、アイツの元の名前は、ハインデッド・リル。本当は、自分の館を手に入れて満足していたが、次第にアイツ自身が、この館の仕組みに気が付かずに心を飲まれちまったのさ。だから、アイツを殺さないと、無駄な幻想を観る事になる」
「そう、アイツだけは館の部外者って所ね」
私は彼女の名を呼んだ、ブルーと。すると彼女は答えた。
「そうね、その名前でいいわ。忘れなさい、貴女の武器の私も。もう一人の嫌な貴女も」
「言ってくれるねぇ、手伝ってくれるんだろ?」
「アイツは、殺さないとね」
「じゃあな、ティア。まともなお前が観れて楽しかったよ」
もう一人の私がそう言った後、ブルーは茶化すように言った。
「ホントは、貴方が一番この子を愛してるくせに」
「騙して愛してたって、そんな自己愛は迷惑なだけだろ?」
「迷惑だって最初から気付いてたなら、最初からこんなに怖い思いさせないで済むでしょ?」
「違いない」
「じゃあね、小さなレディ」
二人は、扉を開けたと思うと、その景色は変わり。何も無い平原へと変わっていたのだった。
「全部、終わったんだよ、お母さん」
母は、それだけ聴くと、大粒の涙を零した。そして、数年流れて、私は大人になった。
「そこ! 何してるの? キビキビ動かないと、首にするわよ?」
私は、両親の家を継いだ。人を愛する資格が無いと思った私は、独りで居る事を望んでいた。でも、もう直ぐ妊娠三か月になる。散々問題を起こした私に、恋人だったあの人は、チャンスをくれた。それは、試練とも言うべきものだった。もう人を愛したくないと言う私に、彼は言った。もういい、君は変わった、と。それからというものの、彼も以前の私を知っているはずなのに、まるで別人のように扱ってくれた。無事に出産するまで、後何日も掛かる。本当の女の喜びって、何だったのかな? 忘れてきた影と狂気は、まだ戦っているのかな? あの、デッドワンドと。その事を話したら、彼は青ざめていた。自分が酷い目に遭っていたというのに、この人は責任感を感じてしまっていたらしい。心を閉ざした私を、必死に今まで支えてくれたのは、彼だった。ある日。私は、とある夢を見ていた。
「ヘイッ! デッドワンド! 往生際が悪いじゃねぇか!」
デッドワンドは、首に複数の切り込みを入れられ、追い詰められていた。ああ、もう一人のティア。もう一人の私が、戦っているんだ。懐かしい声がする。
「もうちょっとよ、シャドーマン!」
「その名は辞めろっつったろ! 俺はウィルだ!」
「真実? まあ、いいけど。そろそろトドメ刺したほうがいいわよ?」
「うわ! コイツ化物だな、まだ刃向うってのかよ」
「昔のあの子みたいね」
「アイツは、こんなに醜くねぇよ!」
「惚れてたのよね? 自分に? お笑いだわね」
「いい加減、死ねや! デッドワンド!」
そして、デッドワンドの死体が、後日発見された。人ならざる者発見! という記事が各新聞や、報道機関に紹介された。でも、館自体は消えていないらしい。あの館に再び人が入る時、また凄惨なる自分自身を観る事になるのだろう。そんな事を思いながら、私は新しい命をこの世に誕生させた。名前を散々考えていたけれど、あの名前にした。そう、真実を意味する名前を。
「なあ、ブルー」
「何? ウィル」
「お前、別嬪さんなんだろう?」
「私に惚れてくれるの? 浮気じゃないの? もういいの?」
「疑問符ばっか語尾にたれるなよ、もうそろそろいい付き合いじゃねぇか」
「名前、くれるの?」
「そうだなぁ。んじゃあ」
「ティアでいいわよ?」
「はぁっ! お前馬鹿か? アイツはもう、あー! いいよ! 姿出せよ!」
「いいけど、ここが二人の家なの?」
「まあ、いいじゃねぇか。どうせ、平和だし」
「そうね」
二人の事は、何故か今でも夢に見る。デッドワンドを倒した後、数年間館で暮らして、今では子供も出来るとか出来ないとか。まあ、二人の能力が消える訳でも無いけれど、幸せならそれでいいと思う。噂でこんなのが在る。ある幻の館で、凄く綺麗な奥さんを持った謎の伯爵が居るって。案外、彼だったりするのかも知れない。優しくて強い伯爵って有名で、ある人はそんな噂に引っ張られて館に入ってしまって、私と同じ目に遭ったり何も無かったりとか。噂話だから解らないけれど、少なくとも今は幸せだと思う。あの館の二人なら、これからも上手くやっていけるでしょう。私の愛の分身なのだから。って言ったら、また慢心になりそうだから、これ位にしておく。
「ここまで話を聞いてくれて、ありがとう。変な話だけれど。また、聴きたいなら歓迎するわ」
END-ZERO-
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