PSYCHO ERROR

星野フレム

選択

 もう、数えて二週間。泣き喚いていたけど、次第に疲れてしまい。私は大きな扉の前で、息を吸っているのが限界なほど衰弱していた。この場所に閉じ込められてから、そう。二週間経っているんだ。そうだ、二週間。もう、どれだけ喚いても仕方ないと思った私は、体を必死に起こして、この場所を探索する事にした。ここは、館だと思う。今は、雨が降っているけれど。ここは、古くもないのか? 雨漏り一つ起こさない。そう思っていた、次の瞬間。水辺に何か重い物でも落ちている様な音がした。それは、三回聴こえ、三回目の時は一段と深溝に嵌った様な音がした。気持ちが悪かった。私は、ここから引き返そうかと迷った。でも、あの音が怖かった。水辺に何かが落ちる音。それは、私が館を移動中、二回程その音に遭遇する。とにかく進むしかなかった。私には今、生きる権限しか与えられてはいないのだから。あれは、二週間前だ。私の彼が、ここへ私を閉じ込めていき、そのまま去って行った。私は、何が起こっているのか状況が掴めず、必死に彼に向って言った。

「あんなに愛していたのに! どうしてこんな所に閉じ込めるの? 会いたい! 貴方に会いたい! 出して、出してよ! 会って、私が貴方をどんなに愛しているか、貴方の体に刻み込みたいの!」

 その言葉も虚しく響き、彼と私を運んできた馬車は、彼を乗せ去って行った。そう、それから二週間。私は、泣き続けていたんだ。疲れ果ててどうしようもなくなった。だから、とにかくお腹が空いていた。何か食べ物が食べたい。ここが普通の館と同じ造りであれば、キッチンが在るはずだ。そこへ行けば、加工物でも食べられるかも知れない。そうやって、私は館のホールから少し離れたキッチンへと無事辿り着いた。まず、水が飲めるかどうかを確認したくて、水道の蛇口をひねる。水は確保できた。後は、食べ物だ。私は、キッチンの奥へと向かう。そこには、貯蔵庫らしき所が在った。加工品のハムやウインナーが並んでいた。私は、キッチンに在った包丁で加工品を覆っているビニールを切り剥がし、一気に食べあさる。無我夢中で食べた。その間に雨は止んでいた。貯蔵庫に食べ散らかした後を残し、少し歩くと何故か眩暈がした。どんどん眠くなってゆく。そのまま私は、その場で倒れ込み、眠ってしまった。その後から、誰かが呼んでいる声が微かに聴こえた。それは、男の声だった。何を言っているのかは解らない。私は、完全に爆睡していたようだ。目が覚めると、暖炉で炎が赤々と燃えていた。暖かい、ただそれだけ思うと、あの声がした。

「捨てられたんだろう? アンタ」

 誰かが居る、そう思い。私は必至で周りを見渡したが、何処にも人の姿は見えなかった。でも、確かに聴こえた声に対して、声を張り上げて見えない者へ言い放った。

「誰! 誰か居るの?」

 あの声は、また聴こえる。そして、こう言ってきた。

「俺は、忠告しておくぜ? 早くこの館を出ないと、大変な事になる。じゃあな」

「待って! 誰? 貴方は誰なの?」

「シャドーマン、とでも呼ぶといい」

 そう言ったきり、シャドーマンと名乗った男の声は消えた。私は錯乱していたが、直ぐに気を取り戻す。人がどんな形でさえ居るんだ。そう自分に言い聞かせ、周りを観てみた。直ぐに目に留まったのは、クローゼットから見える衣服と、バスルームだった。私は、シャドーマンと言う男の忠告を忘れながらお風呂に浸かっていた。二週間の汚れを落としながら、私は思う。そういえば、シャドーマンが言っていた、大変な事とは何だろう? 考えている内に雷鳴の鳴り響く音が聴こえてきた。また、一雨くるのだろうか? そんな事を思いながら、私はクローゼットから着替えを選び、その場を部屋から出た。すると、何かが啜り鳴く音が聴こえた。それも大きな音量で。それは、私に近付いてくる。私はパニックを起こした。このままでは、殺されてしまうのではないだろうか? そんな事ばかり頭が過る中、啜り音が近づいてくる。出てきたドアを開けようとした。しかし、開かない。このままでは、本当にどうにかなってしまう! そう私が強く思った時だった。何かが切り刻まれる音がし、青い炎が揺らめいていた。すると、聴き覚えのあるような声がした。

「危険になったら、私を思いなさい」

「誰!」

 またしても誰も居ない。正確には、真っ暗で、青い炎が在るところ以外は、解らない。そんな中、声は続けて言う。私とよく似た声で。彼女の名は、ブルーと言うらしい。そして、私が危機状態に陥った時に発動する防衛本能なのだと。訳が解らない、私にこんな力は無い。しかし、相手には私の思っている事まで筒抜けだった。それを面白おかしく笑いながらブルーは言う。

「私は、貴女の殺意。貴女は、こうやって自分のしたい事をする人でしょう? そして、あの人を傷つけた。それは、貴女の中に在る独占欲と狂気みたいなものよね」

 声は笑いながら言う。私は否定した。

「あれは、愛よ! 貴女が私なら解るでしょう?」

「さあて、どうだか」

 そう言うと、ブルーの声は聴こえなくなった。幻聴だったのだろうか? しかし、目の前に在るそれが、私のその考えを消し去る。館に少し日差しが入ってくる中。そこには、化け物が灰になりかけながらも原型を留め、横たわっていた。切り刻まれた跡も、もはや見えない。それは、人の上半身を持ち、蛇のような下半身を持っていた。こんな得体の知れないモノに、私は殺されかけていたのだと思うと寒気がした。その上、今まで窓を確認してきたが、窓らしい窓には、全て鉄の板が打ち付けてあった。その蛇女の顔を観て、ふと私は思い出す。こいつは、あいつだ。そうだ、私の彼に言い寄ってきてたアイツじゃない! 程なくして、私は声を上げて笑い出す。そうだ、そうだった。

「私は、こいつを殺したかった! あの人に近寄るゴミ! アッハッハッハッハッハッ! そうよ、ゴミは捨てないとね。切り刻んでバラバラにして燃やさないと。絶対にここを出てやる! そして、あの人に纏わりつく奴らを殺す!」

 私は、自分がどんな人間であるかを思い出す。その時は、まだ良かった。気分はまだマシだった。そうやって、鍵の付いていないドアを探す。すると、会議室という表札が掛かっているドアに気付く。中から気配が感じられた。またアイツだ、あのゴミ蛇女だ。殺さないと! 会議室のドアを開け、少しの明るさを感じるが、あの啜り鳴く音が聴こえる。私は即座に思い、言葉を発する。

「私は思う! ブルーで蛇女を切り殺す!」

 ブルーは発動した。そして、切り刻む音と共に、また青い炎が灯る。もう、これ以上は気配が無いのを確認した。またブルーの声が聴こえる。

「そうよ、それでいいの」

私は、青い炎を頼りに、会議室の円卓の真ん中に在った鍵を手に入れ、服のポケットに忍ばせる。ブルーの声は、それ以上は聴こえなかった。しかし、その次にあの声がした。シャドーマンだ。

「早くその鍵で、この部屋の非常階段から出ていけ! もう直ぐ、館がお前を飲み込むぞ」

 私はその時、ブルーが居ると思って余裕だった。だから言ってやった。

「迎えに来ない人を待つの? ナンセンスだわ。それにこの館から出たって、ここは辺境よ? 歩いて行ったって、人里まで何日も掛かるわ」

 そこまで言い切った後だった。また、雨が降ってきたのだ。

「運が悪いな、アンタ」

 そう言うと、シャドーマンは何も喋らなくなった。他の出口を探そうと思い、会議室を後にした。でもそれが、あの恐怖にまた繋がるなんて、思いもしない。私は、ただ虚勢を張っていただけだと気付くまで、そんなに時間は掛からなかった。またして、あの音が聴こえた。今度は一回だけ、水辺に何か落ちる音がした。私の居る場所から、そう遠く離れていない所から、その音が聴こえる。そして、また三回目。あの大きな音がした。一体何なのだろう? 怖くて仕方なくなった。さっきまで威勢を放っていた自分に、後悔の念が渦巻く。どうすればいいんだろう。一人は嫌! そう思って、二階の部屋で、鍵の掛かっていない部屋を探し始める。雨は猛烈に酷くなってきていた。その度に、あの音を思い出す。重い何かが、自分のほうへと移動してくるような、そんな音だった。寒気が酷くなり始めた頃、私は二階の一室のドアが半開きになっている場所を見つける。蛇女は居ないようだ。そして、その部屋に入り込む。暖炉にまた炎が燃えていた。こういう時には、またアイツが居る! そう思って叫んだ。すると、あの声が再び私に話しかける。

「さっきの威勢はどうした?」

「独りが嫌なだけよ! どうして? どうして、アンタは出て来ないのよ! シャドーマン!」

 シャドーマンは、大きな笑い声を上げた。さも私が哀れだと言わんばかりに。

「俺はな、アンタの影さ。アンタは狂っちまってるだろう? 狂って病んで、アイツを殺すとこまでいった。そこが実に面白い! アンタは狂ってるんだよ、お嬢ちゃん。アーッハッハッハッハッハッ!」

「よしなさいよ、シャドーマン。アンタが全部仕掛けてる事なんて、この子は知らないんだから」

「仕掛けてるって、何?」

 ブルーが会話に割り込んできた時に確かに言った。仕掛けていると。シャドーマンが私で、そのシャドーマンが今までの現象を仕掛けている。今の私には、そうとしか取れなかった。私は声を張り上げる。どうして? どうして、こんな事を私が仕掛けるのよ! 訳が分からない! とにかく、シャドーマンに訴えかけたが、シャドーマンもブルーも、言葉を返してくれない。その時、一言だけ。シャドーマンが言った。これは、私のした選択なのだと。私には、どうしてこうなってしまったのか? 様々な事が解らない中。暖炉の暖かさで気を紛らわした。そして、周りを観てみた。この部屋には、机が一つと椅子が在った。そして、机の上には何かの記事の切れ端があった。そこに書いてある記事には、こう記されていた。謎の館とデッドワンド。

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