ヨウコ×妖狐

星野フレム

一章 妖狐と葉子

 昔の世間一般で妖怪といわれる類のものは、それはそれは恐れられていた。

しかし、現代の妖怪はテレビや映画、漫画等で多大な人気を得ている。

それは存在しないから楽しめるという、人の娯楽が作り出した幻影達に過ぎない。

今のこの世の中で、妖怪という存在は、ただの娯楽の一部となっているのである。


 今は冬の夜。雪も深々と降る、世間で言えばホワイトクリスマス。場所は若者がよく集まる噴水が目立つように設置され、イルミネーションで飾り付けられた木々が並ぶ小さな広場。少女の名前は、上屋葉子。容姿として、髪はロングヘアーで背は低め。顔立ちは季節に合うかの様に白い肌で、輝く大きな瞳を持った可愛らしい印象を持たせる。葉子は最近付き合いだした彼氏を待っていた。デートは冬になる前に何度かして、互いの事をある程度知っている。寒空で、少し冷え気味な中を待つが、彼氏は来る気配がなかった。葉子は、気になって携帯から電話を掛けてみた。

暫く呼び出し音が鳴ってから、電話が繋がる。

「ああ、葉子? ……ごめん。昨日から熱出しててさ。今日デートだって親に言ったら、駄目だって引き止められてさ。無理矢理自室に閉じ込められたんだよ」

 彼氏の名前は中島涼平。外見はとてもキャシャに見えるのだが、実は健康だけが取得の少年である。つい先日まで夜更かしをしていたらしく、それがタタっての熱ではないかと言われる。

三日間寝なくても大丈夫だと言いながら、一日寝て回復するくらいの元気な涼平が、どうしたんだろうと思いながら、絶対安静と言って電話を切る。葉子は、ため息をついた。

そして、家に帰ろうとしたその時。

「おい、娘」

 不意に誰かに呼び止められた気がした。辺りを見回すが誰も居ない。するともう一声。

「馬鹿者。私はお前の上にいる」

 上と言われて、驚いて上空を見上げる。すると、一匹の獣が葉子の頭の上、上空で葉子を見下げていた。その獣は、テレビの動物番組でよく見る、狐とよく似ていた。宙に浮いていること以外は、普通の狐に見えた。狐はとても色鮮やかな金色に近い毛並みで、尻尾が二つあり、額に、何か文字のようなものが毛並みの中に隠れている。葉子は、これまで体験した事のない事への驚きと、狐の綺麗さに見とれていた。すると、狐が葉子の視線をうっとうしくなったのか、再び話しかける。

「驚かんのか」

 葉子はとても驚いているつもりだが、狐にはそう感じられなかったらしく、首を傾け、ため息をしていた。そして、何か思いついたのか。耳をピンと立てると、宙を蹴って、くるりと一回転したかと思うと、目の前から消えていた。葉子は突然消えた狐を目で探したが、何処にも見当たらなかった。

すると、先程の狐の喋り声と同じ声が背後から聞こえた。

「お前のような人間に会うのは久しぶりだぞ」

 振り返ると、そこには袴姿の美しい顔立ちの青年が立っていた。葉子は顔を赤らめる。

髪が長く、腰まである綺麗な金髪で、端整な顔立ちをしていた。葉子以外にも周りの恋人達が気づき、あれは誰だと騒ぎ始める。青年は面倒な事になりそうだと判断し、いきなり、葉子の手を取って走り始めた。青年の足は速く、葉子は息を切らしていたが、青年はお構い無しに、ある方向へ走っていた。その方向は、とある古い神社のある方向だった。

 社も倒れたその古い神社に、階段を駆け上がって連れて行かれた葉子は、ここで初めて青年を警戒し始める。葉子は自分の体が目的かもしれないと思い、青年の手を払いのける。

「何のつもり! こんな古い神社で私をどうするのよ!」

 青年は、真剣な顔で葉子に詰め寄る。葉子もじりじりと後ろへ下がる。

隙を見て逃げようとしたその時、葉子は何か壁のようなものにぶつかる。何事かと後ろを振り返った瞬間、何も無い空間で頭をぶつける。

「痛っ! 何、……何で? これ、どうなってるの!」

 階段に向かう方向は、何の変哲も無い景色だったが、確かに見えない壁があった。葉子は混乱のあまり、何度か壁を叩くが、びくともしなかった。

焦る葉子。青年はそんな葉子を見て落ち着けと言った。

「お前のような小娘を犯して何になるか! 馬鹿者め! 私が欲しいのはお前の体だ」

 何を矛盾したことを言っているんだろう? と、混乱していると、青年は狐の姿へと身を変えた。

「さっきの狐さん?」

 狐は、ばつが悪そうにしていると、「大事な話だ」と、言って自己紹介から始めた。

「私の名は、金糸妖元。世間では、妖狐と言われている。お前を探し出したのは他でもない。

私のよりしろになって貰う為だ。『よりしろ』とは、お前の肉体に私の魂を移す意味を示す。

寿命の時が近づいているのだ。お前の体を使わせてはくれぬか」

 葉子は話を冷静に聞こうとしたが、そうはいかなかった。つまり、この金糸妖元という妖狐は、自分の体を乗っ取ろうと考えているのである。そんな急な申し出には、当然『ノー』と答えた。……しかし。

妖元曰く、体を貸して貰えるまでは、神社から一歩たりとも出られないと言う。

余りに理不尽な要求に葉子は怒り始めた。まず、なぜ自分なのかということだ。

「それは、お前の体が妖気を感じやすい体だからだ。

ついでに言うなれば、お前のその血が私の妖力と合うのだ」

 では、なぜ体を使わせなければならないのか? と、問うと。

「さっきも言ったとおりだが、私はもう一年も生きられない体なのだ。私が死ねば、私の関わる土地にも問題が出てくる。つまり、お前の住んでいるこの明神町の神社がここなのだ。

……解るか? 町に影響が出ると言うことは、天災や事故から、お前達を救えないという事なのだ」

 そんな重要な話をされても葉子は、ピンと来なかった。それと自分が密接な関係であると言われている訳だが、それでもさっぱりだ。そんな葉子を見て、妖元は話の交渉として、大事な時だけ使わせてほしい。と、言ってきた。それでも微妙な葉子の立場だったが、このままでは妖元に寿命の一年間は閉じ込められる。死んでは意味が無いと妖元も言うが、これは選択肢がほぼ無い。

葉子は、考えに考えていたが、結論を出そうとしていた。そして、妖元には時間が無かった。

実際、一年間と、言ったものの。本当は、一年間で体を維持できるかどうか等とは思っていなかった。町に迫り来る瘴気は、刻一刻と妖元の体を蝕んでいたのである。この緊迫の糸を解いたのは、妖元の張った結界のようなものが破れたその時だった。一羽のカラスが、敷地内に入ってきた。

その大きさは見る見る変わり、人の形を成していた。

「カラス天狗か! よもや、ここまで力が弱まっていたとは……」

 黒い翼を持った人の形をとったカラス天狗が、妖元に話しかける。

「クックックッ……! お前も落ちたなぁ。妖元」

「黙れ!」

 妖元の体は青年の姿へと変わる。そして、構えた手から炎を出し、カラス天狗にぶつける。

しかし、強い風により、炎はかき消された。そして、カラス天狗が妖元目掛けて急降下を始める。

このままでは、葉子まで巻き添えを食ってしまう。そうなれば、土地神としての自分の器を失ってしまうかもしれない。そう考えた妖元は、止むを得まいと葉子の前に立つ。

「クッカッカッカッ! 自分のよりしろの身代わりとは滑稽だな!

そのまま娘ごとあの世へ送ってやるわ!」

 カラス天狗の速度が増し、突き出した手の爪で、妖元の心臓は串刺しにされてしまう。

ぐったりとその場に倒れこむ妖元。しかし、なぜか妖元の口元は薄っすらと笑みを浮かべていた。

「全く。これだから低級の貴様らは嫌いなのだ。その身を汚してまで、妖怪を名乗る資格は無い」

 その声は、確かに葉子の声だった。しかし、口調が違う。パニックになっていた葉子は、カラス天狗が急降下してきた時、前に出た妖元が、自分をかばおうとしていたと思い込み、妖元に心を許してしまったのだった。その瞬間、妖元は魂の器を葉子へと移していたのだった。そして、金の髪をした葉子の体を使って、真っ赤な瞳で言い放つ。

「どうした? 大した威勢だったじゃないか。もう何もしないのか? 低・級」

 低級の一言を聞き、カラス天狗は怒り狂って襲い掛かる。

「阿呆め! 同じ手が何度も通用するか!」

 葉子の細い指先から、さっきとは桁違いの炎が放出される。そのまま炎は、向かってくるカラス天狗を焼いて葬り去った。笑みを浮かべる葉子の顔。だが、カラス天狗は死に際に言い放った。

「これから……、お前が、その娘の体に馴染むまで一年! 我らはお前を狙う……! その体をもてあそばれてから、苦しめて、苦しめて、あの世に送られるだろうよ……! カーッカッカッカッ!」

「黙れ!」

 妖元は一喝すると、その覇気でカラス天狗の燃える体は、粉々になった。


 ほんの一瞬の出来事だった。葉子は、自分の体が勝手に動かされ、カラス天狗を焼き払い、満足げに笑っていた自分の姿を思い浮かべた。なんて恐ろしい事だろうか。と、葉子は思った。

目の前には、妖元の狐姿の遺体があったが、風と共にその体は消え去ってしまう。

葉子は、自分の姿がどうなっているのかを確認したかった。急いで学生カバンからコンパクト鏡を取り出す。妖元が乗り移ったせいなのか、髪の色は前より少し、金色が混ざっていた。

黒髪が自慢だった葉子は、自分の姿に唖然としてしまう。瞳の色もどこか赤い気がした。

すると、頭の中で、妖元の声が響いてくる。

『心配するな。お前の今の姿は、普通の人間では区別できない。

さっきのカラス天狗や、特殊な霊力を持った人間などにしか、その変わった姿は見えん』

 そう言われて、安心するものの。実際、自分で見る姿は変わらないので、葉子は落ち込んだ。

何よりも、自分の体にもう一つの魂が宿っていて、それが土地神の妖狐等とは、誰にも相談できない。何でこうなってしまったのだろうと思いつつ、葉子は呆然としながら帰路に着いた。

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