プリンセス・セーブポイント

ながやん

・プロローグ

第1話「――ロード完了」

 自我と意識が己を知覚した時、彼は何もない空間を彷徨さまよっていた。


 自分という存在が果たして、何処どこにいるのかもわからない。


 今がいつなのか、過去なのか未来なのかもわからない。


 全てが不明で不鮮明、そして不確定だということだけが理解できた。


『――ッシュ! ザッシュ! いい? あなたをシステムに登録――』


 ――ザッシュ。

 そうだと少年は思い出す。

 自分はザッシュと呼ばれていた。

 それだけが突然、頭の中に入ってきた。

 声は自分の内側から生まれるように響く。


『大丈夫よ、ママを信じて。これしか方法はないの。もう時間が』

『博士! イニシャライズ完了、量子化をスタートしま――』

『やって頂戴ちょうだい! ……愛してるわ、ザッシュ。私のかわいいザッシュ』

『くそっ、間に合うか? 奴が……奴等の大軍がもう、すぐ外まで!』


 そして、全てがフラットな光の中に消えてゆく。

 ザッシュは今、自分を吸い込み始めた何かへ向かって進んでいた。

 視覚も聴覚も無視して、頭の中から湧き出るイメージが乱舞する。


 脱出船団乗員名簿エクソダス・レポート


 残留者への救済計画。


 迫る害意がいいの声なき声。


 運命の選択と、その先の可能性。


 雑多ざったな情報が密度を濃くしてゆく中で、ザッシュは突然解き放たれた。

 三次元空間の、かつて自分の肉体があった世界へと現出したのだ。

 そして悲鳴が響く。


「お、おいっ! 見たか? ひ、人がっ!」

「あ、ああ……この子はどこから」

「これが、いにしえ古代魔法ハイエイシェント……確かに精霊せいれいの力を感じなかった。だが」

「なあ、お前! 大丈夫か? 立てるか!」


 ザッシュは何度もまばたきを繰り返した。

 そして、硬い床に手を突いて上体を起こす。

 目の前には、驚きを隠せずに狼狽ろうばいする多くの人々がいた。

 ここは、どこだろう?

 そして、いつだろう?

 周囲の者達以上に混乱するザッシュは、その時聴いた。

 優しげでおだやかな、よく通る声を。


「皆さん、お静かに。このように、事前にわたくしと簡単な儀式をやりとりして頂ければ――あら? あらあらあら? まあ……ええと、どちら様でしょうか」


 よろりと立ち上がって、ザッシュは振り向いた。

 そこには、真っ白な少女が立っている。色素を忘れて伸び続けた髪と、淡雪あわゆきのような純白の肌。ザッシュを見詰めてくる大きな瞳だけが赤い。

 長く伸ばした白髪はくはつからは、とがった耳が長く伸びていた。

 少女はなんの警戒心も見せずに、ザッシュへと歩み寄ってくる。

 すかさず、警護の人間と思しき女性が腰の剣に手をかけた。


「まあ……まあまあ! まあまあまあ! あなたは、わたくしの記憶にはないのですが」

「お待ち下さい、姫様! お下がりを……見てはなりませぬ! おい、お前っ! 不敬ふけいであろう、何故なぜ! 何故――」


 ――


 白亜の少女を背にかばいながら、長身の女が顔を赤らめる。

 それでザッシュは己の肉体を見渡し、確かにそうだとうなずいた。


「確かに……俺は、どうして裸なんだ? そもそも、どうしてここに。ここは」

「いっ、いいからとにかく! ああもう、姫様……姫様? い、いけません、お待ちを!」


 ザッシュは一糸いっしまとわぬ全裸ぜんらだった。

 そして、長身の女はほおを赤らめ両手で顔をおおう。

 だが、彼女が指と指との間から見詰めてくる中……小柄な姫君は迷わず歩み寄ってきた。

 真っ白な少女は、にっこりと微笑ほほえみ己の着衣を脱ぐ。

 もともと肌もあらわな薄着だが、肩に羽織はおった羽衣はごろものような薄布を差し出してきた。


「これをどうぞ、冒険者さん。ええと、大丈夫でしょうか? ふふ、わたくしが結んで差し上げますね」

「姫様、いけません! 見てはなりません! 破廉恥はれんちな!」

「大丈夫です、敵意を感じません。初めてのことで冒険者さんもびっくりしてるんですの。でも、そうですね……じろじろ見ては失礼ですわ。では、少しごめんなさい」


 呆然ぼうぜんとするザッシュの股間を、

 その上で腰に脱ぎたての布を巻いてくれる。

 訳も分からずザッシュは、少女を見下ろしながら目をしばたかせるだけだった。


「これで、よし。ふふ、さて……皆さん、御覧ごらんになっていただけたと思います。こうして、迷宮ダンジョン生命いのちを落とされた冒険者さんも、事前にわたくしとのやりとりをしていただければ、こうして生還することが可能ですわ。そうですね、ええと」


 まだあどけない顔に眉根まゆねを寄せて、白い少女が考え込む。

 そして、パッと表情を明るくして彼女は手を叩いた。


「ええ、そうですわ。わたくしが冒険者の皆さんを、その肉体と精神を保存セーブしてるんですの。これはそういう高位魔法で、わたくし達ハイエルフの王族のみが持つ力ですわ」


 そう言って少女は、ザッシュにもにっぽりとほがらかな笑みを向けてきた。

 これが、ザッシュの運命の出会いとなった。

 彼女の名は、リータ・ファルシ。

 ハイエルフの七星王家セブンス、ファルシ家の末娘すえむすめだ。

 そして、ザッシュにとっては唯一、自分のルーツや異変の正体を知る手がかりとなるのだった。

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