ポンピング・メイデン
規村規子
第1話 起
昨晩は豪雨だったが、僕にはあまり関係のないことだ。
コンビニの自動ドアが開いた瞬間、湿った向かい風にガソリンの匂いが混じる。
いつもの
最後に必死で解答欄を埋めたのは、いつだったっけ。
大学受験なんてまだ先の事にしか思えない高二の夏。学校、行きたくないからサボった。どうせ周りに合わせて筆記用具の音を立てるフリしかしない。そんなの、真剣に取り組んでいる奴らに申し訳ないだろう(なんてね)。
あぁ、そういえば今週中に先生と母さんが話し合いするんだっけ。
「そしたら僕、どうなるんだろうなぁ」
誰に言うともなく
すると今日一日の終わりを告げるかのように、
家に帰りついた頃には、辺りは随分と暗くなっていた。人の気配のする居間を足早に横切ろうとすると、待ち構えていたかのように母親が顔を見せた。
「おかえり、
僕は避けるように顔をそむけ、自室に繋がる階段を駆け
特にする事もないので、布団の上へ横たわる。身体をずるずると上へ
「いいかげん起きろ!
「ってぁ!?」
突然脳天を叩き割られたような衝撃が走り、目が覚めた。身体を起こした直後に、突き抜けるような痛みが襲う。自分が今どこにいるのか一瞬分からなくなったが、制服を着たまま
「ようやくお目覚めのようね」
誰かいる。薄暗い部屋の中、心臓が静かに
「……っ!」
画面の白い光に照らし出されたものを見て、はっと息を呑んだ。丸みを帯びた大きな顔と、猛獣のようなギラリとした目つき。そのあまりの迫力に圧倒され、持っていたスマートフォンを一瞬落としそうになる。声ひとつ身じろぎひとつできないでいると、それは部屋の壁まで移動し背中をもたせ掛けた。毒々しいピンク色の、まるで戦隊物のようなコスチュームを身に
「だらしない口。よだれを垂らすほど、イイ夢だったみたいね」
口の
「おんな、のこ?」
今度は狙いを
「おいこら! 誰がデブよこらぁ!」
少女は殴りつけるように怒鳴ると、スカートの下から覗かせていた丸太のような足を踏み鳴らす。
「そもそも! アタシは! アンタのせいで!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて。床が抜けちゃうよ」
「だから誰がデブよ!」
こちらを
「あのさ、僕のせいってどういうこと?」
全く身に覚えがないのだ。僕には兄弟もいないし、小中学生くらいの女の子と知り合う機会もない。
「ま、知らなくて当然だから教えてあげる」
少女はその場で片足を
「
いかにも相手の反論を許さぬといった響きでぴしっと言い切り、「決まった……」と鼻を
「アンタたち人間の夢を食べて生きる、そうね、神ってとこかしら」
「夢を……バクみたいなものってこと?」
「はんっ、あんなデブと一緒にしないでくれる」
きみがそれを言うのか、と言葉にすると身も
何の前触れもなく突然やって来たこの少女は、自称、夢を食べる神様だそうだ。何がなんだかさっぱり分からない僕を気にする様子もなく、少女は続ける。
「アタシたちは気に入った人間の夢を食べて活力を得て、その人間にも活力を与える存在なの。だからアンタとはウィンウィンの関係ってやつよ」
なるほど。要するに僕は、神様に気に入られたのか。これまでの緊張が
しかし少女は、先ほどとは打って変わって
「……本来ならね」
そうぽつりと呟くと、少女の目はみるみるうちに涙を溜め込み始めた。
「アンタが! カロリーの高い夢ばっかり見るせいで! アタシはこんなに太っちゃったのよ!」
今度は
「か、カロリーの高い夢って?」
「簡単に言うと、鮮明な夢ってこと。夢の世界へ逃げ込みたいって強く願えば願うほど、鮮明になるの」
その言葉に僕はドキッとした。思い当たるふしがある。僕が見たいもの、聞きたいものだけを用意した都合の良い世界。僕は毎日望んでいた。
「アンタ、現実に満腹してないでしょ」
それを言うなら満足では、と言葉にするとやっぱり身も
「と、に、か、く」
少女は指先でくるくると円を描き始める。ぐにゃりと周囲の空間が
「アタシのダイエットも兼ねて、ちょっと
「兼ねるっていうか、ほぼ目的で……ひっ!?」
突然
「ちょっと早く行きなさいよ。って誰がデブよ!」
「重い、痛いぃ」
「許さない抱いて!」
「い、意味わかんないこと言わな……うわぁぁ!」
お尻の分厚い圧迫に耐え切れず、両手がすべり落ちる。同時に僕の身体とかろうじて上げた悲鳴は、まるで掃除機に吸い込まれた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます