異世界派遣ニート!

普通じゃない僕の話

 僕は、どこにでもいる普通の高校生――ではない。


 身長は170センチ。体重は60キロ。

 身体的な特徴があるわけではない。

 特異な髪型やファッションをしているわけじゃない。

 音楽や美術などを得意にしているわけじゃない。

 スポーツ万能というほどでもない。

 だけど僕は、普通の人間なんかではないのだ。

 

 確かに通っていた高校は公立の普通科で、成績も中の中。

 だがそれは、現代社会の教育制度を疑問視している僕が、あえてテストで本気を出していないからだ。教育委員会の奴隷も同然の無能な教師たちでは、僕の優秀さは計れないだろう。

 高校に入って以来、僕の成績が落ち続けているのがその証拠だ。

 そうだ僕は、普通の人間ではない。

 

 だから、あえて友達もつくっていない。

 教養に乏しく騒がしいだけの男子、僕の話す知的な話題についてこられない女子、みんなレベルが低い。僕の友達としては失格だ。僕は、僕にふさわしい高尚な人間とでないと、交友関係を結ばないと決めているのだ。

 いや、学校という場所自体が、僕にふさわしくないのかもしれない。

 人生は有限だ。

 無為な時間を過ごすべきではない。

 だから僕は、学校へ行くのをやめた。


   ※   ※


 ドカドカドカドカ、階段を駆け上がる音。

 マンガやお菓子の袋が散乱した部屋の中、一週間洗ってないジャージを着てパソコンの前に陣取っていた僕は、大慌てでベッドに飛び込み布団をかぶって丸まった。

 バーンと勢いよくドアが開かれる。

「ちょっとアンタ!」

「か、母ちゃん!」

「いつまで引きこもってんの! いいかげん外に出なさい!」

「い、嫌だ! 学校なんて、絶対行かないぞ!」

 僕は枕に抱きついて叫んだ。

 すると僕の遺伝子の提供者である40過ぎの女性――俗世間で通用する言い方をすると母親――は、おもいきり顔をしかめた。

「はあ? なに言ってんの」

「え?」

「アンタ、不登校で高校を退学になってから何年たったと思ってんだい。同級生はもうみんな大学だよ。今さら学校行けなんていわないから、せめてバイトでもなんでも働いておくれ!」

「嘘!」

 僕は鏡で、自分の姿を見た。だらしなく伸びた髪、点々とはえた無精ヒゲ、たるんだ体型。高校に入学したのが、ついこの前だと思っていたのに!

「今日はね、就職アドバイザーの人が来て下さるのよ。アンタにもできる仕事を紹介してくれるんですって」

「アドバイザー?」

「2時には来るから、準備しときな」

 そう言うと母ちゃん……母親は、階段を下りていった。

 僕はハッとして、時計を見た。

 1時50分。

(じょうだんじゃない!)

 僕は大急ぎで、準備を始めた。

 まずは、しっかりと内開きのドアを閉め、その前に本棚を移動する。そして中にありったけの本を詰め、その上に5キロのダンベル(雑誌の通販で買って一度も使わなかったもの)を置く。さらにパイプベッドをたてかけて、絶対にドアが開かないようにした。

「よし……!」

「終わりましたか?」

「わっ!」

 声は部屋の中から聞こえた。

 見ると、そこに女がいる。

 20代前半くらいの年齢で、髪の長い、美人の女だ。紺色のスーツに、ぴったりとしたタイトスカートをはいている。

 彼女は言った。

「はじめまして。あなたが引森新斗ひきもりにいとさんですね?」

「はい……っていうか、どこから入って……」

「高校でぼっちになり、好きな女子にも相手にされず、さらに勉強について行けなくなって、不登校で退学処分を受けた、無職で引きこもりの、引森新斗さんで間違いないでしょうか?」

「違う!」

「新斗さんではない?」

「それは違わないけど!」

「新斗さんですね」

 僕の叫びにまったく耳を貸さない彼女。

 スーツの内ポケットから、1枚の名刺を取り出した。

桐咲早紀きりさきさきと申します」

 うやうやしく頭を下げる。

 大きな目の濃い顔立ちで、眉毛も濃い。僕と同じくらいの身長なので、女子のわりには背が高いほうだろう。ふっくらした体つきで、特に胸の膨らみなどは白いシャツがはちきれそうなほどだった。

「市のほうの青少年対策課で、就職アドバイザーとして勤務しております」

「な、ななな何の用だ」

 たじろいで、どもる僕。

 だけど彼女は気にする風もなく、カバンから、書類の入ったクリアファイルを取り出した。

「働かずに引きこもっている新斗さんに、就職先を紹介しようと思いまして」

 就職。

 その単語が、頭の中で反響する。

(……そうか。ついに、僕のあふれる知識とかがやく才能を必要とする輩が現れたというワケか。もう少し雌伏の時を過ごすつもりだったが、向こうからやってきたのであれば仕方ない。あの孔明も、三顧の礼を尽くされたら劉備に使えたのだ。僕も就職してやるか)

 僕はしかたなく、彼女の差し出した書類を手に取った。手が震えているのは、別に知らない人を前に緊張してるとかじゃなくて……その……武者震いというヤツだ。

「で、就職先っていうのは……」

「これです。マグロ漁船」

「うおぉい!」

 僕は書類を放り投げた。

「これ、借金返せない人が放り込まれるヤツだろ!」

「ダメですか?」

「ダメだよ!」

「じゃあ……もう無いですね」

「無いの!?」

「無いです」

 彼女はきっぱりと、真顔で言った。

「だって学歴職歴なんにもなくて、人付き合いは悪く、スポーツ芸能得意なことは一つもない。根気もやる気もまるでない。そんな人にできる仕事は、この世界にはありませんよ」


『!!!!!!』

 

 ショックだった。

 僕は、普通の人間じゃなかった。

 普通以下のダメ人間だったのだ!

 カクンとその場に膝をついて、肩を落とす。頭が重くて持ち上がらない。目からとめどなく涙が溢れてきた。

(そうだ、本当は気づいていた)

 だから逃げ出したんだ。

(目をそらしていたんだ)

 だから、ずっとこの部屋にこもっていたんだ。誰かと一緒にいると、自分が他人より劣っていることがバレてしまうから。

「うう……」

 漏れてくる嗚咽。押し寄せてくる敗北感。人前にもかかわらず、僕の身体は沈み込んだ。現実という名の絶望の中に。

 そんな僕に、彼女――就職アドバイザーの桐咲早紀――は、こう言った。

「さ、行きましょう」

「……? どこへ?」

「あなたの就職先です」

「だって……僕にできる仕事なんて無いって……」

「“この世界には”ないと言ったんです」

 そして彼女は、手のひらを前に突き出す。

 するとそこの空間がねじ曲がった。風呂の水を抜いたときのように、渦巻いて、へこみ、穴が開いた。楕円形の穴だ。

 彼女は穴を手でつかみ、ぐいっと引き寄せた。

「さあ、行きましょう! 異世界へ!」

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