一 2004年12月初旬

 年配の方であれば一度や二度は行ったことのある人は多いと思うが、若い人ではいまひとつ馴染みの薄い場所であろう接骨院とは、捻挫・挫傷・打撲・脱臼・骨折などに対し電気や手技を用いて施術をおこなう健康保険の使える施術所である。

 住宅街にある大きなスーパーを中心にいくつかの店舗が並ぶ一画の住居付店舗に目をつけ、その接骨院を僅かな自己資金と金融公庫からの借金で開業したのは三年も前のことだ。

 それなりに人通りも多く立地も良い環境に当初は儲ける意欲も少しはあったものだが、免許資格持ちの自分自身と二十半ばの受付嬢が一人、十坪程の狭い院内は規模としては最小の部類、おまけに患者に入れ込み過ぎる性格の為一人あたりの施術時間は長く回転率でいえば非常に悪く、露呈した経営能力の無さは忙しいばかりで経費や給金を支払えば僅かばかりの利益しか残らない貧乏接骨院が現状だ。

 それでも潰れず飯が食えればそれでいいかと独身ゆえの気楽さで、とくに何事も無く施術に勤しむ日々を送っていたものだった。


 十二月初旬、朝寒い時間帯はまばらな患者も、十時を過ぎる頃にはすぐ近くにあるスーパーの開店時間に併せて用事を一緒に済まそうとする主婦など中高年の女性の来院で幾らか賑わう。

 三、四人程座れる狭い待合室と、壁を挟んで施術用ベッドが三台ある施術室にベッド毎をカーテンで区切り、それぞれに電気の機械や赤外線などが備え付けてある。

 これにマッサージベッドもある手狭な院内では五人以上も入ればあっという間に満杯だ。

 今も待合に二人座っている中、扉を開けた音が聞こえ、受付嬢が順番まで時間がかかると説明する声が壁向こうで聞こえる。

 なにしろ一人頭の施術時間が長いので待たせることは確実だ。

 この心苦しさはなかなか慣れるものではない。

 買い物を済ませて再び来るとの声にひとまず胸をなでおろし、改めて目の前の患者に取りかかることにした。


「今日はどうされましたか?」

 患者は72歳、女性。

 昨日つまずいた時に右膝を捻ったとのことで、ベッドの上で投げ出された膝は全体が腫れ上がり痛々しい。

「だんだん痛くなってきて・・・」

 少し体を起こし、その動作が響いたのか顔をしかめ、膝を擦りながら訴える。

 捻った直後痛みはあったものの、大したことなく、とりあえず温めればいいのではと夜に風呂で湯船に浸かって一生懸命温めていた、と説明を受ける。

 確かに慢性的な痛みに対しては温めることが有効な手段ではあるが、急性、受傷した直後の捻挫などについては例外で、必ず冷やさなければならない。

 冷やすことにより腫れが悪化することを防ぎ、痛みを和らげるのである。

 温めてしまうとそこに大量の血液が流れ込み、腫れ・痛みともに悪化するのだが、意外にこのことを勘違いしている人は多い。

 風呂の所為もあってか翌朝膝は倍近く腫れあがり、腫脹著しく膝関節の屈曲困難といった症状であった。

 簡単な膝のテストをしたあと、膝に電気治療器をまず当てる。

 その後は患部を冷やし、施術後には包帯で固定しておいたほうがいいだろう。

 とにかく関節なぞは動かせば悪化するものだ。

「家の冷凍庫に保冷剤でもあれば、今日はそれでしっかり冷やしてください。お風呂は湯船に浸からずシャワー程度にしておいてくださいね」

 ベッドの脇で努めてにこやかな表情を作り説明を続ける。


 人付き合いも悪く愛想笑いも苦手だが、患者と接する時にはそれなりに態度はガラリと変える。

 身長百八十の些かゴツイ体躯に、昭和だったら二枚目だったかもしれないと妙齢の女性によく言われる若干強面の顔が乗っている姿を省みてのことだ。

 慣れていない相手には不要に威圧感を与えてしまうという自覚がある。

 三十路にはいり二年目、いい加減いい歳ともなれば分別というものを覚え、必要以上に愛想を好くしなければならないと努力はしていた。

 それでもやはり笑顔を「つくる」時は、未だにどこか顔が引きつっているのは内緒の話としておこう。


「しばらくこのまま置いときますね」

 中央のベッドの、膝の患者に笑顔を向けながらカーテンを閉め、両隣のベッドの段取りを考えながら次のベッドに向かう。

 変わらぬいつもの接骨院の日常だった。


 受付終了時間午後一時の十分前、最後の患者の施術も終わり、やることもないので受付嬢には先に上がって貰うことにした。

「それじゃあ失礼します」

 ナース服のまま明るく挨拶をして裏口から出て行く。

 歩いて三分程の距離に住んでいるので着替えるのが面倒らしい。

 彼女がアルバイト募集に応じて来たのがだいたい半年前になる。

 午前と午後の夕方六時までの時間帯に受付に入り、働きぶりに不満はないが、患者の居ない暇な時に溢す旦那ののろけと愚痴には時折辟易する。

 新婚だそうで、どうやら今が一番楽しい時期らしい。

 とりあえず午前はこれで終わりかと椅子に座り背もたれに体重を預ける。

 机の上のカルテのチェックをするつもりだったっが、そこそこ忙しかったこともあり、多少身体が気怠くやる気が起きない。


 先に煙草でも吸おうかと思った矢先、玄関扉を開ける音がした。

「まだよろしいですか?」

 「診療中」の札はかかっているのだが、終わり間際ということで気を遣っているのだろう。

 申し訳なさそうに開けたドアの隙間から声をかけてきたのは初めて見る顔、若い女性だ。 さしずめ二十代後半といったところか。

「大丈夫ですよ」

 気を遣わせないように普段より少し明るく返事をする。

 煙草への未練が残るが仕方がない、よくあることだ。

「初めてですね。保険証はお持ちですか?」

 問診表を取り出しながら受付を始め、改めてカウンター越しに顔を見る。

 とりたてて美人というわけではないが、童顔、丸顔で少したれた目は小動物の様のように可愛らしい。

「あの、交通事故なんですが・・・」

 そういうと彼女は交通事故で追突され首と腰がムチウチになったこと、整形外科に二ヶ月程通っているが症状が変わらず、知人に勧められ接骨院に変えてみようと思い来たことを説明した。

「そうなると健康保険ではなく自賠責になりますね。整形からこちらへの変更は保険会社にご連絡されましたか?」

 まだ、とのこと。

 帰ってから接骨院の名前と電話番号を保険会社に伝えるようお願いしたあと、問診表に必要事項を記入して貰う。


【 第三者により加えられた負傷については健康保険を使用することは出来ない。

 交通事故の被害者の場合、相手方の加入している強制保険、正式名称を自動車損害賠償責任保険、俗にいう自賠責や任意保険を使用しての治療となる。

 この自動車保険、普通の病院はもちろんのことだが、接骨・整骨院に対しても適用される。この場合整形外科などで診断書を出して貰う必要があるが、あとは保険会社に連絡するだけなので手続きも難しいものではない。

 原則、はり・きゅう・按摩マッサージや整体・カイロプラクティックなどは適用外であるが、長期にわたり症状が変わらないなどのケースでは医師が有効と判断した場合に限り適用されることがあり、このあたりは保険会社と要相談になる。】


 整形外科の診断書のコピー受け取り目を通す。

 女性の名前はユキコ・年齢三十三歳。

 年下かと思っていたが意外にも一つ年上だった。


 一通りの手続きを済ませベッドに案内する。

 横に立つと頭ひとつ分は身長差があり、一般的にみても小柄な部類に属すだろう。

 玄関に脱がれたヒールの高い靴はささやかな抵抗なのかもしれない。

 とりあえず荷物とコートは備え付けの籠に入れてベッドサイドに腰をかけて貰う。

 躰を包むゆったりとした色の淡いシャツに足首まで丈のあるスカートが、太っているわけではないが年齢相応に多少肉付きのよいボディラインを上品に隠し、清楚とでもいえる雰囲気を醸し出している。

 なんとなく、どこか浮世離れした印象を受けた。

 たまの若い女性患者に普段より細かい観察を行いながら整形外科で書かれた診断書に目をやる。

 診断書によれば申告通り首と腰の受傷であり、整形外科でのレントゲンなどの検査で骨に異常が無いことも確認済みのようであった。

 ここでは改めて痛みの原因を探る為に筋の緊張状態、神経痛の有無、背骨の歪みなどを診てみることにした。


【 ムチウチとは交通事故の追突などで首の急激な過伸展・過屈曲によりおこる頚椎(首の骨)および筋・靭帯・神経・血管などの損傷を指す。

 症状により幾つか分類されるが一般的な症状として知覚異常・頭重感・頭痛・項部痛・上肢疲労脱力感などがあり、神経痛や眩暈を伴うものもある。

 症状は数週から数年持続するものもあり、また症状が治まっても周期的に症状が再発することもある。】


 背後にまわりこみ背骨の状態を確認する。

 一般に背骨と呼ばれているものは脊椎と言い、頚椎・胸椎・腰椎の総称である。

 首の上部から脊椎の両脇に沿って指を滑らし歪みを診る。

 背部において筋に損傷が起こるとその筋、及び周囲が緊張し、背骨の歪みなども引き起こす。

 軽度の場合はマッサージなどで緊張をとるだけでも改善することもあるが、しない場合は歪みを治す必要もあり相応の手技が必要になってくる。

 受傷後から変わらず、首を傾けるだけでも痛みが奔るとのこと。

 予想通りに下部頚椎に大きな歪みを触知する。

 そのまま腰まで指を滑らし胸椎下部及び腰椎部に幾つか歪みを見つけたあと、状態の説明に移る。


【 本来、脊椎の歪みの矯正というものは接骨院の業務ではない。

 よく混同されるのだが、脊椎や骨盤の歪みの治療をうたっているのはカイロプラクティックや整体である。

 とはいえ日本にはこのような治療の資格は無く、講習を数度受けただけの素人同然の人間がおこなっている場合も多く注意が必要だ。

 また業務ではなくとも接骨・整骨院などで治療の一環として取り入れ、自費治療として別個に行なう処も少なくないのだが、その理由から技術にピンからキリまであり、これもまた注意が必要である。

 補足として、一口に歪みを治すといってもその手技の種類は多く、ボキボキ鳴らさず、体に負担をかけない手技もあるので自分にあった治療法を探して頂きたい。】


 首と腰を前後左右に動かし痛む場所を確認して貰い、とりあえずは腰椎部から始める。

 ひとつの脊椎に対して緩やかに力を加え歪んだ脊椎を整えていく。

 時間のかかるのが難点だが、弱い力の為、脊椎の関節や周囲の組織に対して負担も少ないのが一番の利点である。

 患者自身も軽い圧迫感、歪みのきつい場合でも多少の鈍痛を感じる程度で済む。

 痛くはないか、しんどくはないか、などの問いに、大丈夫です、と返事はするがどこか不安げで、初めてこの施術を受ける患者は大体この様な感じだ。

 こうやって歪みをとると言っても、ただ軽く押し続けているだけで何が変わるのかといったところだろう。

 三箇所ほど歪みをとり、改めて腰を前に倒し、後ろに反って貰う。

「・・・あ」

 確かめる様に同じ動作を繰り返す。

「今痛み、無いです・・・」

 まだ張ったような感じは残るけど、と言いながらも事故から二ヶ月、変わらなかった痛みの変化に驚きの声をあげた。

 もちろん個人差はある。

 損傷の程度や症状によっては変化がほとんど見られない場合もあるが、適応する症状であればその場で痛みの無くなることも少なくない。

「それでもまだ治ったわけではないので、時間が経つと元の痛みがでてくると思います。しばらくは続けないといけませんよ」

 一度歪むと癖がつく。

 その為、繰り返し施術することが必要であるが、特に症状が出なくなればそのまま様子をみてもいいと思う。

 歪み自体はあって当たり前なので、そう気にしなくても大丈夫だ。


 続けてほかの部位の施術に移る。

 安堵したのか全体の筋の緊張が緩んでいくのが触れている指先からも伝わる。

「どうなるかと思ってたんです」

 重かった口も、会話をする余裕がでてきたようだ。

「今まで行ってたところだと治療してもかえって痛くなったりして不安だったんです。そうしたらツジさんから紹介されて、あ、ここの大家さんの」

 裏手に住む接骨院の店舗の大家は四十代の夫婦と高校生の娘の三人家族で、つい先日、娘が寝違いで首を痛め来ていたことを思い出した。

 母親も付き添いでみえられ、その時の会話の中でムチウチのことを聞かれていたことを今更のように思い出す。

「お知り合いだったんですか」

 地元ではない為、人間関係の把握はしづらい。

「あそこのご家族とはもう前から、私が学生のころからの付き合いになるかな」

 何の接点があるのかが疑問だが地元の人間同士何かあるのだろう。

 詮索するほどのことでもない。

「だからよくツジさんのところに来るので、ここは知ってたんです。けど接骨院て何をするところかよく知らなかったから入りにくくて」

「確かに、初めてだと不安ですよね」

「たまたま首のことで話していたら教えて貰ったんです」

「まぁ、痛いことはしませんから安心してください」

 明るく話す横顔を背中越しに見ながら、幾らかは不安を解消出来たようだと感じつつ施術を続ける。

「そういえば先生、知ってます?ここって前は飲み屋さんだったんですよ。その前は・・・なんだったかな、それで―」

 気も弛んだのか先程までの無口が嘘のように、よく喋り、よく笑う。

 気がつけば施術を終えるまで、他愛もない会話を楽しんでいた。


「はい、そうしたら首と腰、先程と比べていかがですか?」

 楽しい会話に名残を惜しみつつ術後の様子を伺う。

 始めてから二十分程経過していた。

「だいぶ違います」

 首を前後に動かしながら答え、動かした時の鋭い痛みが消えていると申告した。

「とりあえずは痛みがとれただけと思ってください。まだ治ったわけではないので無理するとすぐ痛くなってきますからね。できるだけ安静にしてください」

 念を押す。

 痛みがなくなると喉元過ぎればナントヤラ、普通に動かしてしまう人が多く、その結果、前より痛みが酷くなる場合も多々ある。

 ただでさえ初めての場合、刺激の強弱に関係なく揉み返しなどの肉体の過剰反応がでやすく注意が必要だ。

 そのままベッドにうつ伏せで寝て貰い、首と腰に電気治療器の端子をあてる。

「しばらくこのまま置いておきます。何かあれば呼んでください」

 特に何事もなく、十分程でアラームが終了を告げた。

 新たな痛みがでていないか、気分が悪くなっていないかなどを確認し、今日はこれで様子をみて貰うことにする。

「それではこちらが診察券になります。今日は無理せず安静にしてください。」

 受付カウンター越しに診察券を手渡した。


【 自賠責の初診の場合、事前に保険会社と病院の連絡がとれていれば問題なく患者の費用の負担は無い。

 連絡がとれていない場合は院ごとに対応は違うが、全額、または一部治療費を現金で支払わなければならない場合がある。勿論あとで全額は還ってくるので心配はない。】


「ありがとうございました」

「お大事にしてください」

 玄関のドアを開け外に出ると、振り返りもう一度笑顔で会釈をして扉は閉められた。

 入ってきた時とは打って変わった表情だったことに満足する。

 やはり施術の結果がきちんと出せた時は嬉しいものだ。


 心地良い達成感と、やはり初診の患者にはエネルギーを使い膨れ上がった疲労感を共に感じながら白衣を脱ぎ二階に上がる。

 これでようやく煙草が吸えるというものだ。

 昨今の禁煙ブームのなか、当然ながら院内で煙草を吸うのは論外で、例え誰もいなくても匂いがつく為、吸うこと出来ない。

 幸いなことに住居付店舗であった。

 二階には六畳の畳部屋と板間の四畳半があり、エアコン・テレビ・冷蔵庫・電子レンジなどに布団を一組と寝泊りが出来る程度には揃えてあり、換気扇も設置した煙草も吸える完全にプライベートな空間を確保出来てある。

 休憩や、気が向いた時に寝泊りするなど何かと重宝していた。

 独身男にふさわしい散らかり方を見せる室内を横目に、換気扇を回し煙草に火をつける。

 吸い込まれる煙を眺めながら、いつしか考えていたのは先程の患者、ユキコのことだった。


 かわいい、綺麗、ではなく可愛らしいという形容詞がしっくりくる。


 とりたてて顔の造作に際立つものがあるわけではないが、全体の雰囲気から与えられる印象と愛嬌のある笑顔が「可愛らしい」という言葉を選ばせた。

 患者には手を出さない、その程度のモラルは一応ある。

 しかし以前の彼女と別れてはや一年、日々年配のご婦人の相手をしている身としては、滅多にない同年代の好みの女性に対して食指が動くのは致し方無いことであろう。

 それでもそれだけだ、だからといって何をするつもりもない。

 相手が未婚かどうかも判らないし、そもそも次回の来院があるかも分からない。

 取り留めのないことを考えている間に火はすでに根元まできていた。

 昼飯にしようと煙草を灰皿に押し付けて、冷蔵庫から祖母の手作り弁当を取り出す。


 蓋をとった弁当箱の中身は市販品であれば「特盛」といったところで、若いんだからと作ってくれる料理は弁当に限らず家でも常に油モノ中心の実にボリュームのある中身で三十過ぎの胃には少々重たい。

 祖母にしてみれば外見は成長しても孫はいつまでも幼い頃のままらしく、もう歳だからと言っても一笑に付され、量を減らすことすらして貰えない。

 残して捨てるのも気が咎める。

 これも祖母の張合いになるのならと残さず食べる様にはしているが、徐々に増えていく体重に懸念を感じる今日この頃だった。


 現在は父方の祖父母と同居の身である。

 両親は県を二つ程またいだ土地に健在であり、自分の育った地元と呼べる場所も当然そこに当たる。

 その地元ではなく、土地勘や知り合いがあるわけでも無いこの土地で開業を決めたのは他でもない八十を超えた祖父と祖母の為であった。

 場所にこだわりは無かったので四年前、他県で八年程勤めていた接骨院を辞めたことを期に、両親が何かと心配していた一軒家二人暮らしの祖父母のところで開業でもするかと割とあっさり決めてしまった。

「家を継ぐ気はないんだが・・・」

 遺産目当てと思われるのは心外である。

 相続などは面倒なのでそれだけは事前に断りを入れて同居を提案し、家の空き部屋に転がり込んだ。

 これだけ聞けばまるで絵に描いたような孝行孫息子だが、学生時代から高校は全寮制で家を出たのを皮切りに、各県を渡り歩き散々好き勝手して親に苦労をかけ続けの放蕩息子であった実績がある。

 ここらでひとつ罪滅ぼしでもしておかないとさすがに寝覚めが悪い、という幾分お仕着せがましい理由もあった。

 当初は祖父母の家を接骨院に改装する申し出もあったが、そこまでして貰うつもりも無く家から車で十分程離れた場所にある店舗を借りることにして開業した。

 人間関係を含め、家と仕事場はある程度距離を置いたほうが物事うまくいくものであることもあっての配慮だ。

 現状、歳の離れた者の同居はお互いに気を遣うことも多いが、それがまたいい刺激となっているようで二人とも元気なものである。

 どうなることかと思った時期もあったが、振り返れば同居して良かったと思える程度に今はそれなりの満足感を持っていた。


 電子レンジで温めた弁当を黙々と口に運ぶ。

 毎日のパターン通りなら、このあとは昼寝をして午後の診療、終われば家に帰り夕食のあとは祖父母の治療、その後は大抵風呂に入って寝るだけの生活。

 考えてみれば週末や休みの日は買い物などの家の用事に付き合い、食事はなるべく一緒に摂るように努めていると、一人の自由な時間など無く、遊ぶことにもとんと縁が無くなったものである。


 それでも今はこの平凡で平穏な日常を繰り返していることに、不満を感じることもなく過ごしていた。

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