短編

波月星花

最も美しくありたかった王妃の話


 むかしむかし、とある国に一人の美しい女性がいました。

 女性はその美しさから王様に見初められ、王妃となりました。

 その国の王妃の部屋には、決して嘘をつかないという、不思議な鏡がありました。

 王妃は毎日鏡の前に立って尋ねました。

「鏡よ鏡、この国で一番美しいのはだあれ?」

 すると、鏡は決まってこう答えるのでした。

「王妃様、あなたがこの国で一番美しい」


 数年後、この国に王女が生まれました。

 白雪姫と名付けられた王女を、王妃はそれはそれは可愛がりました。

 王女はすくすくと育ち、ある日、王妃はいつものように鏡に尋ねました。

「鏡よ鏡、この国で一番美しいのはだあれ?」

 すると、鏡は答えました。

「かつては王妃様、あなたが一番美しかった。しかし今は、あなたの娘の白雪姫が、あなたの千倍も美しい」

 王妃はそれに衝撃を受けました。

 そして、いつものように絵本を差し出してきた白雪姫の手を思い切り払い、

「ああ、なんて醜い子! わたくしに近づかないでちょうだい!」

 と怒鳴りつけました。

 それからというもの、王妃は白雪姫を見る度「醜い子」と罵るようになりました。

 しかし王妃がどんなに罵っても、白雪姫の美しさは年を重ねるにつれ増していき、やがて十年の月日が流れました。

 もちろん、鏡の答えもかわりません。

 そこで、ある日王妃は決心しました。

 王妃は狩人を自分の元へ呼び、命じました。

「白雪姫を国の外の森へ連れていき、二度とこの国に戻れぬようにしてしまいなさい」

 しかし、心優しい狩人はこれを拒みました。

「そんなことをすれば、王女様は森の獣に食べられてしまいます。私にはできません」

 すると、王妃は狩人を睨みつけ、声を荒らげました。

「わたくしの命令が聞けぬというのなら、あなたとあなたの家族の首を刎ねますよ」

 それに、狩人は泣く泣く命令に従うしかありませんでした。

 狩人は白雪姫を森へ連れていき、その場へ置き去りにしてしまいました。

 一人取り残された白雪姫は森の中で迷い、くたくたになったところで小人の小屋を見つけ、親切な七人の小人の下で暮らすことにしました。

 狩人が城に戻ると、王妃はすぐに鏡に向かって尋ねました。

「鏡よ鏡、この国で一番美しいのはだあれ?」

 すると、鏡は答えました。

「この城では、あなたが一番美しい。けれども、小人の家の白雪姫は、あなたの千倍も美しい」

 たとえ国の外へ連れ出したとしても、白雪姫がこの国の民である限り、鏡の答えは変わりませんでした。

 ついに王妃は死の眠りの毒が入った林檎を作り、老婆に変装すると小人の家へ向かいました。

 とんとん、と戸を叩くと、白雪姫が姿を見せました。

「こんにちは、可愛らしいお嬢さん。私はしがない林檎売りさ。お近づきの印に美味しい林檎をどうぞ」

 王妃が毒林檎を差し出すと、白雪姫は花のように微笑んで林檎を受け取りました。

「まあ、なんて美味しそうな林檎! ありがとう、お婆さん」

 白雪姫が林檎を齧ると、死の眠りにかかり、そのまま倒れてしまいました。

 王妃は笑ってその場を後にしました。

 王妃が城に戻ると、王妃のもとへ客が来ていました。

 それは、この国の教会をまとめる司教でした。

「あら、司教様。ごきげんよう」

 王妃は微笑んで挨拶しました。

「これはこれは王妃様、ご機嫌麗しゅう。それでは、魔法の鏡を見せていただけますかな?」

 司教がそう言うと、王妃は自分の部屋の鏡のもとへ案内しました。

 司教は、鏡に向かって尋ねました。

「鏡よ鏡、この国で一番美しいのは誰だ?」

 すると、鏡は答えました。

「この国の王妃が、この国で最も美しい」

 司教は王妃を見て、にっこりと微笑みました。

「王妃様、あなたがこの国で最も美しい。どうやら、名誉ある神への生贄は、あなたが相応しいようです」

 この国は、百年に一度、国一番の美しい女性を生贄とすることで、繁栄してきました。

「どうやらそのようですわね、司教様」

 王妃は国で一番美しく微笑むと、司教に連れられて城を出ていきました。

 王妃は、儀式に使われる神聖な衣装をまとって、王妃のために掘られた穴の中へ横たわります。

 王妃は目を閉じ、心の中で言いました。


 ──死の眠りは、本当に愛する者がキスをすることで解けるわ。

 あれほどまでに美しいあなたなら、そう時間はかからないでしょう。

 でも、百年に一度のこの儀式が行われるこの時は、私がこの国で一番美しい。

 どうか、素敵な人に愛されて、幸せな人生を歩みなさいね。


 愛する私の白雪姫。



 百年に一度の神聖な儀式を見に、隣の国の王子が訪れていました。

 儀式が終わって国に帰る途中、王子は森の中でそれはそれは美しい少女に出会います。

 王子のキスで死の眠りから覚めた少女は、隣の国の王妃として幸せに一生を終えるのです。

 母親に自らが生きていることを知られないよう、母国と一切の関わりを絶って。

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