牛乳飽和解決作戦をしてみました

 こんにちは。アデイラ・マリカ・ドゥーガン公爵令嬢、十三歳になりました!

 そのあいだに物語ではリオネル兄様との二人兄妹だったのが、家族関係を修復したら、あれよあれよという間に私の見知らぬ領域──そう、私に弟妹ができたのです。

 ええ、弟妹です。弟と妹です。あんな細く折れそうなお母様は、頑張って双子をお産みになったのです。

 弟はルーベルト、妹はフローラと名付けられ、それはそれはもう、筆舌しがたい程可愛く、家族どころかクリスもカールも何故かルドルフも可愛い天使たちを溺愛しつつあります。


 そんな天使たちを神様たちが祝福してくださったのか……


「え? 牛乳がありあまってる?」

「ええ。うちの領地だけでなく、他の酪農を主とされてる領地も困り果ててる状態でして……」


 本当に困ってます、と珍しく表情に乗せたガイナスからの言葉に「ふむ」と人差し指で唇をなぞります。

 ドゥーガン領だけでなく、ルドルフのお父様の領地の特産品を使って活性化させた話が広がり、一年ほど前から様々な領地からの特産品を使ってのレシピ提供をしているのですが……この話、誰が広めてるか分からないんですよね。謎だ。

 で、牛乳ねぇ。


「アイス……じゃなくて氷菓、ミルク寒天にゼリー、バターは……」

「みなさんそのあたりは既にやった上で、それでも余ってるといった状況ですね」

「そっか……」


 さらっと厭味が混じってたけどスルーし、大量に牛乳を消費できそうなメニューを考える。

 バターをやったという事は、生クリームも攻略済な感じだよね。うーん。


「んー、牛乳……ぎゅうにゅう……あ、だ!」

「そだ?」

「詳しい話はあとからするから、リナを呼んでくれる? 彼女なら知ってるかもしれないから!」


 ガイナスは首をかしげながらも「承知致しました」と言って、立ち去ってくれた。私は端に控えてるレイが淹れてくれたお茶を、ミゼアが活けてくれた優しい色合いの花を眺め飲み込む。その二人は新しいメニューが誕生しそうな予感に、顔を輝かせてうずうずしているようだ。

 確かに、これまでのメニュー開発の時には、ほぼ二人も一緒だったもんね。


 しばらくしてから、ガイナスがリナを連れてきてくれたんだけど。


「「ねーたまぁ」」

「やあ、アデイラ。なんか面白い事するって?」


 ようやく歩き始めて、それが楽しいのか、ちょまちょまとやってきた双子と、付き添いな兄様が現れてしまった。


「兄様はリナを呼んだ時点で来るかな、と思ってましたが、ルーとフロルも一緒とは思ってませんでした」

「父上の所で書類整理をしていたんだけど、母上と双子がやってきた所にガイナスがリナを呼びに来たから、子守りで二人を引き受けてきたんだ」

「……それ、また弟妹ができるフラグでは?」

「大丈夫、その点は重々に父上に言い聞かせてきたから」

「さいですか」


 まだまだラブラブな両親を嗜める長兄。少しげんなりしてるのは、二人の熱に充てられたからかも? ご愁傷様です。


「それで、アデイラお嬢様。私に何かお尋ねになりたい事があるそうで」


 会話をひとしきり終わらせると、リナが意図を切り出す。控えめながらもちゃんと尋ねてくれる所がポイント高い。


「あ、そうそう。忙しい時にごめんね。リナの国に『蘇』ってある? 牛乳使った物なんだけど」

「そ……? あっ、『蘇』ですね。ええ、ありますよ。冬になるとタンパク質を取る機会が減ってしまうので、その補助食品として秋になると作ってました」


 あー、良かった。『蘇』は前世の知識だったから、こっちの世界にあるかどうか分からなかったけども、東の国に存在してくれたおかげで助かったわ。


「そ?」

「「しょ?」」


 兄様と双子は不思議そうな顔をしている。私の代わりにリナが説明してくれるのか、薔薇色の唇を淡く開いた。


「蘇という私の国の食べ物なのですが、こちらで似た食べ物だとチーズに似た感じでしょうか。保存する時には塩を使ったりしますが、基本的にはそのまま利用したりしますよ」

「へぇ、チーズ。そういえば、今年は牛乳が有り余ってるってクリスからも話を聞いてるね。アデイラの所にも情報がきたのかな?」

「ええ。クリスからではないけど。せっかく牛さんが頑張って作ってくれた牛乳を廃棄するのも可哀相なので、リナから話を聞きたかったんです」


 説明すると兄様の眼差しは『それって前世の情報?』と訊いてきたので、私も小さく頷くにとどめます。このことは私と兄様の秘密ですから。


「そうですね。蘇はかなり牛乳を消費しますし、良いアイデアではないでしょうか。しかも工程も難しくありませんし」

「メリットは高いんだけどねぇ。その代わり時間が……」


 私とリナが遠い目をしているのを、他の人たちは意味が分からないといった視線で眺めていたのだった。



 さて、翌日。

 ガイナスに手配してもらって、うちの領地で余っている牛乳を分けていただきました。厨房にはいつものメンバーが揃っていて、広いはずの厨房はこの時ばかりは狭く感じる。


「さて、と。今日は『蘇』と、その途中工程で分けて『ミルクジャム』を作ろうと思います」

「お嬢様、ミルクジャムは想像つくのですが『そ』というのは?」


 おずおずとジョシュアさんが質問してくる。そりゃそうか、先に説明するの忘れてたわ。

 って事で、リナの故郷にある乳製品の保存食と説明すると、みんな納得してくれた。


「では、さっそく始めましょう。まずは鍋をふたつ用意して、ひとつには牛乳のみ、もう一つは牛乳と生クリームと砂糖を入れます」


 調理台にある牛乳瓶を手に取り鍋に投入。みんなで手分けしてトポトポと鍋の半分程度まで注ぎ入れる。


「で、次にどちらも弱火よりももう少し落とした火力で煮る」

「煮る。ちなみにどのくらい」

「そうねぇ、状態にもよるけどだいたいこの量なら七時間くらいかな」

「ななじかん……」

「水魔法と風魔法が使える人がいれば、更に短縮できるんだけど、今回は試作なので、元レシピのまま敢行いたします。途中、昼食や夕食の準備もあるだろうから、手が空いた人でひたすら木べらで混ぜてね。あと、絶対に、焦がさないように!」


 これ大事。


 蘇は実に簡単で、鍋の火力を弱火にして、ひたすら焦げないように牛乳の水分を抜きながら混ぜるだけ。ただし、無駄に時間がかかるのが難点。

 今回通常のレシピにしたのは、魔法を使った時の差を知りたいから。そっちはまた別の日にやってみるつもり。

 確か、ルドルフが風魔法特化していた筈だから、試食させてやる、と言って誘い出そうかと思う。ぶっちゃけ、彼自体は苦手だけど、そうは言ってられない乙女心。


 そんなこんなでジョシュアさんは厨房長なので昼食や夕食の采配をしつつ、作業は他の方にお任せしながらも、ずっと厨房を包む甘い香りが気になるのかソワソワしている。

 あー。この甘くて乳臭くて懐かしい香り。某ママの味な柔らかキャンディーを思い出させる。あれ、蘇をアレンジしたらできないかしら。今度試してみようっと。


 途中双子はお昼寝の時間になったのでレイとミゼアに頼んで退出させた。できあがったらデザートに出すと約束させられたが。

 ……なんというか、私の位置、一番低くないか? コレ。


 流石にメインの準備でてんてこ舞いになってきたので、私とリオネル兄様、リナとガイナスが交代でひたすらかき混ぜていく。真っ白だった牛乳が少しベージュ色になっていき、水分がなくなりつつあるせいで木べらが重たく感じる。

 ジャムの方は砂糖が入っているから、淡いキャラメル色になってきていて、あまーい匂いに完成が楽しみになる。


 で、午前中からの作業は夕方というか夜まで続き、鍋たっぷりにあった牛乳は水分を飛ばしきると、なんともまあ「これだけ?」とツッコミたくなる量に。ジャムは流石に七時間も必要ないので、途中で火からおろし、消毒した小瓶に詰めて冷ましてる最中。


「それじゃあ、みんな頑張ってくれたので、沢山じゃないけども試食してみましょうか」


 私はジョシュアさんに頼んでバゲットを用意してもらい、半分を人数分に切り分け、バゲットに乗せて、軽く糖蜜をかけて振舞う。残りは蝋紙でくるんで一晩保冷。これも実験の一貫なのです。みんな、そんなに物欲しそうな目で見ない!

 てな訳で、実食。


 パクリ、と一口で食べると、濃縮されたミルクの香りがぶわりと口の中いっぱいに広がる。熟成チーズというよりフレッシュチーズに近い食感なんだけども、牛乳の甘い香りはチーズとは違う。

 できたてだからまだしっとりとしていて、ネットリ感が口の中を満たしていく。これは時間をかけた達成感も加味されているかも。あー、おいしー。


 幸せを噛み締めながら味わっていると、方々からうっとりした顔の面々が。美味しいんですねわかります。


「皆さんの好みに合ったようで良かった。次は魔法を使用してやってみましょう。それで遜色ないようなら、魔法使用のレシピと魔力の低い方用の暖炉を使ったレシピを出せば問題ないかな、と。それで大丈夫? ガイナス」


 ガイナスへと振り返れば、リスのように頬いっぱいにさせた冷淡執事が幸せそうな顔でコクコクと頷く。その隣ではレイが涙目なのを見ると、ガイナスめ、レイのを奪ったな。


「これは素晴らしく美味しいですね。しかも味を入れてないのでアレンジしやすいですし、貴族だけでなく庶民の間でも流行しやすいと思います」


 と、絶賛してくれたのはジョシュア。


「これ、さっそくうちの母に教えてもいいですか? 実はうちの家も牛乳が飽和状態で困ってたんです」


 と、カイン。それなら、さっき蝋紙に包んだものの半分と、ミルクジャムも一緒に進呈しましょう。食堂をやってらしたと言ってたから、何かしら新しいアレンジとか考えてくれそうだし。


「それじゃあ、これ、家族のみんなで食べて。何か面白いアレンジ方法が見つかったら教えてくれると嬉しいな」

「っ、はい! アデイラ様、ありがとうございますっ」


 頬を真っ赤にして喜んでくれるカイン君。ここ数年で一気に身長も伸びて大人びた雰囲気になってきたけども、こういった所は出会った頃と変わりなくて微笑ましい。

 って、レイとミゼア。誰が人たらしですか、誰が!


 あとから夜のデザートでスコーンとミルクジャムの組み合わせを両親と双子にも食べてもらおう。きっと気に入ってくれるだろう。




 後日、クリスにくっついてきたルドルフを酷使し、魔法バージョンの蘇を作成。こちらは水分を抜いただけなので真っ白な蘇になったけども、抜く水分量によって食感も色々だったので、これはこれで採用となった。

 いざとなれば、ある程度水分を抜いて火にかければ保存度も上がるしね。

 かくして魔法バージョンと魔法なしバージョンのレシピが完成。チーズばかりで飽き飽きしていた人たちは、新しいミルク感のある蘇を絶賛。同じようにミルクジャムも好評で、こちらは貴族令嬢たちの新しいデザートとして広がっていった。


 ちなみに蘇はこちらでは「ソウ」と呼ばれ、クラッカーのソウを乗せ、黒胡椒とオリーブオイルをかけたおつまみが、貴族男性で流行りだすのは、私の知らない話である。

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