褒められ慣れない悪役令嬢は戸惑う

「そういえば、まだお前には紹介していなかったな。彼女はアデイラ・マリカ・ドゥーガン嬢だ。リオネルの妹で、私の婚約者だ。ルドルフ、お前も仲良くしてやってくれ」

「……そうですか。あなたが……」


 あなたが、の後に何言いたかったんでしょうね!

 かの悪評の、または、次期当主の兄を差し置いて好き勝手やってる妹、とか?

 どっちにしても、冷ややかな視線を考えるに、あんまり良い感情は持ってないと見える。


「はじめまして、ルドルフ様。わたくし、ドゥーガン公爵が娘、アデイラでございます。兄のリオネルがいつもお世話になっております」


 ドレスの下で片足をスっと引き、カーテーシーを披露しましたよ。足はプルプル、背中は脂汗ダラダラだけど、公爵令嬢は顔に出してはいけないのですよ。

 なぜなら、講師をしている母様が怖いからね!

 あのひと、ものっすごい良い笑顔で、やる事えげつないのよ!

 何度川の向こうから前世の祖父母が手を振っているのを見たことか!


 それはそれとして、一応他にも招待客もいる事だしで令嬢らしく振舞ってみたのですが、相変わらずルドルフ様は感情のゆらぎひとつもなく、じっとこちらを見ている。こ、怖い……


「……あの?」

「っ、す、すまない。余りにも美しくて閉口してしまいました」


 ほわい? と言い出さなかった私を褒めてください、誰か!

 う、美しいだとぉ!? 堅物少年が何を突然、言い出すのですか!? ああ、褒め言葉! そうだ、そうに違いない!

 っていうか、堅物くんでもお世辞言うんですね!


「お世辞でも嬉しいですわ。ありがとうございます、ルドルフ様。ああ、それから、今回はお父上のご協力もあり、沢山のサツマイモを提供くださり、とても感謝しておりますの。色々作りましたので、よろしければお楽しみくださいませ」


 にっこり笑って首を傾げたら、ルドルフ様は白い顔を真っ赤にして瞠目している。なにゆえ? まさかこの人も風邪ひいたの?

 もしそうなら、三人揃ってご退場願いたいのですが! むしろ帰れ!


「おい、俺という婚約者がありながら、他の男に色目を使うんなんて言語道断だぞ、アデイラ?」

「へ?」


 ポン、と肩を叩かれ、ムッとしたクリスにトゲのある言葉を投げ掛けられたんだけど、更に意味が分からずに首をコテリと倒す。色目ってなんぞ、色目って。十歳の小娘にそんな芸当ができるものですか!


「色目を使ってるのは殿下ではありませんか。我が家に来るたびにうちのメイド達の喜色ばんだ声がそこらじゅうに……」

「……なっ!」

「兄上は愛想だけはいいからね。王子様スマイルは女の子に有効なんだろうね」

「お前が言うな、カールっ」

「……ふふ」


 いつもの応酬を繰り広げていたら、微かな笑い声が聞こえて我に返る。ルドルフ様がいたんだったよ!

 主であるクリスを思いっきりこき下ろしちゃったよ! うわぁぁぁぁん、死にたくなぁぁぁぁいっ!


 流石にここで醜態を晒すわけにもいかず、顔には令嬢スマイルを貼り付けて「失礼いたしましたわ」なんてほざいてみる。

 この喋り方もぶっちゃけ疲れて嫌なんだけど、四角四面のルドルフ様にまで砕けた口調で話すなんて無理。ぜーったい無理っ!


「いえ、構いませんよ。クリストフ殿下が常日頃から愛想を振りまいているのは知ってますし」

「ルドルフ、お前まで!」


 くふくふ笑いながらクリスをディスってる。この人、本当はルドルフ・ギリアス公爵子息の偽物ですか?


「あの……?」

「ああ、私にまで敬語は必要ありません。あなたは未来の王妃。私は臣下になるのですから。それに、私に警戒しなくても大丈夫です。あなたの人となりは父からもリオネルからも聞き及んでいますので」


 はぁぁぁ? 父って、ギリアス公爵様だよね? でも、リオネルって……にいぃさぁまぁめぇぇぇぇぇ! 何、人の個人情報垂れ流しているんですかね!?


「そ、そうですか……兄様と公爵様が……」


 私、口元ヒクヒクしてないよね? ちゃんと笑えてるよね?


「少し元気が過ぎる所がありますが、とても聡明で、社交性の能力も高く、また新しいお菓子などを開発されて、王妃様の憶えもめでたい、と」

「……」

「それに、婚約者であるクリストフ殿下との関係も良好。先日は病床に殿下のお見舞いにも訪問されてましたよね? リオネルの自慢がそれはもうすごかったので」

「……我が家の愚兄が大変申し訳ございません」


 にいぃさぁまぁめぇぇぇぇぇ!


 今すぐ玄関に走って行って、あの腹黒兄を殴りつけてもいいですかね!?

 ぐぬぬ! なぜ手元に扇がないんだ! 歯ぎしりもできやしないじゃないですか!


「アデイラ、アデイラ」


 憤死する勢いの私の腕が軽く引っ張られる。ちらりと見ると、隣に立っていたのはクリスだった。


「……なんですか、クリス」

「いや、挨拶もいいんだが、そろそろアデイラお薦めの食事をしたいのだが」

「あっ、そうですね」


 ナイス! ナイス声かけですよ、クリス!

 これを理由に離脱ができるじゃないですか。


「今日は焼き芋がメインですが、あれは結構時間がかかってしまいますので、他にもサツマイモを使用したお菓子等をご用意していますの。まずはサツマイモのサラダを軽食として戴きませんか?」

「サラダ?」

「ええ。……あ、こちらにありますよ」


 私はクリスの手を引いて立食形式で設置してあるテーブルへと誘導する。さらば、ルドルフ様!


 今回は複数のテーブルに同じ物をお好きなように食べてもらえるよう、セッティングしてあるのだが、私はそのひとつに近寄りお皿に綺麗に並べられたカリカリパンを手にすると、硝子のボウルに入った黄色のペーストをバターナイフで均等に塗ってクリスに渡す。


「これはサツマイモをマッシュしてレーズンやチーズを混ぜたスプレッドですよ」


 さあご賞味あれ、とにっこりと微笑んで促せば、「アデイラ考案なら間違いないな」とクリスは躊躇うことなく口にする。

 毒見? この人に関してはもう諦めてます。王妃様からも、私が手ずから渡せば大丈夫でしょう、とお言葉を戴いてますし、招待客の中に紛れるようにして我が家の兵や王城の兵も配置されてるので、毒物を混入なんて馬鹿をやらかす人もいないでしょう。

 一応の保険の為にひとつのテーブルにつき一人は確実に配置してるので。

 そのあたりの采配は兄様考案です。私にはさっぱりなので、全部お任せです。というか、この会、兄様が発案企画なんですから、私はただ出す物を考えるだけです。……ぶっちゃけ、それすらも嫌でしたけど。


 クリスは大口を開けてパクリとサツマイモのサラダを乗せたパンを食べる。普通なら王族にあるまじき行為とルドルフが注意しそうなものなんだけど……あれぇ?

 そのルドルフ様は、自らパンにスプレッドを塗って、それをまじまじと凝視していた。


「これは美味いな。サツマイモが凄くなめらかで、レーズンの甘みとチーズの酸味と塩味がバランス良くて、お菓子とも食事とも取れるのが面白い」

「サツマイモは一度マッシュしたのを、何度か裏ごし……粗めの布で漉したものに、生クリームを入れてあるので、口当たりはとても良いかと。普通にマッシュしただけだと繊維が残ってしまってレーズンやチーズの邪魔になってしまうんですよね」


 クリスはもぐもぐ口を動かしながら「だからか」と頷いている。なぜ、そんなに口いっぱい入れてるのに、喋り声はくぐもってないんでしょうね?

 カールもルドルフ様もしきりに頷いたり、語り合ったりしながら食べている。概ね好評のようで安心。


「アデイラ、お待たせ」


 三人の顔が綻ぶ様子を見て満足していると、裏切り者の兄様がリナを伴ってやって来た。招待客が揃ったみたい。


「おや、アデイラとルドルフは挨拶が済んだようだね」


 よきかなよきかな、と黒髪のおじいちゃん的な美形刀なあの方を彷彿とさせる笑顔を見せ、当たり前のように輪の中に入ってくる兄様。白々しい、こうなるように仕向けたの兄様なのに!

 ギロリと流し目で睨むけども、兄様はしらっとした顔で受け流す。なんか年々黒さを隠してませんよね!?

 あとで絶対報復してみせる、と自分に誓いを立て、リナも来たことだし、そろそろ天ぷらの準備をしなくては。


「兄様、色々とお話したい事が山積とありますが、私、例の物を作りに厨房に行きますので、後はよろしくお願いしますね」

「ああ、楽しみにしているよ、アデイラ。父様と母様の分は君が届けるといい」

「承知致しました。……では、皆様後ほど」


 再度カーテーシーを披露して、リナと一緒に厨房へと向かう。が。


「あれ? アデイラ様?」


 背後から声を掛けられて振り返ると、そこに居たのは王城騎士のジルだった。なぜここにいるんですか!

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