第6話 愛玩動物ともち米
僕の名前はリオネル・マリカ・ドゥーガンと言う。
立ち位置はドゥーガン家の長男であり、次期公爵当主でもある。
家族は父であり公爵当主であるヴァン・マリカ・ドゥーガン。
いつも眉根に皺を寄せてるせいで、不機嫌顔が通常となってしまってはいるが、ドゥーガン領を導く立派な人である。当然、僕も尊敬している。
母は、エミリア・マリカ・ドゥーガン。
元王族の人間だ。
正直、僕はあの母から産まれたことを激しく嫌悪している。
元々父は伯爵家の出で、軍属に所属していた。
先の戦にて功績を上げたことに対し、当時は公女だった母を
当然王家の人間が嫁いできたことによりドゥーガン家は伯爵から公爵へとなり、周囲の口さがない連中からは揶揄と嫉妬の言葉を投げられたそうだ。
まあ、外側から見れば、無骨な伯爵に可憐な姫が妻として与えられ、地位も変わり、領地も大きくなったのだから、色々言いたい事も理解できる。
結婚当初からお互いの間に壁ができてしまった父と母。
義務とも言える長子の僕と、惰性で産まれた妹のアデイラの二人を作った母は、夜な夜な他家の主催するパーティへと赴いては遊びほうけ、真面目な父は領地の運営と僕らという負の存在を目の当たりにしたくないらしく、屋敷に寄り付かなくなってしまった。
とはいえ、どちらも似たような時間に屋敷に戻ってくるのは、嘲笑にあたいするが……。
今のドゥーガン家は腐ったことを隠すためにきらびやかな宝石を貼り付けた果物のようだ。
あと数年もすれば、貼り付けた宝石の重みに耐えきれずグチャリと潰れてしまうだろう。
そうなったら、僕がちゃんとドゥーガン家を立て直そう。最悪の日を予想しては日々勉強に明け暮れた。
さて、僕は妹のアデイラと先ほどまで会っていた図書室で別れ自室に戻っていた。
家庭教師から言い渡されていた課題をこなすためだ。
それもほとんど終わらせ、動かしていたペンをふと止め、溜息を漏らす。
「転生……か」
僕は先ほどまで図書室で時間を共にした相手の告白を独りごちる。
転生という概念はこの世界にもある。確率としてはそんなに多くはないけど、それでもそういった事例がないわけではない。
だから、初めは妹が僕をからかってるつもりで話したのでは、と訝っていた。
しかし話を聞き進めていると、彼女の口からこの世界と違う部分が出てきた事もあり、疑心に溢れていた僕の心も信じる方へと傾きだしたのである。
アデイラの体に入っている魂は、ニホンというこの世界とは違う文明が進んだ世界に住んでいた女性らしい。年齢は言い渋っていたところを見るに、かなりの歳上と予測できた。
どの世界も時代も、女性というのは年齢という化け物に敏感なようだ。
僕自身は早く大人になりたくて仕方ないと言うのに。
と、まあそれはいい。
そんなアデイラ――彼女の要望によりそう呼ぶことになった――は、僕と仲良くなりたいと言い出したのだ。
あの、万年引きこもりの、母に似た作り物めいた無表情を笑みに緩ませ、目元を赤くしたその姿を至近距離で目の当たりにした僕の気持ちを考えて欲しい。
なんなんだ! あの可愛い生き物は!
友人であり、将来仕える相手でもあるクリストフ・ヴェラ・ガルニエが以前ペットは良いものだぞ、と勧誘してきたけど、今ならあの言葉の意味も深く理解できる!
潤んだ瞳、一喜一憂でクルクルと表情が変わる姿は、昔クリストフに見せてもらった、遠い東にあるマンゲキョウという玩具みたいに艶やかに変化して魅力的だ。
それと、ムニムニした頬は焼いたチーズのようによく伸びるのもいい。
僕は焼いたチーズが好きなのだ。
クリストフの愛玩動物に対する熱をようやく理解できたところで、はっと気づく。
昨年クリストフとアデイラは正式に婚約式をし、名実共に二人は婚約をしたのだ。
友人は北東にある針のようなツンツンとした妹が気に召さなかったようで、式以降お互いに顔を合わせていないのである。
もし、今のアデイラとクリストフが出会ってしまったら?
あの、可愛いもの好きな友人のことだ。
絶対にアデイラを構い倒すに違いない。
断固阻止しなければ!
僕は決意に拳を握りしめたものの、別れ際にアデイラが懇願してきた内容を思い出し、小さくため息を溢した。
「もち米のことをクリストフに尋ねないといけないんだっけ」
米というか、ライス自体はガルニエ王国にも存在する。主にリゾットや粥にしたりとかで利用するが、この国の主食はパンがほとんどだ。
僕が将来受け継ぐドゥーガンでは小麦が主流のため、他の生産品についてはクリストフに訊かないといけない。
つまりは、クリストフにもち米について尋ねないといけないのだが、あの探求心旺盛のヤツが理由もなく教えてくれる訳がない。
「……どう、言い訳すれば納得してくれるのだか」
正直、もち米にはさほど興味はないけど、アデイラの喜ぶ顔を見たいし、彼女の言った両親を仲直りするきっかけというのにも興味はある。
僕は渋々ながらも、クリストフに宛てて手紙を出すために、引き出しから便箋と封筒を取り出した。
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