第5話 ほっぺはお餅ではありません
マ、マズイですよ、皆さん! って、皆さんって誰だよ。
美奈さん? いやいや、某サウンドなノベルの弟切る草的なヒロインは奈美さんだから!
「つまりは、君はアデイラではなく、ニホンという別の世界から魂だけやって来た、と言うんだね」
「……ソノトオリデゴザイマス、オニイサマ」
私の隣で膝の上で頬杖をつくリオネルに、一部の事実を伏せた状態で、本当のことを話した。
ニホンという、こことは文化も世界も違う場所で生きていた事と、理由は不明だが、アデイラの肉体の中に私の魂が入ったという事を。
そして、秘匿しているのは言わずもがな。この世界が私の創作世界という事と、アデイラに転生した訳が過去の自分の罰である。
正直、まだ
「なんで片言……。ま、いいか。それで君のことは何て呼べばいいの?」
そう言いながら顔を覗きこんでくる兄の姿は、やたらキラキラしてて他人が見れば天使のごとく麗しいかもしれないが私は知ってる。
これは答えるまでは帰さないぞ、と猛禽類が獲物を捕らえた時の顔。
くそぅ! こんな幼少期にスキル取得してるなんて!
「あ……アデイラで。こんな容姿で前の名前というのも変なので。それに……」
それに、私がアデイラに転生した理由が、過去の贖罪であるならば、ちゃんとアデイラとして自分と向き合わなくてはいけない。
「それに?」
ふと、言葉を切った私を促すように、リオネルが問いかけてくる。
「なんでもありません。おにいさま。ただ、ひとつお願いがあります」
「……なに?」
しかし、唐突に願いを口にした途端、柳眉が寄せられる。
もし、拒否されたらと思ったら、自然と両手は固く握られ、じんわりと汗が浮かんでいる。
怖い。だけどこのまま何もなかったことにして、決められたレールの上を歩くのも嫌だ!
私は一度唇を引き締めると、こわごわと開いた唇から言葉を零した。
「……私と仲良くしていただけませんか?」
「……は?」
アデイラとリオネルは、物語が始まった時点で、お互いを認識するのも嫌だと言わないばかりの冷戦状態だった。
だからこそ、断罪イベントでは、アデイラが幽閉される選択をしたのかもしれない。
彼女が孤島に幽閉されれば、二度と顔を合わせなくて済むから。
「だめ……ですか?」
首をコテンと倒して懇願したら、兄はふ、と顔を逸らして「そんなことはない」と、やけにぶっきらぼうな返答が返ってきた。
よくよく観察してみると、耳がうっすらと赤くなっている。
(もしかして、照れてる?)
「ホントに本当ですね!」
「何度も同じことを訊くな! 僕は未来の当主だぞ! そんな小さな約束を守らなくて、当主が務まるかっ」
「ひゃい、れしゅがいひゃいれす。ほにいしゃま」
返ってきた言葉が嬉しくて、思わず飛びつくように体を近づけたら、両頬をビヨーンと伸ばされてしまった。私は餅じゃないぞおにいさま。というか、この世界にお餅ってあるのかなぁ……。考えてたら食べたくなってきた。
お餅美味しいよねー。砂糖醤油もいいし、きな粉もあんこも。トロンと溶けたチーズとベーコンも捨てがたい。ぜんざいの中のお餅は焼かない派だけど、お雑煮は出汁が濁るから絶対焼いてる。
ちなみに、病院のお雑煮はお野菜チョロでお餅が煮とけてお出汁も透明度なくなってたけど……。
あれはあれでお正月を感じれて、珍しく美味しいって思えたんだよね。
それにしても食べたいなぁ。お餅。もち米が存在すれば、あとは何とかなるんだけどな。
「おい」
「ひゃい?」
不機嫌な声と共に頬肉が更に伸ばされる。
想像で溜まったよだれが溢れるから止めて欲しいの。まあ、そんなことはない言ったら、余計こじれるのが予想できるから言わないけどさ。
「なんか無駄な妄想していただろう?」
剣呑な空気を漂わせ顔を寄せてくるリオネルに、私はふるふる頭を動かし否定した。
おにいさま、よだれシャワーがかかってしまいそうです。やめてください!
珍妙な攻防戦をしばらく続けていたが、飽きてきたのか、自分の行動が幼くて情けないと思ったのか、横に伸ばされていた口が痛みを残して解放された。
多分、後者じゃないかな。耳だけでなく目元もうっすらとだけど赤いもの。
(かわいいなぁ)
自分の創った十八歳のリオネルは、何事にも動じず、たとえ身内であろうとも公正明大な判断をする人物だ。悪く言えば四角四面な性格とも言える。
だけど、目の前のリオネルは多少は自作小説の中の性格を滲ませつつも、まだ幼さがある分感情を閉じ込めるのは苦手のようだ。
それに、あの十八歳のリオネルに至ったのは、彼が九歳の時に両親が喧嘩の末に心中したからで……。
(……えーと、今私が七歳だから、一つ歳上のリオネルは八歳。と、いうことは、まだ関係は分からないけど、両親は生きてる!)
テンプレだと言われても構わないけど、もしかしたら、両親の不仲を解決すれば、あの『十八歳のリオネル』は誕生しないかもしれないし、ドゥーガン家の当主にもなってないかもしれない!
一筋の光明を見つけたような気がして、私はある相談をリオネルに持ちかけることにしたのだった。
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