108話『理想と現実は変わる』セリカ編

また…嫌な…夢を見る、悪夢を見る

過去の地獄、忘れたくても忘れられない鮮明にある感覚とともに残る昔の現実

「また……昔の…記憶…」

目が覚めれば心臓は激しく息苦しさを感じる

いつまで、私は過去に苦しめられなきゃいけないのか

ずっと…永遠に逃れられないのか…

汚い…気持ち悪い…助けて、この繰り返し

「汗でべったりだわ…」

朝早く目が覚めた私は滅入る気持ちを抱えながらベットから出る

パジャマを脱ごうとした時、部屋のドアがノックされた

こんな朝早くに一体なんなのだろうと思う

シャワー浴びようと思ってたから今は身体的にも悪夢を見た後の精神的にも誰かに会えるような気分じゃないのだけれど…

そう思いながらも急用かもしれないと、私はドアを開けた

「こんな朝早くからどうし……」

開けた瞬間に私は誰かに抱きしめられる

ビックリしたけどすぐにそれが誰なのかわかった、顔を見なくても…

匂いで…この良い香りはレイだ

「心配で会いに来た…セリカが不安になっているんじゃないかって」

ドキッとする、ドキッと…した…

いつもの私ならやんわりと突き放していたのに、今日のレイのコトは私は突き放せなかった

私の妄想の王子様は私が悪夢を見て苦しんで目を覚ました時はいつも会いに来てくれていた

『もう大丈夫』

って言ってくれて…

私はいつも悪夢のコトなんか忘れるくらい心が温かくなったの

「レイ…」

レイも…気付いてくれるの?

私が怖い時も、不安な時も…弱い時も……

嬉しくなって私は素直にレイを抱きしめ返した

「セリカもわかっているとは思うが、色々あっただろう?

前世の勇者の記憶、そして和彦さんとの事…」

あっ……

固まる、私の心が現実へと引き戻される

「セリは塞ぎ込んでしまって、それでセリカも同じように辛いんじゃないかって心配なんだ」

そっか…そうだよね

当たり前のコトだ、私が悪夢を見たとかそれを気にしてるとか他人がわかるワケない

自分じゃない、心が読めるワケじゃないんだから

バカだな私……

一瞬嬉しかった気持ちがスッと消えていく

悲しいような寂しいような、そんなものだけを残して

「…そうね……セリくんは……今」

レイから離れると私はレイを部屋へと招き入れた

セリくんのコトは痛いほど伝わっている

さすがの私でも勇者の前世はまぁいつも通りってコトでまだ耐えられても、和彦のコトはかなりキツい…

幸い恋愛面はセリくんと私は同じではないから、胸が苦しいほど痛いってだけでセリくんと同じように塞ぎ込むコトは私はないけど

「それでセリが…」

「あっちょっと待って、先にシャワー浴びたいの」

さっき抱きしめられた時に私汗くさくなかったかしら?

ちょっと自分のパジャマの匂いを嗅ぐ

まぁ……大丈夫かな、いや自分で自分の匂いなんてあんまりわかんないか

「誘って…」

「ないよ!?起きた時に汗かいてたから」

勘違いさせた私が悪かった!!

レイはセリくんを心配しつつも私がシャワー浴びるコトに変に意識している様子だった

もう気を使うの面倒だから無視してバスルームに行こう

レイは私を恋愛対象に見てるけど、私はやっぱりセリくんの影響でレイは友達って感じなのよね…

前世では恋人同士だったみたいだけれど、レイと恋人同士なんて想像……簡単にできるわ

いつもセリくんとバカップルやってるからあんな感じなんでしょうね…

でも私あそこまでバカップルになれるかなぁ~?

好きになったら変わるって言うけど、よくわからないわ…

むしろあんなレイとセリくんみたいなバカップルだけにはならないようにしようと誓ってるくらいだ

「お待たせ、ごめんね」

ささっとシャワーを浴びて戻ってくる

ふ~スッキリしたわね

「いや…」

あれ?なんかレイが目を合わせてくれない

もしかして怒ってる?待たせたコト

でもレイはそんなコトで怒ったりしないんだけど…

「その…セリが塞ぎ込んで心配なのに……

セリカを目の前にすると…緊張するよ」

なんだか…レイの顔が赤いような…

目を逸らされ続けて私はすぐには気付かなかったけれど、ふと自分の今着ている服が透けているコトに気付いた

はっ!?そうだった…!!

風呂上がりはすぐに下着つけたくなくて今ノーブラだから…透けてますね

急に恥ずかしくなった私は着替えるからとレイにあっちを向いててもらう

失敗した…

ついつい自分の部屋だからって油断と言うか緊張感がなくなるって言うか

香月だったら別にこの姿でも全然気にならないからここにいるとそういうのも気付きにくくなる

香月がもっと私を女の子として意識してくれていたら私ももっと緊張感あったもん!(すぐ他人のせい)

「えっと……ごめんねレイ、もうこっち向いてもいいよ」

着替え終わった私はまたソファに座り直してレイと向き合う

やっと目を合わせてくれたレイだけどまだ顔は赤いままで、私はどこまで悪い女なのかと自分を責める

話を戻そう、このままだとちょっと気まずいわ

「つまり、レイはセリくんが塞ぎ込んでしまったから私のコトも心配で来てくれたのね」

セリくんがどれだけ辛い思いをして傷付いているか、私にも伝わっている

起きていると死ぬほど苦しいし悲しいし寂しい…辛いわ

話が戻るとレイは自分まで苦しくなるほどセリくんを心配している

「死にたいって言うんだ…セリがそこまで落ち込んでしまって

オレはどうしたらいいのかわからなくて」

「死なないわよ」

死にたい、消えたい、もうどうでもいい

確かに私はそう思ってる

だってもう嫌だもの…何もかもが

でも

「セリカ…?」

「セリくんの気持ちは私も一緒、辛いのも苦しいのも悲しいのも寂しいのも

でも、私は和彦に振られたからって関係ないもの

私はまだ死ねない…死にたくない

私がそう思ってるうちは、セリくんに勝手に自分を殺させたりしないわ」

なんで?どうして死なせてくれない?

このまま生きてたって辛いコトしかねぇのに、今までずっとそうだったろ

もうそろそろわかれよ!?自分の運命がどんなもんかって!!

…黙ってなさいよ

「セリカがそう言ってくれるなら…しかし、辛くはないかい?

やせ我慢しているんじゃないのかい?

オレに黙って…いなくなったりしないか……」

レイはセリくんのコトをよくわかっている

セリくんは大事なコトは自分1人で決めてやってしまう

誰にも頼らない…

話せば止められてしまうとわかっているから隠すの

「だって未来はわからないから

もしかしたら良いコトがあるかもしれない

そうやって私はずっと生きてきたの

今こんなコトで死ぬならもっと昔に死んでるでしょ」

良いコトがないまま死んでしまうかもしれない、もっと悪いコトが起きるかもしれない

そん時はそん時だ

未来を見てみたいの

だって、天は私を愛しているから…きっといつか幸せにしてくれる

「…セリはいつもオレを頼ってくれて甘えてくれる

でも、肝心な時には頼ってくれないんだな」

レイって…やっぱ死ぬほどセリくんのコト大好きなんだね…

今頼ってくれないコトに目に見えて凄い落ち込んでる

「も、問題が問題だからね…頼りたくても頼れないわ」

なんで私は気を使ってフォローしてんだ!?

こっちが泣きたいくらい辛ぇよ!?好きな男に振られたばっかよ!?

「セリくんは1人にしておいた方がいいから、暫くは私の傍にいて?レイ」

私がそう言うとレイは一瞬で明るさを取り戻して顔を上げる

「セリカがオレに傍にいてほしいなんて…喜んで!!」

だからなんで私が辛いのに…まぁいいか

レイは行き過ぎた所があるから、ヤンホモ感凄いし

万が一暴走でもされてセリくんの傍に置いていたら状況悪化になりかねない

「ありがとうレイ、いつも助かるわ」

「セリカの為なら」

レイはまたいつもの爽やかな笑顔を向けてくれる

やっぱり…笑顔はいいな

レイが笑ってくれると私も嬉しいよ

とりあえずレイを安心させたけど、セリくんの方はとくに何もしない

こういうコトは時間が解決してくれるものだってわかってるから、それに刺客も送り込んでおいたしね

少し沈黙が続いてしまって、ふとレイと目が合うとレイはじっと私の顔を見ていた

………気まずい…

しれっと私は目を反らしてしまったけれど、レイは私の座る隣へとやってくる

何も言わないレイが傍へ来ると少し緊張してしまう

な、なんで何も言わないのかしら…黙られると変に意識するな

そっとレイは私の頬に触れる

優しく触れられたハズなのに、私の頬は軽く痛み表情に出てしまう

どうしても回復魔法で治せない怪我…

「すまなかった…

守ると言っておきながら守れなかった

和彦さんがあんな事をするなんて思わなかったなんて言い訳だな…」

セリくんが和彦から別れ話を突きつけられた時の怪我…

私は…まぁ女の子だし、顔にこんな目立つものがあるのはショックだ

自然に治るまでは待たなきゃいけない

「ううん、レイのせいじゃないよ

気にしないで

そのうち治るから、大丈夫」

「そういう問題では…」

和彦のコト考えたいけど何も考えられない

セリくんがそうさせてる

ダメね…今は

落ち着いてから色々と整理したいわ

レイがとても心配する

好きな女の子の顔に殴られた痕があったら辛いよね…見たくないよね

私もショックだけど、レイはもっとショックかもしれない

守れなかったコトもずっと気にしているだろうし

無理矢理話題を変えよう

レイが食いつきそうな話に!!

「あっそうそう、最近お菓子作りにハマっててね

クッキーを作ったのだけれど」

みんなに配っちゃって1個は自分で食べようと思って取っておいたのを思い出す

また作ればいいし、この1個はレイにあげて感想が聞きたい

「セリカの…手作り……だって?」

棚に置いてあったクッキーを手に取ってソファに戻ろうとした時

「1つしかないんだけど」

コンコンとドアをノックする音が聞こえて、楊蝉が顔を覗かせる

「セリカ様にお客様ですが…」

レイの姿を見た楊蝉は気を使って言いにくそうにする

「客?誰かしら、いいわよ通し…」

話してる途中で楊蝉とドアの隙間から白髪赤目の中学生くらいの美少年が部屋へと入ってきた

えっ誰?知らないんだけど…

「これ!勝手にセリカ様のお部屋に入るなんて躾のなっていない子ですわ!親の顔が見てみたいですわね」

すれ違い様に私の手からクッキーを奪い取りモグモグ食べながらソファへと遠慮なく座る

マジで誰だコイツ

「マズい、お店で売ってるクッキーの方が美味しい」

あたりめぇだろ!?プロの手作りとシロートの手作りと比べてどうする!?

「殺していいか?」

ガチで人殺しの目をして笑顔を失ったままレイは白髪の美少年の首を掴む

「セリカの手作りを…許せない」

「待て待て!?今度また作ってあげるから!」

瞬きするとレイが掴んでいた美少年はフワフワの真っ白なウサギの姿に変わっていた

真っ白な毛並み…赤色の目……

まさか

「楊蝉…親の顔って私の顔だよ…?」

震えながら楊蝉に顔を向けると驚かれると同時にしまったと言う顔をされた

「よくわかったね、セリちゃん

ぼくはパレード…君がいつもパレちゃんって呼んでたウサギだよ」

ほらね…3兄弟の末っ子がついに登場

再会できて嬉しいより先にどうして私のウサギ達は生意気になるのか…誰に似るの?

「パレちゃん!!会えて嬉しい!!」

思わずハグしようとしたらさっと避けられる

「この子がセリカの3羽目のウサギ?」

避けるパレを無理矢理抱きしめると大人しくなる

「可愛いでしょ?私に会いに来てくれたの?パレちゃんはセリちゃん大好きなのね」

「自惚れないで」

優しい

パレちゃんは優しかった

カニバだったら、自惚れんなババアもしくはブスまで言ってた

「よかったですわねセリカ様、無事にウサギ3兄弟と再会する事が出来まして」

心から喜んでくれる楊蝉といくらペットのウサギでも私に抱きしめられてる男は気に入らないと言った顔をするレイ

「………。」

パレをナデナデしているとパレは元気のない顔のままクッキーを食べる手を止めてそのまま落としてしまった

「はっ!?セリカが手作りしたクッキーが!?」

食いかけのクッキーを目で確認できないほどの素早さでレイがキャッチする

食べ物を粗末にしないレイ尊敬する!でも…凄い執念

いらないならオレが食べるからなとパレの返事も聞かずにもう食べている

大人げなくないか…まぁいいけど

そんなコトより思い詰めたような顔をしたパレちゃんが心配だ

「セリちゃん……」

俯いたと思ったらパレはワッと声を出して泣き出してしまった

「セリちゃん!セリちゃん!わあああ!!助けてぇ!!うわーーーぁ」

珍しかった…

パレは兄弟の中でも私に甘えるコトなく個人主義のクールな性格だったから

そんなパレが感情を剥き出しにして私に頼っている

こんな一面もあったのかと意外に感じながらどんなコトでもパレの力になると心が決まる

「セリちゃん!ぼくのおともだちが…」

落ち着かせてから事情を聞く

「ぼくのおともだち…魔物達なんだけど」

魔物の友達か、パレはずっと彼らと一緒だったのね

よかった…カニバくんのような酷い目に合ってなくて

「タキヤって奴に捕まって…いじめられてるの」

「タキヤ…?どうして…」

「おともだちを助けたかったらセリカって聖女を呼んで来いって

その女が来たら解放してやるって言われた……」

私を…誘き出す為のコト?魔物の子達は私のせいで酷い目に合ってると言うのか

あのタキヤ…許せない、なんて卑怯な奴だ

パレは涙を何度も拭いながら話す

レイも私もパレの話を真剣に聞いてたけど、楊蝉だけは目も顔も逸らしていた

わかりやすいな?おい

「楊蝉…何か知ってるわね?」

「そ、それは……」

楊蝉は気まずそうに口ごもり私の視線から隠れるように扇子で顔を隠す

一瞬、私は怒りのあまり黙っていた楊蝉にまで苛立ちを覚えてしまったが、よく考えると楊蝉のしたコトは何も間違っていない

わかっている、わかっているわ…

私を心配して安全の為に黙っていてくれた

楊蝉だって彼らのコトを心配していないワケじゃない

でも私が危険な目に合うなら死なない彼らには暫く我慢して貰った方が良いと考える…

「わかったよパレ、私は…助けに行くわ」

「いけませんわ!数日待てば香月様達がお戻りになられるではありませんか、それから助けに行っても遅い事はないでしょう

勇者以外、魔物は殺せないのはお忘れではありませんよね…」

「それでも今なの、1分でも1秒でも早く…」

楊蝉は私の言うコトにまったく納得しないと言う

私の為に…私の為を思って引き止めてくれるのに、私はなんて分からず屋なのか

1分でも1秒でも早く…助かりたい

昔の私がずっと思っていたコト

でも助からないの、助からなかったの…手遅れだ

身体が死なないからとかじゃないんだ

そんなコトじゃない

上手く言えないけど

私はずっと耐えてきた…いつか、いつか…王子様が助けに来てくれるって信じてた

我慢し続けて…自分の心を殺して

それで?

王子様は現れなかった

現実には…誰も救ってはくれない

それが世の中の当たり前

私はそれが嫌だった

私が自分が嫌なコトはしたくない

だから、今は1秒でも早く助けに行かなきゃならない

それが出来たら…世の中の当たり前は当たり前じゃなくなる

私が出来たら、私の王子様だって少しずつ現実に近くなるような気がするの

ないコトはない、でもあるなら…あるんだって思えるから

こんな時でも私は魔物のあの子達を助けるなんて偉そうに言って、本当は自分が助かりたいだけの自己満足なんだろうな…

「レイさんもなんとか言ってくださいまし!セリカ様はきっと和彦さんに振られて自暴自棄になっているに違いありませんわ!」

えっ?あ、まぁ…そう思われてもおかしくはないだろうけど、別に私は和彦のコトなんてこれっぽっちも気にしてないわよ

「オレだって楊蝉と同じ気持ちでセリカを止めたい所だが」

「そうでしょうそうでしょう!」

2対1ですわ!と楊蝉はレイを味方につけたとちょっと上から目線で私を頷かせようとする

いや…レイなら私はあっという間に丸め込めるよ?

最終的に自分が同行して私を守るってコトで落ち着くパターンね?

「セリカは何を言っても止められないさ

オレ達の目を盗んで1人で行かれるよりは素直にオレが同行して守るしかない」

私のコトよく分かってるわねレイ

楊蝉はガーン!と言わんばかりにレイに裏切り者!と騒ぐ

「それにオレも魔物を人質にセリを引きずり出した事があるから…この方法はセリカが1番嫌がる事だと知ってね…」

申し訳ないと言うようにレイはその事を結構気にしている

あの無理心中未遂事件のコトか…あれは私も結構ムカついた

卑怯なコトをするレイに幻滅した

けど、そうさせるまでレイを追い詰めたのはセリくんだったから(えっ?いや?そうか?レイの愛が重すぎて病んでるせいじゃ?)

私も悪かった、私のせいでもある

「それでも私は……セリカ様が危険になるとわかって行かせる事は…絶対に罠ですもの」

何を言っても無駄と諦めながらも最後の泣き落としと楊蝉は俯く

そんな楊蝉の腕を私はポンッと叩き大丈夫って伝える

「罠だってコトは十分わかってるわ、むしろ最初からその気で行くから心の準備も出来るし十分な警戒も出来ると思うの

どんな罠が待っていようが私は必ずみんなを助けて帰って来るから、ねっ?

楊蝉は私を信じて待ってて」

「セリカはオレが守ってみせる

死なせはしないし、指一本触れさせるものか」

レイ、フラグっぽくなるから黙っててくれない?

本当はレイは連れて行きたくない

罠ってコトはレイがやられる可能性はとても高くなるわ

レイはめっちゃ強いけど…私が足手まといすぎて逆に弱くなってしまう

誰かを守りながらなんて行動は制限されてしまうもの

そして、私はレイが弱点だ

レイが殺されでもしたらそれこそセリくんは大親友を失ってもう立ち直れなくなる

セリくんには大親友のレイが絶対に必要なの

「タキヤは…今度こそセリカ様、いえセリ様を追い詰めますわよ…

恋人に振られた今が絶好のチャンスと思って」

そう

タキヤはそれを仕掛けてくる

私を…セリくんを自殺に追い込む執念は悪魔以上にしつこくタチが悪いだろう

レイが狙われるのは当然の流れだ

やっぱり連れて行けない…

それともレイを守る為に魔物達を見捨てて香月達が帰るのを待つ?それが賢い選択…

わざわざ…レイを巻き込んで失うのはバカな選択だ…

「…頭に血が上っていたわ……

楊蝉の言う通り、ここは行くべきではない」

見捨てる選択に私の心は後悔に傷む

「セリカ…」

私は…自分1人じゃ何も出来ない

弱くて…弱い…

「セリカが安全から他はどうなっても構わない

オレも行かない選択をしたい、わざわざセリカを危険な目に合わせる事はしたくないからな

セリカが行くと言うならオレが止めても行くだろうから付き合うってだけだ」

私のコトよくわかってらっしゃる

さすがセリくん至上主義でマニアで彼氏(笑)のレイだわ

「ほう…よかったですわ、セリカ様が行かないと決めてくださって」

私が行かないと言ったコトで楊蝉の心配はなくなりほっと息つく

すぐにレイとの時間を邪魔したコトを謝られる

気を使わなくていいのに!?

「セリちゃん…」

パレはむつかしい話はわからないって顔をしていたけど話が終わった空気は感じて不安そうに私を見る

「大丈夫…パレちゃんは私が守ってあげるからね」

ぎゅっとパレを抱きしめる

何か言いたげだったけど、わかってるわ分かってるよ

私が離すと楊蝉がレイと私の邪魔をしてはいけないからとパレを連れて部屋を出て行く

パレのコトは楊蝉に任せていれば大丈夫だけど、私はもっとパレちゃんと再会の余韻に浸りたかったなぁ

楊蝉は気を使ってレイと私を2人っきりにさせてくれたんだろうけど

いつまでも私が前に進まないから…

「お茶…いれ直すわね」

ちらっとレイの顔を見てから私はカップを持って立ち上がった

「あぁ、ありがとうセリカ」

いつ見てもレイはイケメンだ

絵本から出てきた騎士様と言っても恥ずかしくないくらいの本物のイケメン、外見も中身も…

中身…んー…たまにちょっと、ん?って思うコトもあるけど、まぁ多少のメンヘラな部分は受け入れられる

多少でもないか?重度のメンヘラだよね

でも優しくていつも私の味方で守ってくれる、大切にしてくれる…めちゃくちゃ愛してくれてる

とにかく、好きになってもおかしくないような人…

そう考えて考えて…最近はレイのコトを考えてる

「セリカの選ぶ紅茶はどれも美味しいから嬉しいよ」

新しい紅茶を出してカップに注ぐ

ソファの後ろにある少し離れたテーブルで紅茶をいれているからレイの顔は見えていなくても声音からして楽しみで嬉しそうなのがわかる

私は、レイのカップにしれっと睡眠薬を入れた

いくらレイがなんでも出来る完璧なスーパーイケメンでも匂いも味もわからないこの睡眠薬には気付かないでしょう

レイを危険に巻き込むワケにはいかないの

「美味しく頂いてくれて私も嬉しいわ、どうぞ」

紅茶を渡して私はレイの目の前のソファへと腰をおろす

レイはすぐに紅茶を飲んでくれる

即効性の睡眠薬じゃないからすぐに倒れてくれるワケじゃないけれどね

「………セリカ?」

じーっとレイの顔を見ていると、それに気付いたレイはまた顔を赤くして目を逸らす

「なに?」

「それは…オレの台詞なんだが…」

レイっていつも私を見ているけど、私が見てると目を逸らすのよ、どうして?

「その…そんなに見られると……」

「男の人がどんなのか気になって」

いつも私は男をじっと眺めたりしない

むしろ見ないように生きてきた

見たくなかったから…怖いし、嫌いだから…

「いつも香月さんが…傍にいるじゃないか、それにセリだって…」

香月は男だけど人間じゃないし、魔王だもん

セリくんは男だけど…自分だし、何より男っぽくなくない?

失礼だけど、あの人全然筋肉ないし全体的に小さくて華奢で中性的だもん

「いや、セリは男っぽくないか

背も低いし、顔も小さくて可愛い、肌がめちゃくちゃ綺麗

腕も足も細い、手も足も小さい、凄く可愛い

黒髪で色白で華奢で死ぬほど可愛い

あの透き通る白い肌に、ほんのりピンクを含んだローズ色の唇がとても栄えて可愛い

声は中性的だけど、たまに高くなる時とかあるんだが…それがまた…可愛すぎて」

やっぱコイツ変態だ、怖い

セリくんが声高くなる時って……

私がドン引きしているとレイは我に返って

「もちろんセリカも同じくらい可愛いぞ!!!」

それでいいの?同じくらいで?

「いや、いいのよ

レイがセリくん大好きなのは知ってるから」

「それ、そうだけど、そうじゃなくてだな!?

オレはセリカの事が…好きなんだよ……」

さっきの流れで言われても…

でも、レイは照れながら言ってくれるから本当なんだって信じられる

セリくんとは違う…レイはそんな顔を私にだけ見せてくれる

恋をしてる人の顔…

「ありがとう……」

愛されてる気持ちだってわかってる

なのに…私は…まだレイのコト、なんとも思えない

前向きに考えるって、ちゃんとレイのコト見るって決めたのに

周りだって応援してくれる

私自身(セリくん)だってレイが良いと言うのに…ね

「いや…その……」

真っ赤になった顔を伏せるレイ

「どうしたら、私もそんな気持ちになれるのかしら」

イケメンだからね、ドキドキする時もあるわ

私も人間のメスだもの、メスの本能?的に勝手に緊張する時もある

でも、違うのよ…どうやったら…人を好きになれる?

私はずっと誰かを好きになれるコトはないの?

怖いんだよ…ずっとずっと…わからないんだよ

なんで、セリくんは私と違って誰かを好きになれるのよ

私のくせに…私なのに…私

「セリカ…オレは焦らなくていいって言っているのに、何故いつも早く答えを出そうとするんだい?」

さっきまで顔を赤くして恥ずかしがっていたレイが私の隣へと来る

「申し訳ないと思っているのかい?

そんな事、オレは気にしないぞ

好きになる努力なんて必要ないんだ

誰かを好きになる時は理由もなく突然やって来るもんだって言うじゃないか」

ちなみにオレは一目惚れだが、とレイはいつもの爽やかな笑顔を向ける

「理由もなく…突然……」

余計わからないんですけど

「ハハハ、わからないって顔してるな」

急にレイは私の肩に手を回してぐっと抱き寄せる

!?なに!?めっちゃ緊張しる!?

私の身体がピシッと固まるようだ

「どう感じる?」

「緊張しる…」

「恥ずかしいかい?」

そう聞かれて私は首を横に振った

緊張はする、でも恥ずかしいとは違う

レイのコトは嫌いじゃないから嫌じゃないけど、多少の警戒心がある…私はセリくんとは違う

男は…やっぱり怖い

「残念、まぁそういう事だ」

たぶん終わった、けどレイは私を離してはくれなかった

じゃあ

私はレイに抱きついてみた

「恥ずかしい?」

いつもセリくんがしてるコト

「…からかうのは……やめないと、どうなっても知らない…ぞ…?」

「どうなるの?」

だってセリくんはこうしても何もならないもん

バカップルみたいにイチャつくだけで、だからこの先どうなるかなんて知らないよ

「………。」

レイは何も言わずそのまま私を押し倒す

何も言わないから私も何も言わなかった

「もう…怒る…ぞ…」

レイは苦笑してそのまま私の胸へと顔を沈める

「……寝た!?そろそろ睡眠薬が効く頃だと思ったのよね」

力が抜けたレイの身体は重く感じて起こすのに一苦労する

レイは私に何もしないって信じてた

私を傷付けるコトはしないって、でもさっきの私は意地悪だった…ゴメンね

私はレイに甘えてるってコトだけはわかった、信頼しているから…その愛に甘えてる…

何も返せないのに、貴方のほしいものを私は返せないのに

ズルい私

「じゃあね、レイ」

なんとかレイの下敷きから抜けて私は囁くように伝える

なんとなく…もしかしたらもうレイに会えないかもしれないって思ったら…

私はこれから魔物達を助けに行く

タキヤの罠に受けて立ってやる

私は絶対に死なないけど…やっぱり自信がないから

この世界で1番私を愛してくれた人に、優しくしたくなった

愛なんてないくせに、意地悪なだけのくせに

でも…ありがとうレイ、私を好きになってくれて

私もレイのコト好きになれたら幸せだったろうな

ソファで眠るレイの髪を撫でる

ハハハ…ちょっともったいないかも

本当にレイはイケメンだから…寝ててもイケメンってさ

ね…もう私は十分だ

バイバイはしないよ、だって私は帰って来るもの

変わらず…変わらずにね……

覚悟を決めて私は夜になった外へと飛び出す

誰にも気付かれないように注意を払って、私の信念の為に走った


あっ、そういや勇者の剣はセリくんに返しちゃってたんだった

詰んだな

それでなくても人間相手には弱いのに

パレと楊蝉からの情報でタキヤのいる場所へと辿り着いたが、魔物達は無惨な姿に変えられていた

私が到着してその光景を見て表情を歪ませるとタキヤはにたぁっと悪魔のように不気味に笑う

「待っていましたよ、勇者の小僧…いいえ聖女の小娘でしたか」

廃墟となった教会とは言え、聖地でよくもまぁこんな残酷なコトが出来るな

本当に大神官様なのか?コイツ

すぐに魔物達を回復して怪我や痛みはなくなったけれど、タキヤの手の中にあっては助けたとはまだ言えない

「望み通り来てあげたわ、さぁその子達を解放しなさい」

「解放したら逃げるのでは?」

私が教会に入ったらガチガチに出入口を部下で埋め尽くしているのに、逃げれるワケないだろ

バカなのか?人間相手には弱いってのを知らないワケでもない

「どうしたらその子達を解放してくれるの?ここで私が自殺したらいいのかしら」

それがアンタの望みなんだろ

「ふっざっけっるっなあああああ!!!!

そんな簡単に脅しで死なれてたまりますかあああああ!!!??」

建物が揺れるほどの叫び声に思わず耳を塞ぎたくなった

「ふざけるな!ふざけるな!!ふっざっけっるなああああああ!!!!

そんな自殺に意味などありませんから!!!

この状況で死なれても他殺と変わらないんですよ!?」

まぁ…そうね、それは確かにだわ

タキヤは私が一言二言口にする度に血管切れそうになる

ちょっと心配になってきた

「小僧が自分で自分に絶望して自分で自分を殺すんです!それが私は見たいんですよ!?わかりますか!?」

わかんないなぁ…でも、わかるわ

誰のせいでもなく、自分で世界に絶望して…運命に絶望して…未来が見えなくなって……死ぬの

それをタキヤは望んでいるし、その為にどんな手を使ってでも追い詰めて来るわ

でも私は死なない

レイが生きている限り、だから私はレイを殺させない

「で、どうやって私を追い詰めるって言うの?

私の大切なレイを殺すとか、そんなベタなコト考えてるのかしら?」

「はあああ?あの騎士を殺すよりもっと面白い事があるのにするわけないでしょう?」

レイを殺すより…面白いコト?

レイが殺されるコト以上に何があるって言うの?

私はどんなコトだって耐えてみせるって覚悟で来たわ

レイを殺されるコト以外ならなんでも……

ここにいる男達に輪姦されたって…ね…

レイが殺されるコトに比べれば…全然…マシ……

「いいぜ、受けて立つ…どんなコトでも、やれるもんならやってみろ!!」

「いいですねぇ…その小僧の顔…絶望に泣かせて差し上げますよぉ」

いつかは決着つけなきゃいけない相手だ

結夢ちゃんのコトだって…いつか、取り戻す

どっちも私の役目じゃないけれど

こんな所で膝を折ってたまるか…!!

「心配しなくても、痛い事も怖い事もありません

少しの間眠ってもらうだけですよ」

少しだけ眠る…?その間に何をする気だ?

タキヤは部下に命令させて何かを持って来させた

私の足元にはタキヤから逃げ出して不安そうにする魔物達がすがりついている

大丈夫よ…タキヤはクソ野郎だけど、腐っても聖職者だからウソはつかないと思ってる

だから私が来たコトでこの子達は解放してくれるって妙な信用があるわ

まぁ…私はどうなるかわからないし、ノーダメージ(心が)では帰さないだろうけど

「私を寝かせ…ん?この香りは…」

タキヤが部下に持って来させたのは何かの香だった

どこかで嗅いだコトのあるような、このイランイランとラベンダーとバラとサンダルウッドの……

良い香りだけど本能的に嫌な予感がして私は後ずさる

逃げられないとわかっていて、どうしようかと考えていると出入口にいたタキヤの部下達が悲鳴を上げて倒れていった

振り向くと氷の矢が目に入る

「大丈夫かい、セリカ!!」

レ、レイ…!?どうして……あの睡眠薬は朝まで絶対に起きない強力なやつなのに

よく見るとレイの左手は血塗れになっている

自分で自分の左手をナイフで刺した?痛みで睡魔を吹き飛ばしてるって言うの?

そこまでして私を……

「やはり来たか小僧の騎士めが、この私が予想してなかったと思うか!?馬鹿な男ですね!!」

予想…?

レイが教会へ入るのを見たタキヤが叫ぶとレイの足元が怪しく光る

こ、これは……魔法陣…?しかも強力な魔力を感じる…トラップだ

「レイ!なんで、来たの……!?」

レイの身体がピタリと動かなくなってしまった

魔法陣を踏んだ者の動きを止める効果があるのか

「これは…」

喋るコトは出来るみたいだけどレイはどうやっても少しも身動きが取れないみたいだ

その光景に私はゾッとする

自分がどうなるか、何をされるよりずっと…ずっと怖くなった

ああ、そうだ

レイは私のコトならなんでも知ってるから、私が睡眠薬を入れるコトも1人で行くコトも予想できる

眠気を痛みで抑える為に左手を貫いてまで

だからだ…だから、助けに来れた…

やめてほしかった…そんなコト

私はレイを失うワケにはいかないの

レイがいなくなったら…もう私は、立ち直れなくなるってわかってるから

「タキヤ!レイは関係ないでしょ!?レイに手は出さないで!!」

「出しませんよ?邪魔する男の動きを封じているだけです

殺してしまったら面白くないじゃないですか?」

「セリカ、その香りは駄目だ…早く逃げろ」

タキヤを睨み付けていた私はレイの声にまた振り向く

すると動きを封じられたハズのレイは少しずつ私へと近付いていた

とても辛そうに苦しそうになっても、強力な魔法に逆らって

「これは…驚きました

その魔法陣の中で微かでも身動きが出来る者がおるとは

それほどその小娘の事を強く想っているんでしょうねぇ」

感心感心とタキヤは頷く

「レイ…」

「その香りは前世の記憶を蘇らせるものだ

タキヤはセリカに前世の記憶を蘇らせて精神的に追い詰めようとしているんだろう」

やっぱり、この香りは意味があったのか

セリくんが勇者の前世の記憶を取り戻してその絶望に精神的に負担がかかったのは私もよくわかっている

どうせ私の前世もろくでもないんだろう

誰も知らなくても、なんとなくわかってる

いいよ、どうせ似たような前世なら今更増えた所で構わない

乗り越えてみせる

レイが殺されるよりマシなんだって…

「そろそろ寝てもらいましょうか」

タキヤの言葉に私は眠りの魔法をかけられる

少しずつ強い眠気に顔を下げると、いつの間にかレイは私の前まで来ていた

「セリカ…寝るな」

それは…無理……

フラフラと眠気で身体が倒れそうになって、レイにしっかりと抱きしめられる

「わかった、セリカがそう決めたならオレも従おう

残念だったなタキヤ、セリカの前世にはオレがいる

前世でもオレはセリカを守ってみせるから…必ず」

少しだけ眠気が吹き飛ぶ

「あんたの思い通りにはさせない

セリカを死なせたりはしない、絶対にだ!!」

レイの言葉と、抱きしめてくれるレイの体温に、はじめて心が…ドキドキした

自分でも変な感じだ

顔が熱くなって…こんなのはじめてだ

私が…照れてる?レイのコト……好きってなっちゃうじゃん

どんな時でも、いつだってレイは私を守ってくれる

何度だって助けてもらって守ってもらって…

やっと気付くなんて遅過ぎるくらいだ

こんな素敵な人に恋しない人なんていないって本当だね

前世のコトだって大丈夫なんて強がりだった

本当は怖いし嫌だ

不安だった…凄く…

でも、レイの言う通り…私の前世にレイがいるなら安心だ

私の不安も怖さも何もかも消し去ってくれる

頑張れる、乗り越えられる…私はもう大丈夫

私ははじめてちゃんと気持ちがレイに向いたのを自覚した

レイ…いつもありがとう、大好きって今なら思うよ

「へへへ…」

私は恥ずかしかったけど、ぎゅっとレイを抱きしめ返した

「前世でも私を守ってね…レイ」

「セリカ……」

私が笑うとレイはいつもと違う私に少しだけ戸惑ったけど、すぐに受け入れてくれた

「あぁ、もちろんだ

セリカの為ならオレは命を懸けて守るよ」

また強く抱きしめてくれる

レイに抱きしめられると心が温かくなる

これが好きって気持ちなんだ…やっと…やっと…わかった

これが恋なんだ…嬉しい

すっと意識がなくなっていく

私は深い眠りへと落ちる

前世の夢を見るのに、深く深く…長く短い悪夢へと

でも大丈夫、怖くないもん

レイがいるから…

目が覚めたら、レイに大好きって伝えたい

どんなコトがあっても私は大丈夫だ

レイがいるから私はもう何にも負けたりしない

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る