106話『その綺麗な笑顔を』レイ編

魔族と人間の世界と言われているが、人間が知らないだけで数少ないオレ達エルフは身を隠して生きている

魔王が現れてからはエルフの数も激減していつ絶滅してもおかしくない人数になってしまった

何百年かけて、やっと…魔王を倒す術を見つけたと騒がしくなる

「レイー!レイー!!聞きなさい!」

姉ちゃんが

「そんなに大声で呼ばなくても聞こえてるって、レン」

レン姉さんは落ち着きがなく騒がしいけど、これでも一応エルフの女王だ

バタバタと音を立てながらオレの部屋へとやってくる

「大発見よー!あのにっくき魔王を倒す方法を見つけたのよ」

「魔王は勇者にしか殺せないって何百年も前からの常識じゃないか、その歳でもう

ボケが始まったならオレもそろそろ気を付けないといけないな」

「可愛くないわね…ボケてないわよ!」

「しかも、ここ最近何度かは勇者が魔王にたぶらかされて倒さなくなったって話だろう?

宝の持ち腐れだな、面を拝みたいよ」興味ないが

これまでは魔王が勝つか勇者が勝つかは五分だった

しかし、気でも変わったのか?何故かわからないが魔王は勇者を傍に置く事にした

オレは魔王も勇者も見た事がないし関わりがないから、正直どうでもいい

エルフの数は減ったとは言え、魔王が勇者と一緒にいるようになってからはエルフに被害が及んだ事はないし

ほっといてもいいんじゃないか

「もう勇者が魔王を倒す時代じゃないって事でしょうね

そう!聞いて驚くのよ!光の聖霊様が魔王を倒す方法を教えてくださると言ってるの」

「そうかい」

光の聖霊って実在したのか…

いつも姉さんが祈ってたよくわからないあの石像が光の聖霊らしいが、お告げでも聞こえたって言うのかい?

「それで、その光の聖霊様がエルフ族の中で1番強くてイケメンに教えると言うのね」

一瞬でイメージ悪くなったぞ

オレは関係ないと、そろそろ時間だし馬の世話へと向かおうとした

「馬のお世話はお姉ちゃんがやっておくから、あんたは光の聖霊様の所へ行くのよ!」

「はっ?」

「エルフの中で1番強くてイケメンと言ったらレイしかいないじゃない!はい行ってきて!」

「オレは1番強いかもしれないが、1番のイケメンでは…」

「はいはい謙遜とかいいから、あんたがイケメンじゃなかったら他の男達はポテトになるでしょ」

身内贔屓も大概にしろ、どう見たら男がポテトになるんだ

姉さんの強引さに逆らうと後が怖い、押し切られたオレは仕方なく光の聖霊の石像がある場所へと出向く

石像があった場所には1人の女の子が立っていた

全身淡く光っていてキラキラとしているが眩しくはない、暖かく目に優しい光だ

全裸…?

「きゃー!本当にイケメンが来たー!!」

なんだこの女、第一印象で苦手と感じる

「イケメンさん、お名前は?」

ここで拒否ったら姉さんに怒られるだろうな

「レイ・ストーレンだ」

「レイね、オッケーよ

私は光の聖霊、今日からレイの恋人です」

そう言って光の聖霊はオレに抱き付く

ん?んん?なんて?

女は誰でもこうなのかい?オレの気持ち無視じゃないか

振り回すのは姉さんだけで勘弁してほしいんだが

「光の聖霊、あんたが魔王を倒す方法を教えてくれるとレンから聞いた」

「レイってもちろん独身ね?彼女は?いる?いないね?」

最後の方、凄い圧が…

オレの話は無視なのか?

光の聖霊は距離を近付けてオレの顔を覗き込む

「そんな話はどうでもいい、魔王の話を聞かせてくれ」

「いやー、レイが私を彼女にしてくれないと教えないわ」

面倒な女だな、姉さんに怒られてもいいから関わらなくていいかな

話にならないとオレは光の聖霊に背を向ける

しかし、姉さんが道を塞いでいた

「付き合いなさいよ、あんた彼女いないでしょ、年齢イコールでしょ?」

「レン、馬の世話は?」

「ぱぱっとやったわ」

それ絶対出来てないぞ

「レイってば随分前に成人したにも関わらず、彼女どころかエロ本のひとつも持っていないのよ、男としてどうなの!?」

「それはちょっとご病気ですねお姉様…」

姉さんと光の聖霊がタッグを組むと恐ろしいと感じてしまった

オレは別に女に興味がないってわけではない

ただ…好みの女がいないだけなんだ

「放っておいてくれ、オレは黒髪で色白で華奢で綺麗な人が好きなんだ」

あと、巨乳すぎるのは好きじゃない

貧乳も好きじゃないな、そこそこある方が良い

エルフの女も光の聖霊も巨乳だからタイプじゃない

「そんな女の子いるわけないでしょ、まず黒髪がエルフも魔族も人間にもそういないわよ」

姉さんはいつもそう言って諦めて早く結婚しろとうるさい

好きでもない女と結婚するくらいなら一生独身で構わないさ

「黒髪で色白で華奢で綺麗な人…いるわ」

光の聖霊のあーあの人だって言葉にぴくりと反応してしまう

この世界に黒髪はとても珍しい事なのに…いるのか?オレの理想の女が

「勇者よ、黒髪で色白で華奢で綺麗なの

でも残念、男でした~♪」

上げて落とす、腹立たしいな

「女の兄弟はいないのかい?」

「全員男の3兄弟ね、ちなみに弟2人は黒髪じゃないわ、親もね」

親もって遺伝無視か

ちっ、男か…しかしその容姿なら一目見てみたいような…

どんなに理想の容姿をしていたとしても男ならありえないが、興味はある

「男でよかったわ」

急に光の聖霊は真剣な顔付きに変わる

それはオレの運命を狂わせる言葉だった

「だってレイ、貴方が勇者を殺すんだからね」

「えっ…?」

勇者を…殺す…?何故だ?勇者を殺して何になる?

いつも騒がしい姉さんが珍しく静かに聞いていた

「レイにしか出来ない事よ

貴方の弓の腕がないと魔王に気付かれてしまうから

勇者を殺すと魔王も死ぬの…簡単ね

これからはレイが世界の救世主」

勇者を殺すと魔王も死ぬ?そんな話は聞いた事がない…

勇者は人間だ、人間はエルフや魔族と違って寿命が短い

放っておいたら勝手に死ぬじゃないか

なのに…今まで…

魔族はその事実をバレないようにしてたって言うのか?

「いや…嘘だな、そんな話はあるわけがないんだ

仮に本当だとするなら、人間は寿命が短い

勝手に死ぬのを待てばいい…わざわざ殺す事じゃないだろう」

「このまま放っておいたら、世界は滅びる

勇者が魔王を倒さなくなって運命がズレてしまってるわ」

「運命…?」

「正確には勇者の役目を放棄する事が運命のズレ、このままだとこの世界は終わりを迎える

だからそれを阻止する為にレイに勇者を殺してほしいの」

運命って……よくわからないが

魔王と勇者は永遠の敵同士であるべきって事かい

光の聖霊様が言うなら…そうなんだろう

冗談で言ってるようには見えない

「わかった…勇者とは他人だ

その話が本当か嘘かはどっちでもいい

世界が終わるかもしれないなら、人間1人殺す事くらいオレには簡単さ」

「さすが私のレイ!最高の彼氏!!」

「彼氏になった覚えはない」

光の聖霊は遠慮なくオレに抱きつき頬ずりする

話を信じたわけじゃないが、その可能性が完全に否定できないなら

顔も知らない男1人殺すだけで世界を守れるならやるしかないだろう

勇者には悪いが…死んでもらうよ

「魔王を倒す方法だけだと思ってたら世界を救う話だなんてビックリだわ

レイにしか出来ない事ね…

魔王は恐ろしいわ、気をつけてね」

姉さんは珍しく、本当に珍しく心配してくれてオレを送り出してくれる

「心配する事はないさ、上手くやる

魔王に気付かれず人間の勇者を一撃で仕留めるなんてオレにしか出来ないんだ」

すぐに帰ると姉さんを安心させオレと光の聖霊は勇者を殺しに行く事になった



オレの弓の矢が届くギリギリの所まで離れる

世界を見渡せるくらい高い山へとやってきた

ここなら、魔王からは気付けない距離

オレからは人間の勇者の頭も心臓も正確に狙えるギリギリの距離だ

魔王や魔族は倒せなくてもただの人間なら何も問題ないな

視線を集中して魔王城に向けると、天気も悪くないからよく見える

とにかく黒髪で色白で華奢で綺麗な人間を捜せばいいんだろう?

今は外に出ていないみたいだな

この距離での集中は疲れるから少し休憩するか

「寒くないかい?」

隣にいる光の聖霊へと声を掛ける

「私は寒さも暑さも平気ー!レイが温めてほしいならいつでもこの人肌で肌と肌を合わせて温めてあげ」

「必要ない、エルフも寒さにはそれなりに強いからな」

全裸だから寒くないのかなって気になっただけだ

両手を広げていつでもオッケーって光の聖霊を無視するが、彼女はまったくへこたれない

時間を置いて魔王城へと集中して見るが、勇者は外へは出て来ない

たまに窓の中に黒髪がチラついたりして、あれがたぶん勇者なんだろうと外へ出るのを待っている

「私は何も見えないー、このままじゃ夜になるわ」

「オレの目は夜でも昼と変わらず見えるから問題ない」

「レイってなんでもできるスーパーマンみたい、さすがイケメンは二物も三物も与えられるのね~」

無視

やはり…勇者はこの男で間違いない

黒髪で色白で華奢で綺麗な人…勇者はオレの理想の容姿をしていた

本当に男なのか?…言われなければ男か女かわからない見た目だな

しかし……綺麗だ…とオレはいつの間にか目を奪われ見惚れてしまう

暫くまた時間が経つと夜になってしまった

今日は外に出そうにないな、諦めるか…

また明日…

「ん…?」

「どうしたのー?」

そろそろ休もうかと思っていたら…あれは魔王?他の魔族とは雰囲気も何もかもが飛び抜けて違うからわかる

それに勇者と一緒に…

窓から見えるそれは…オレは覗いてはいけない覗きをしているんじゃないか…?

「レイ、顔が赤いわよ?」

「魔王と勇者が……抱き合って、き…き…キ、スし…て…」

「中学生なの!?ハグとキスくらいでそんな取り乱すの!?」

嘘だろ……魔王と勇者ってそんな仲なのか?

魔王が勇者をたぶらかしてウサギみたいに可愛いペットにして傍に置いてるものだとばかり…

いや、そもそも魔王も勇者も男じゃないのか?

ありなのか?男同士は、ありなのか!?

「レイー…見るのやめよ~?そこまで来たらただの変態だよもう」

「光の聖霊…男同士でもありか?キスしたり…その…」

「ブブー!私はなしー!!

でも世の中、色んな人がいるからそういうのもありで良いと思うわ

そんな事よりレイ、魔王と勇者が羨ましいなら私達も~」

光の聖霊はわざとらしく胸をオレの腕に押し付けて抱き付いてくるが、何かさっぱりわからん

そんな事より覗きの方が大事だ

いや違う、勇者が外に出るのを見逃がさない為にだな…しっかり監視を…

最初はこっちまで恥ずかしくなったが、だんだん腹が立ってくる

周りには何もないから見られてないって思ってるんだろうが、窓近くでイチャつくのをやめろ!!ベットの位置も変えろ!!微妙にたまに見えなくなる!羨ましいんだ!!

寝よう…虚しいだけだ

「おやすみ、光の聖霊……」

「えぇ!?いきなりどうしちゃったの!?最後まで見なくていいの?」

「覗きの趣味はない」見たいよ

横になって目を閉じる

いくらオレの理想の容姿をしているからと勇者は男だ…男なんだ……

そうだ、男でよかったのかもしれない

もし女で魔王の恋人だったらオレは間違いなく狂っていた

「あ~ん、私も早くレイと結ばれたいな」

無視

「付き合ってまだ日が浅いから仕方ないか~」

「付き合ってない」

その後も光の聖霊が後ろで騒がしくしていたがオレはいつの間にか眠ってしまった



朝も早く起きて勇者の監視を続ける

「おはよーん!レイ!」

「寝てないのかい?」

「私は寝なくても平気、寝る時は暇潰しよ、一度寝たら百年くらい起きないねー」

「今から永遠に寝ててもいいぞ、勇者の事はオレに任せて」

光の聖霊は冷たーいと言いながらもクールで素敵とオレに抱き付く

また魔王城の監視をはじめてから少しすると勇者が屋上へと姿を現した

反射的にオレは弓を引き氷の矢を向ける

「……勇者が外に出たのね」

魔王と一緒に屋上に…

いや大丈夫、この距離なら魔王には気付かれない

さらにこの角度なら勇者だけを仕留める事が出来る…問題ない…一撃で殺せる……

いつものオレなら、弓を向ければそのまま矢を放つのに

手を離せない……

「綺麗な人…」

窓越しより、よりその綺麗な姿に目を奪われる

勇者は魔王を見て、綺麗に笑う…

幸せな笑顔…その姿から目が離せない

こんな顔で笑うなんて……

「レイ!勇者を殺すのよ!」

光の聖霊の言葉にオレは引いた矢を離した

オレの氷の矢は勇者の頭を貫き、勇者は倒れて…動かなくなった

「あっ…」

倒れた勇者を見て、笑顔の消えた君を見て…オレは見るのを止めた

あの綺麗な…笑顔を…オレが奪った……

その現実にオレは……

「目を逸らさないで、勇者が死んで魔王がどうなった?」

見たくない…それでも、オレはもう一度目を向ける

勇者は倒れたまま動かない

確実に頭を貫いているから回復魔法も意味なく即死だ

魔王は勇者を見下ろし…少しするとその姿が消えていった

本当に…光の聖霊が言った事は…

勇者が死ねば魔王も死ぬ…正確には魔王は消える

そういう事か、魔族や魔物は残ったままだから魔王が消えてしまったら

復活するまでその事実を隠して来たってのか……

「また勇者は生まれ変わるわ、その時に魔王も復活するのよ

だから…またその時はレイが勇者を殺してね、世界を終わりから救う為に」

耳元で囁かれた光の聖霊の言葉はオレにとって悪魔の囁きに聞こえた

世界を救う事の方が大事なのに、オレにとっては…勇者を殺す事が……殺した事に…心が反対したからだ



それから数十年すると魔王が復活したと光の聖霊から聞いた

勇者の居場所は掴めないらしく、わかるのに23年かかった

「レイ、勇者の居場所がわかったわ

まだ魔王退治の旅には出てないけれど、偉い王様が見つけ出して勇者を呼びつけたから数日したら町を出るでしょうね」

光の聖霊は地図を広げて、今はこの町に勇者がいて数日すると離れた国の王様に会いに行って話を聞けば魔王退治に行くと説明してくれる

「わかってるわね?この町に行って魔王に会う前に勇者を暗殺して」

ついにこの日が来てしまうのか…

殺したくない…

またあの笑顔をオレが奪うって事をしたくないんだ

「レイなら余裕でしょう、ファイトー!」

光の聖霊様は世界を救う為ならたった1人を殺す事を躊躇わないそうだ

とにかく…まずは会うか…勇者と

そうしてオレははじめて勇者と人間の町で会う事になった


あの…綺麗な人と…目の前で、近くで…

もしかしたら話せるかも、触れるかもしれない

町に向かいながらそんな事ばかり考えてしまう

スー!はぁ~!勇者は男だぞ!!しっかりしろオレ!!

人間の町に着いて入る前にフードを深く被る

エルフの耳は目立って面倒な騒ぎを起こしたくはない

町に入ってすぐに勇者がどこにいるのかを聞いて回る

「黒髪で色白で華奢で綺麗な…あー、あの子の事かな

何年か前にあの売春館に売られて来た子だよ」

「なに?どこ?売られた?」

売春?なんだそれは?

男が何を言ってるかわからないが、売られたって…人間は人間を売買するのか…

恐ろしいな

「そこ曲がってまっすぐ行って右曲がってまっすぐ行って突き当たり戻って横行ったらすぐだねー」

戻る必要あるか、それ?

「綺麗な子だよ、でも不思議な力があるみたいだから気味が悪いかな

皆物珍しいだけで人気があるけど…って、あれ?兄ちゃん?」

とにかく教えてもらった道の通りにそのなんとか館に行こう

途中で他の人にも道を聞いて、勇者のいる場所までたどり着く

中に入って受付の男へと説明した

「黒髪で色白で華奢で綺麗な人?あーあー、セリの事だね

ちょうど空いてるから、この鍵の番号の部屋ね」

セリ…勇者はセリって言うのか

番号のついた鍵を見せられ、急に緊張が高まる

もうすぐ会えると思ったら……

鍵を受け取ろうとしたら避けられた

「前払い、金だよ兄ちゃん金」

人に会うのに金がいるのか!?

人間の世界は変わっているんだな…まぁいいか

金を払うと鍵を渡してもらえた

「言われなくても出せよ、まいどー楽しんで」

小声で言ったつもりだろうが、エルフは耳が良いんだよ

不親切な奴だ…

鍵の番号を見ながら部屋を探す

1番奥か、部屋の鍵を開けてドアに手をかけると一瞬躊躇う

ドアを開けたら全然別人だったりしないか…

……緊張が…止まない

いや!男は度胸だ!待っていろセリ!今行く!!初対面だが

ドアを開けるとベットには憧れの君が座っていた

ニコリと微笑えまれて、オレは緊張がピークに達して身体が動かなくなる

「はじめまして……セリです」

………。

勇者だ…本物の…オレが殺した人……

はじめて声を聞いた、中性的な声なんだな…

間近で見ると…遠くから見るよりずっと綺麗だ

黒髪で色白で華奢で…オレの理想の人

セリは固まったオレを気遣って手を掴んで部屋の中に入れてくれて、開けっ放しにしていたドアを閉めてくれる

手、て、手が……掴まれ

「緊張してるんだ?珍しいね」

「はっ、オレはレイ」

突然自己紹介

「うんレイ」

終わった…会話が終わったぞ

2人でベットに腰掛けて暫く沈黙になってしまう

オレは何をしに来たんだろう

勇者と…セリと…話したい事がたくさんあったはずなのに

「えっと…それじゃあ、キスからする?」

「えっ!?」

なんで!?もしかして、セリはオレに一目惚れして…?

いやでもそうだったとしても、会ったばかりの男にいきなりキスなんて…よくないと思います!!

セリにフードを外されると、耳に気付かれてしまった

「あっ…耳が…」

まずい、エルフだってバレて…

「カッコいい!触ってもいいか?」

ニコッと笑顔を向けられたら断れないよ…

セリ…君はとても綺麗だ

オレの心臓がもたないくらいに

「触っても構わない」

やめておけばいいのに、何言ってるんだろうオレは

許可を貰ったセリがオレの耳に触れる

普通に触られてるだけなのに…セリが触れた所から熱くなるようだ

緊張と一緒に、心がときめくような……

それ以上触られると……

オレはセリの両肩を掴み引き離した

「あっ…痛かった?」

襲ってしまいそうだ

理性が飛ぶ…しっかりしろ、セリは男なんだぞ

「いや…そうじゃない

セリはオレの事が好きなのかい?」

「えっと…好き…だよ」

オレの目を見ず口ごもった言い方で全然好意が伝わって来ない

「会ったばかりでキスとか、そういうのは」

嬉しいが…!むしろどうしてキスしなかったのかオレ、今更後悔

「えっ?だってそれ目的で来たんだろ?お金だって払ってくれてるんだし…」

ん?それ目的?お金払ったから?

どうしてそうなるんだ……

「ここはそういうお店だから」

ど、どういうお店……?とぼけてみたが、薄々どういう店かわかったような気がする…

キスからって事は…その先もオッケーなのか…?

「よくわからないが、セリは好きでもない男にキスとか出来る人なのか?」

オレの理想は一途な子が好きなんだ

こんな事はやめて、オレの理想になれ

あれ…セリが急に俯いて、泣きそうになってる

「……したく…ないよ…こんなの……嫌に決まってるじゃん…

毎日、我慢してるのに…俺が最低みたいな言い方……うっ…うぅっ」

これオレが泣かせたのか!?

ど、どうしよう…セリが凄く泣いてる…

ちょっと可愛いけど、男として好きな人を泣かせるとか最低なんだが(いつの間にか好きになってる)

「すまない!セリが最低とかじゃなくて…それじゃ、どうしてこんな事を?」

泣いてる時って…どうしたらいいんだ

恋人とかいなかったから扱い方がまったくわからない

とりあえず…抱き締めておくか

セリの肩に手を伸ばしたタイミングでセリはベットから立ち上がりテーブルに置いていたハンカチを手にして涙を拭く

………オレは何もしなかった

「それは…親にこの館に売られて…こうして売春をさせられて」

「親が?そんな酷い親がいるのかい…」

「親と言っても、母親の恋人になんだ

その男は俺が小さい頃から暴力と性的虐待を」

………凄い重い……

「村の男達も同じようなコトをする、他の人からは差別されて虐げられて…最後は売られてここ」

支えきれる自信がない…

「……ごめん…ドン引きだよね…会ったばっかの人に」

セリはオレに気を使って弱々しく微笑む

どうして…君はそんなに綺麗なのに…

そんな人生を歩んだようには見えない

綺麗だから…だからこそなのかもしれない

綺麗なものは穢したくなるから…

正直…オレなんかが好きになっていいような人じゃない

自信がない…君を幸せにする自信が……

って、何考えてるんだオレ

セリは男…セリは男…男なんだぞ

「いや…話してくれてありがとう

辛い事を思い出させてすまなかった」

「ううん…話せて、少しスッキリしたかも

誰にも話せなかったから…レイはなんか他の人と違って話しやすいね」

やっぱりセリはオレの事が好きなんだな、うんうん両想いだな

ここで傷付いたセリを抱き締めてやれば…

テーブルの方にいるセリを引き寄せようとしたら、セリは自分からベットに戻り座る

タイミング悪いな、さっきから

すれ違ってるぞ

「でも、ここも今日か明日で終わり

レイが最後のお客さんかもね」

そういえば光の聖霊が言っていたな、勇者として旅立つ日が近いって

「…信じられない話なんだけど

俺が世界を平和にする勇者らしくて…」

アハハとセリは自信なさげに笑う

まさか自分がなんて、思ってもみないだろう

「怖いかい…?」

話している時に震えているのが見てわかった

さり気なくまだ震えてる手にそっと伸ばして重ねて触れる

冷たい手だが小さくてスベスベして…なんて触り心地が良いんだ

ずっと触っていたい

「情けないけど、怖い…

魔族も魔物も人間よりずっと強い…そんな相手の親玉に俺が勝てるワケないし

でも俺は行くよ…行かなきゃずっとここから抜け出せない

死ぬかもしれない、1人でその辺でくたばる確率の方が高いと思う

それでも、ここから解放されるなら、そっちの道の方がずっと…良いよ

きっと…幸せになれる

今までがずっと辛かったから、もう少し頑張ったら…俺だって幸せになれるよね…」

幸せに…なりたいか、人間らしいな

当たり前の願望だ

「セリ…心配ない、セリは自分が思っているより魔族には強い

魔王にだって勝てる…絶対に」

今までは戦えば五分の勝敗だったが、最近の魔王は勇者に甘いと聞く

そうなると勇者が負ける可能性の方が低いだろう

セリにはなんとしてでも魔王を倒してもらいたい

そうでなければ…オレがセリを殺す事になってしまう

光の聖霊は今日セリを暗殺しろと言っていたが、要はセリが魔王を倒せばいいだけの話だろう?

魔王を倒してくれるならオレはセリを殺さなくていい……オレは、セリを殺したくない

それに……

「レイ…ありがとう、元気出た」

セリが魔王の恋人である姿をもう見たくない

オレは君から目を離せない…惹かれている

綺麗な…人、オレに笑いかけてくれるその顔が……

「なんだろ…レイとは良い友達になれそうな気がする

俺、ずっと友達いなくて…あっウサギだけが友達で」

寂しすぎないか?ウサギだけが友達って…死ぬの?

「レイと…親友になれたら……嬉しいかも、人間の友達ってはじめてだ嬉しいな」

言葉通り、嬉しそうに笑ってくれる

オレを人間だと勘違いしているのか…それはどっちでもいいが…

セリから口にされる親友はオレにとって残念な響きだった

さっきからセリはオレに笑顔を向けてくれる

心から…優しく……それが可愛くて、またオレの心を奪っていくのに

でも、違う…全然違うじゃないか

オレがほしい笑顔はそれじゃない

あの時、オレが殺す前に魔王だけに見せた…綺麗な笑顔がオレは見たいんだ

あれが…オレはずっと、この数十年待って、ほしかったんだよ

「セリ…」

セリは…オレの事が好きなんじゃない

オレはずっとセリの事を想っていたのに

遠くから…見ていた

その綺麗な肌に触れたい、どんな声なのか知りたい、その綺麗な笑顔をオレに向けてほしい

最後だけが叶わないんだ

あの時の腹立たしさが蘇る

きっと今回だって魔王に会えば、君はあんな顔をして魔王と…

羨ましい…セリに愛され手に入れた魔王が

このまま魔王に渡すくらいなら…

「……オレはセリの親友にはなりたくない」

傷付けるとわかってオレはそう言い放った…

セリはすぐに自分が何を言われたか理解できなかったのか、瞬きもせずオレを見つめる

「…そ、そっか……悪い調子乗った…」

傷付いても気を使って無理に笑おうとする

目を逸らされて俯かれてしまう

もっと…オレを見てほしい、その綺麗な顔をもっと近くでよく見せてくれ

セリの顔を掴んで無理矢理オレの方へと振り向かせて、キスをする

「んっ…!?」

驚いたセリがオレの胸を押して引き離した

キスなんてはじめてしたが…今までしたいと思った事がなかった

男でも構わない、もう自分を止められない

「レイ…な、なん…」

「何って、ここはこういう事をする所なんだろう?違うか?」

「っ…それは……」

みるみるセリの表情が悲しみに変わっていく

わかりやすいな、ショックを受けている…

親友になりたいと思った男に裏切られたら、そりゃ…

「金も払ったんだ、結構高かったぞ」

泣くよな

涙を流しても、やっぱり無理に笑おうとする

わかってて言った…その言葉を、セリに拒否されるのがオレは怖かったから

逃がさない言葉で縛って…自分の思い通りに

「うん……ごめん、なさい……」

泣かしたいわけじゃない、オレは君のそんな顔が見たいわけじゃない

オレにとっては数十年でもセリにとっては今日1時間も前にはじめて会った男に過ぎない

そんな事も忘れて、自分の気持ちだけ押し付けて、好きになってもらえなくて当然だった

抑え切れないんだ…

今を逃せば、セリは魔王に会ってしまうと思ったら…

セリは魔王なら会ってすぐ好きになるだろう

生まれ変わって記憶がないと言っても、前世の影響は多少ある

前世が恋人だったなら惹かれるのに時間はかからない

それに比べて、オレは今回がセリとはじめて会った

数十年前は君の瞳にすらオレは映っていなかったのに

数十年は長かった…数十年の片想いは長すぎて、抑え切れなかったんだ

はじめての恋が君じゃなかったら、オレはもっと大人でいられたのかもしれない

君を傷付ける事もなかったのに…

「セリ、ちゃんとオレを見て名前を呼んでくれるかい…」

もう一度キスしてベットへと押し倒す

力の加減がわからなくてちょっと乱暴になってしまったが

「…レイ…」

やめられないんだ

嫌われるとわかってても…止められなくて

これじゃオレはセリを傷付けてきた男達と何も変わらない

好かれたかったはずなのに…どうしてこんな事に…

またがってセリを眺めていると、凄く綺麗だ…オレが君の肌に触れる度に可愛い反応をする

理性を保てと言う方が無理だ…

「セリ…オレは」

ドン!ドン!とドアを強く叩かれて言葉も詰まり手の動きも止まる

な、驚いたじゃないか、これからって時になんだ!?

「お客さ~ん!時間が過ぎてますよ、早く出てください」

時間だと?そんなの聞いていないぞ

言ってたかもしれないが、緊張して聞き逃した可能性はある…

キスしかしていないのに……くそ

「次のお客さんも待ってるんですからー」

仕方ない…また会いに来ればいいか

ドアの方から視線を戻すと、セリは両手で自分の顔を隠してオレを見てはくれなかった……

時間内は客だから仕方なく…時間が過ぎれば……君にとって、オレは…視界にも入れたくない嫌いな奴…か……

愛されたかった…魔王に見せたあの綺麗な笑顔をオレに向けてほしかった……

第三者が現れて、ようやく冷静になる

オレは…もう二度と……今のセリに見てもらえないくらい嫌われたんだ…


家に帰ると、光の聖霊がいつもと変わらないテンションで抱きついてきた

どうしよう…家に帰るまでの記憶がない

「おかえりー!あら?レイってば、魂抜けてる~?」

「オレはホモじゃない!!だから嫌われていない!!」

意味不明な事を口走っている自覚すらもない

「勇者を殺せなかったの?」

「…勇者が魔王を倒せば、わざわざ殺す必要はないだろ

黙っていろ、今回も勇者が魔王を倒さないなら…またその時に殺してやる」

「そうだけどぉ…いくら魔王に気付かれない距離から狙えると言っても、魔王は警戒してるわ

次は上手くいくとは限らないわよ」

うるさい女だな、セリが魔王の恋人になるくらいなら…殺してやるさ

意地でも渡すものか……

「な、なにかあったのね…レイが真っ黒な炎で燃えてる…」

光の聖霊がドン引きするくらいオレは自分勝手だった

あれだけ嫌われたらもう好かれないだろう

魔王を倒すなら見逃してもいい…その後にワンチャンあるとかおかしな自信がどこかから湧いてくる

しかし、オレが嫌われて魔王の恋人になるって言うなら容赦はしない

手に入らないなら…殺してしまえばいい

どうせ、また記憶がないまま生まれてくるんだ

次は…失敗しない

「待て、落ち着くんだ」

「私は落ち着いてるけれど~?」

光の聖霊が苦笑している

「オレはホモじゃない」

頭を抱えながら自分でも言い訳にしか聞こえない…

しかも、下手で意味のない言い訳

確かにオレはホモじゃない

たまたま好きになったのがセリで、たまたま男だっただけ

黒髪で色白で華奢で綺麗な人…オレの理想の人が…たまたま男だったんだ

「さっきからどうしたの?まさか…あの勇者に惚れた…?

私と言うものがありながら浮気ね!」

「あんたとは付き合ってない」

しつこい女だ、光の聖霊から視線を外す

……忘れられない…あの時から何十年も頭にいた人と、はじめて会う事が出来て…

会うと、もっと惹かれる……

オレを見てくれて、話してくれて…触れて……

「失恋したの?可哀想…レイ」

光の聖霊は両手でオレの頬に触れて振り向かせる

コイツとは恋人じゃないが、付き合いも長くそれなりに情はある…

見た目は好みじゃないとは言え、可愛い美人で普通に魅力的な女だ

いつもオレの事を好きだと言ってくれて…ずっとオレだけを見てくれていた

光の聖霊もオレがセリを想うような気持ちでいたんだろうか…ずっと……何十年も

「私が忘れさせて、あげる」

そっと光の聖霊の唇が触れて重なる

いつもキスされそうになったら引き離してかわすのに…

受け入れてしまった…でも、それはすぐにただの同情だとわかる

「…悪いが……オレは光の聖霊の気持ちには…応えられない」

光の聖霊の肩を押して引き離す

違った…全然違う…

セリの時は心が高鳴って緊張して…たまらなく愛しいと感じたのに

光の聖霊にはそれを微塵も感じる事が出来なかった

光の聖霊のキスでセリのキスを思い出す事すらなかった

全然違ったからだ…何もかも…

「レイ…残念」

寂しそうに笑うだけで光の聖霊は大人しく身を引いてくれる

オレとは違うな…オレは大人しく引く事が出来なかった

どうして愛してくれないんだって押し付けて強要して…脅して……無理矢理にでも自分のモノにしてでも、自分を満たす事しか考えていない

自分さえ満足すれば、相手の気持ちを考えない

光の聖霊は凄いよ…良い女だよ…オレと違って

「でも、私はレイの事が好きだから…離れたりしないわ

レイが…勇者を愛してしまっても……」

「バレていたのかい」

「バレバレね~、何十年一緒にいると思ってるの?もうすぐ百年よ

気付かない方がおかしいでしょー?

好きな人の事は一緒にいれば、なんでもわかるもの!」

ウフフと光の聖霊は笑って自分の失恋の気持ちを吹き飛ばし、あっという間に立ち直る

「で、どうなの?」

「どうとは?」

「童貞卒業した?男同士ってどうやってするの?」

転けそうになった

好きな男にそう言う事聞くか普通!?

おかしくないか!?まぁ光の聖霊は種族も違うし、価値観も吹っ切れも違うんだろう…

女は恋バナが好きと聞くし…聞いて面白いのか、それ?オレにはわからないな

「できなかった…」

「レイって今年で318歳なのに…」

「セリとキスはした!」

「318歳になってファーストキスで威張ってるようじゃね…」

どうやっても勝てる気がしない…この年齢だと

「でも、これで私はもっと勇者が嫌いになった

自分の運命を放棄している事も私は許せないのに、私の大好きなレイまで奪ったから…」

さっきまで興味深々に笑って話していたのに、光の聖霊はセリに強い嫌悪を抱く

「セリが奪ったは違うだろう?オレは片想いをしているだけで…」

「じゃあレイは魔王に勇者を奪われたと思わないの?同じ事よ、両想いとか片想いとか関係ない」

……光の聖霊が言った事は最もだった…

オレ自身も、魔王にセリを奪われるくらいならって思っていた……

それが両想いでも片想いでも、相手に心を奪われている事に変わりはない

「勇者が魔王を倒す事ができたならレイを応援してあげてもいいわ

でも…もし勇者が運命を放棄するなら……殺しなさい、この世界の為に」

嫌われていても、行動すれば何かが変わっていたかもしれない

殺さずに済んだかもしれない……

オレはセリを幸せにしてやる事より…自分が満たされる事しか考えられなかった

だから…嫌われたなら…もう駄目なんだ



ついにこの日が来てしまった

勇者がはじめて魔王に会う日

ずっと遠くから見ていたが、さすがは魔王を魔族を唯一殺せる力を持つ人間

その強さは魔族相手ならオレを遥かに超えている

「レイ、様子はどう?」

また…この高い山に来るなんて…憂鬱でしかないな

あの時の事を嫌でも鮮明に思い出すから…

オレはもう一度…セリを殺さなくちゃならないのか

それとも…これから、何度も…何度も…

「まだ…わからない」

勇者は魔王と話して剣を引いただけで、好きになったとは限らない

「気が変わるかもしれないから、暫くは見守るよ」

「見てるだけじゃ、この前と一緒よ~?」

遠回しにオレが何もしなかった事を光の聖霊は責めているようだった

嫌われたから殺す

しかし、他人からは嫌われたから殺したって言われたくなくて、オレはセリを殺す理由になる時をただ待っているだけなのかもしれない

見たくないのに…見れば見るほど…羨ましくて、妬ましいのに


日に日に、セリは目に見えて魔王に惹かれていく

積み重ねた前世の影響は大きく、はじめて会ったはずの魔王には心を開くのも早かった

暫くしてから魔王が一言セリに愛していると伝えれば、迷う事なくあの綺麗な笑顔で頷く

激しい嫉妬でどうにかなりそうだ…

「レイが悪いと思うな~?だって、魔王は勇者に合わせてあげてるけど

レイは(勇者にとっては)初対面で1時間もしないうちに脅してキスして押し倒したんでしょ?

いくらイケメンでも、それは怖いし引く!」

「それは…後悔している

あの時は何十年の気持ちが抑え切れなくて…初恋なのもあってだな」

ちょっと待て、初対面で5分もしないうちに彼氏になれって言って抱き付いて来た女はどこのどいつだ?

お前だよお前

「言い訳しないで!2人がくっついたならさっさと殺して!!」

「言われなくても…」

キスする前に殺してやる…その先は今回は絶対に許さない…

集中して狙いやすい場所に来るのを待つが…光の聖霊が言った通り、簡単には殺せなさそうだ

魔王にはあの時の記憶がある、それを警戒されている

夜まで待つか…明るいうちは警戒されていて何も出来ない

夜になれば魔王の警戒も和らぐかもしれないが、オレは昼だろうが夜だろうが関係ないからな

夜になるまで休憩していると、いつの間にか空には明るい満月が大きく上がっていた

ありがたい、夜も昼と変わらないと言ってもやはり明かりがあるのは助かる

「レイ、いよいよね」

「今回は窓越しでも狙いにいく」

あれから数十年経てばオレの弓の腕も上がっていた

魔王の部屋を見張っていると満月を見に窓へとやって来たセリの姿が目に入る

すぐに弓を向け氷の矢を引く……

絶好のチャンスだ…矢を放とうとした時

後ろから魔王に呼ばれたのかセリは振り向く前から綺麗な笑顔をこぼした

その笑顔に一瞬迷ってしまうが、セリが背中を向けたらオレは氷の矢を放って窓を貫き君の心臓を撃ち抜く

その笑顔で…魔王の傍へ行かせたくなかった……

行かせたくなかったけれど…動かなくなるセリを見て、オレの手も身体も震えて……

やっぱり…後悔した…強く深く…自分を呪うくらい

幸せになりたい…

って、セリの言葉が頭を過る

オレが向けてほしかったその笑顔は…幸せの笑顔だったんだ…

それをオレは二度も奪って…殺してしまうなんて…

やっと幸せになれる愛しい人の幸せも喜べず、壊すだけのオレは最低な男だ…

最後の理性が吹き飛ぶような感覚に陥る

「はは…はははは…」

笑いが…止まらない

「レイ……」

どうせセリはまた生まれ変わってくる

今度は魔王になんか渡さない

どんな手を使ってでも…嫌うなら嫌えばいい

今更、二度も君を殺したオレを覚えていないと言っても愛してもらえるとは思っていない

だから…次こそは…君を……

「はっ!レイ、逃げて!?」

光の聖霊の悲鳴とともにオレの目の前に魔王が姿を現した

勇者を殺せば魔王も死ぬ、しかしそれは同時ではない

少しずつその姿を消していなくなる

そうか…消える前にオレを殺しに来たんだな

逃げようと思えば逃げれただろう

それでもオレは逃げなかった…この男が憎くて…羨ましく…妬ましかったから

「あんた間抜けだな、二度もオレに恋人を殺されて

次も見てな、オレはあんたの恋人を…」

話の途中でオレの首が吹き飛ぶ

魔王は…強いんだ…わかってた……わかっていたさ

「二度とこの世界に生まれないようにしたので、貴方に次はありませんよ…」

耐えられなかった…二度もセリを殺した事に…

このまま生きていても自分を自分で止められないとわかっていたから…オレは魔王に殺される事を受け入れた


それから暫くしてその世界は勇者を殺せる者がいなくなり、運命がズレていき世界は終わりを迎える

運命に逆らった結末は魔王の復活も勇者も生まれ変わる事がなくなり、後は静かに世界の終焉を待つだけだった…



オレは現世で飛び起きるように目を覚ました

「はぁ…なんて……」

最悪なんだ……

自分で自分にドン引きする…しかも重度のメンヘラ……自分勝手な…

気分が悪い…オレはセリを二度も殺しただけじゃなく、心を傷付けるような事まで……

オレは…セリを愛していたんだ……

否定したい所だが、どうやら無理なようだ

これはただの夢じゃない…

前世の夢が見れるお香などと嘘も大概にしろ

これは夢じゃない、前世の記憶を蘇らせるものだったんだ

つまりオレは現世でセリカを愛して初恋だと思っていたが、前世の記憶を思い出した事で

セリが初恋の人となる、そんな感覚なんだ

ずっと大親友だったセリが…好きだったのはずっと昔の事だったとは言え、多少はそう言う目を向けてしまう事になるのか

大丈夫…今の気持ちはちゃんとセリカに向いている

セリは初恋の人…好きだったのはずっと昔の話、今は大親友だ

それに今の世界で光の聖霊は勇者を倒せと言っているが、それはもう世界が変わってしまったここでは関係ないだろう

光の聖霊に話して説得しよう

オレはセリを殺したりしない、もう世界は関係ないから…

「レイ…」

セリに声を掛けられて身体が反応する

どんな…顔をすれば…とにかく過去(前世)の事を謝りたい気持ちで胸がいっぱいだ

「セリ!すまなかった…オレはセリを傷付けて…脅して押し倒したりなんかして…」

ベットの上で頭を深く下げる

セリの顔を見れない…

セリも前世の夢を見たなら、オレと同じように記憶が蘇ってるはず

ずっと昔の事でも、感じた全ての感覚すらしっかりと記憶として残っているのだから…

「えっ?(俺を殺したコトじゃなくてそっち?)あぁ、あの時の話か」

「許してくれないと思うが、オレはセリに絶交されたくないんだ」

セリに嫌われたら…オレは……

「何言ってんだよ…ずっと昔のたった1時間のコトより、俺達が大親友してた時間の方がずっと長いだろ?」

優しい声で顔を上げてと言われて、オレはやっとセリの顔を見る事が出来た

前世から変わらない…オレの理想の人が目の前にいる

綺麗だ…いつ見ても何度見ても、オレはこの綺麗な人を愛していた…

「許してくれるのかい?」

「それにキスはされたけど、その先は未遂だったじゃん

気にしねーよ、あんなの」

笑い飛ばして、ほらいつもみたいに…とセリは両手を広げてくれるから、オレはそれに甘えてセリをいつものように力いっぱい抱き締めた

時間があったら未遂じゃなかったかもしれないって…言えなかった

黙って…隠そうとするオレは嫌われたくないからって卑怯だとしか

でも、やっぱり落ち着く…セリがこうして傍にいてくれる事が、オレの大切な…命を懸けてでも守りたい大親友だ

「すまなかった…もう、セリを傷付けたりしないから」

「うん…」

「しかし、あんな夢を見てもセリはオレが起きるのを待っていてくれたんだな」

セリはもっと辛い前世の記憶を思い出したに違いない…

何度生まれ変わっても、変わらない運命なら…薄々気付いていたが、セリはやっぱり…あの1時間の時に話したような事が……毎回…

「んーだって、レイをほったらかしにしたらまた無理心中仕掛けられても困るし」

へへへとセリは冗談っぽく可愛く笑った

起きた時にセリがいなかったらそうなるくらいの精神状態だったかもしれない

自分のおかしさに気付きながら、それでもオレは…セリを求めてしまう

君を守ると幸せにすると言って誓っていても…結局、オレはセリがいないと自分が満たされないからと暴走する

君を幸せにするんじゃなくて、オレが幸せになる為に…君を束縛しているんだな

「もっと…大人になるよ

セリを二度殺した事も受け止めて…これからも君を守ると約束する」

「……うん…レイ…」

いつまでもメンヘラやってられない

こんな弱いオレじゃ、この恋は叶わない

オレはセリカを幸せにする…この命に懸けて、前世のオレに目を背けず受け入れて…もう見失わないように

後、オレに前世の記憶がないからって光の聖霊のやつオレの恋人だって言い振らして嘘付きやがったな!

まぁ…アイツの気持ちもわからなくはないから…許してやるか

何があっても、付き合わないけどな

「レイ、久しぶりに音楽を聴かせてくれよ」

あれだけ長い夢を見ていたのに、オレもセリも少しの数時間しか眠っていなかったようでまだ外は真っ暗の夜だった

やはり…夢と言うよりこの短時間で前世の自分の記憶を思い出したと言う事なんだろう

笑顔でセリにそう言われたら喜んでそうしよう

オレはセリを連れて外へ、寝静まる街の邪魔にならない離れた丘の方まで行く

「どんな曲をご所望で?」

「明るくて楽しい曲!久しぶりに踊りたい!」

リクエストに応じて音魔法と一緒に楽器も取り出す

楽器を奏でて音楽を流してやると、セリは合わせて自由に踊ってくれる

音楽が大好きなセリは久しぶりのダンスにとても楽しんでいる

最高の笑顔で…嬉しそうに…

オレはずっとセリの綺麗な笑顔がほしかった

香月さんと和彦さんにしか見せないあの笑顔が…

でも…彼らでは決してセリにこの笑顔をさせてやる事が出来ないだろう

オレにしか、出来ないセリの大好きな音楽だから

彼らに向けるあの綺麗な笑顔に比べたら敵わないとわかっていても

オレはセリのこの最高の笑顔を…これもひとつの幸せな笑顔だと言うなら、それで十分だ



-続く-

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