摘蕾(てきらい)

YUUKA

夏輝は風変わりな男子生徒だった。


名前は随分きらびやかだけれど、本人はこよなく喫煙を愛する世捨て人風で。

いつも日陰のひっそりとした場所にしゃがみ込んでいた。


「皆が花火大会行こうって言ってたよ。夏輝も行こうよ」


クラスでも浮いている夏輝を、私は何故か放っておけなくて、いつも声をかけてしまう。

彼は迷惑そうな顔をするでもなく、ぼんやりとした顔で私を見た。


「あんたには俺が見えるんだな」

「え?」

「俺はさ……実体のある幽霊みたいなもんだから」


こんな事を言って、夏輝はまた新しいタバコに火をつける。

校則違反だとかそういう説教めいた事は言いたくなくて、私はそのまま彼の口から出る白い煙を眺めていた。


「摘蕾って知ってる?」

「てき……何?」

「て・き・ら・い。柿の実が成る前の6月くらい……まだ花開く蕾の段階で間引くんだ。それを摘蕾っていうんだけど。いい実が成る為には必要な事だよ」

「そ、そう」


何故夏輝がこんな事を言い出したのか良く分からなくて、思わず口ごもる。


「今夏じゃん?この前さ、もう実になってるのに青いまま切り落とされた柿の実をふんづけちゃったんだけど」

「うん」

「あの青い柿って俺みたいだなって思った。摘蕾される時期を逃して実になっちまって……でも出来損ないで結局切り落とされるっていう」

「……」


こんな饒舌な夏輝は後にも先にもこの時だけで、もしかしたら彼の家で何かあったのかもしれない……と、今は思う。


夏輝の双子のお兄さんはたいそう出来が良くて、トップの高校から東京大学を目指していると聞いた事がある。だからと言って夏輝が頭が悪い訳ではなかった。

私が知る限り、彼はいつも勉強している姿なんか見せないのに学年のベスト10に入っていた。


でも、きっと彼の中で自分の存在っていうのは「青い柿」に重ねてしまうようなものだったに違いない。


「私は夏輝が好きだよ」

「……は?」

「あっ!いや、好きっていうのはその……クラスメイト的な……」


思わず言ってしまった私の言葉。

嘘でもなかったんだけど、誤魔化すように慌ててしまい……彼に爆笑されてしまった。


「花火大会楽しんで来いよ」


それだけ言って、夏輝はジリジリと焼けつくようなグラウンドに向かって歩いて行ってしまった。




汗がしたたる暑い夏の日が来ると、私はいつも夏輝を思い出す。


友達と見た花火大会は楽しかったけど、何かが物足りなかった。

もっと強引に誘っていたら、夏輝は来たかもしれない……なんて思っていた。


孤独な光を湛えた彼の目を見つめた時に響いたあの感情が何だったのか。

今もまだ分からない――――――。


摘蕾(END)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

摘蕾(てきらい) YUUKA @nyao_i

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る