詩音の忘れ物
詩音が帰宅すると家の中は真っ暗だった。きっと祖母は寝ていて、詩音がいないことなど気づきもしなかったのだろう。
静かに自室に戻ると、暗い中でなにかがちかちかと光っている。それはベッドに放り出したまますっかり忘れられていた詩音のスマートフォンだった。詩音がおっかなびっくり液晶画面に手を当てると、メールが一通届いている。それは詩音の父親からだった。
"8月xx日に迎えに行く"
たったそれだけのメッセージである。
「明後日じゃん」
正確には日付が変わってしまっているから明日である。詩音の心中は非常に複雑だった。
やっと、迎えにくてくれる。
こんな、急に?
詩音のこと、忘れていなかった。
詩音の予定は確認されない。
直接連絡をくれた。
おそらく祖母はとっくにいつ詩音が帰るか知っていただろう。
相反する感情に詩音は揺れる。なにより三海の言葉が耳に残っていた。このまま自分は親の言いなりになっていて良いのかと、ちゃんと言いたいことを言うべきではないかと思う。
よく考えたら、詩音は親が自分に無関心であることについて、自分から親になにか言ったことはないのである。言ってしまったら、本当に親が自分のことなどどうでもいいとわかってしまう。だから怖くて言わなかった。
しかし、なにも言わないでおいて、自分の都合のいいように接してほしいと思うのは図々しいことだ。それに、その寂しさを夜と三海で埋めようとしていた。自分は嫌なやつだと詩音は落ち込む。
「明日、三海に謝ろう」
もう会ってくれないかもしれないし、三海は嫌な顔をするかもしれない。それでもちゃんと三海と会って話そうと、詩音はスマートフォンを握りしめた。
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