詩音の携帯電話
夕食後も詩音は自室のベッドでスマートフォンを眺めていた。誰からの連絡もない。毎日毎日肌身離さず持ち歩いているが、姉はもちろん、両親からも連絡はなかった。
「このまま一生なければいいのに」
ぽつりとつぶやく。
夏が終わったらこの町の小学校に夜や三海と通うのだ。きっと楽しいに違いない。授業中にこっそり手紙を回したり、給食のデザートを取り合ったり、そういうことを夜と三海としてみたかった。でもそれが叶わない願いだとわかっていた。
詩音の両親はいい学校に行っていい学習を受けていい会社に入っていい相手と結婚すれば幸せになれると思っている。と、詩音は思っている。だから田舎暮らしなどどれだけ詩音が望んでも理解しないだろうし、詩音自身も都会に慣れきっているため今更田舎町で暮らすのは大変なことのように思えた。
詩音のスマートフォンはぴくりとも反応しない。しまいに腹が立ってきて投げ出してやろうかと詩音は立ち上がる。
カーテンと窓をあけると涼しい風が入ってきた。
「気持ち、いい」
スマートフォンを投げるのは止めて夜風を浴びていると、外に誰かがいることに詩音は気がついた。
「……詩音」
「え、夜?」
「うん」
「なにやってんの、こんな時間に」
外にいたのは夜だった。詩音がびっくりして時間を確認するとすでに十時を回っている。夏休みのしおりにはそろそろ寝るように書いてあったはずだ。
なのに夜は昼間会ったときの服装のまま、詩音の祖母の家の前で手を振っている。
「ちょっと待って、降りるから」
詩音は慌てて、でも祖母に気づかれないように静かに外に出る。そこには先程と同じように夜が一人で立っていた。
「どうしたの?」
「家出してきた」
「え」
「理由は後で話すから、三海を迎えに行こう」
「え」
戸惑う詩音の手を引いて夜は三海の家の方へと歩きだす。詩音とて家にいたいわけでも、夜といたくないわけでもないので黙ってついていくことにした。
大丈夫だろうか、という不安はもちろんある。夜の町に危険がないわけではないし、夜の家族も心配するのではないか。三海の家族はもっと心配するのではないか。
それでも詩音は夜について行くことにした。
不安より、夜に対する信頼感と好奇心が勝ったのだった。
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