僕の話 第16話

 その日の昼休み、雄索に昨日の海辺での出来事と夢のことを相談した。

「よくもまあ、そんな怪しい人からもらった肉を平気で食べましたね」

 一通り話を聞いた雄索は最初にそう言った。十中八九死んでましたよ、とも言う。

「つまり今回はその一、二割を引けたということか」

「三回も繰り返せば九割九分死にますよ」

 本気で心配してくれているのだろう。雄索はいつになく真面目な顔だ。

「僕だっていつもこんなことをしている訳じゃないんだ」言い訳がましいが言わずにはいられない。

「その肉の香りにあらがえなかったんだ。あの香りを嗅いだ瞬間から自分を保てなくなったというか。それこそ催眠に掛ったみたいで」

「それって違法ドラッグとかのたぐいなんじゃないですか。依存性とかありそうでいやですね」

 雄索は僕の顔をまじまじと見て、異常性を確認しようとした。その顔を手で押し返す。

「大丈夫だって。あの肉が食べたくて食べたくて気持ちが抑えられないとかそんなこともないから。今は普通にあのお肉が美味しかったなって感想しかないよ」

 それに男にまじまじと顔を見つめられるのも気持ちのいいものでもないし、と心の中で付け足す。

「でも、その後体調を崩したんですよね。やっぱり体が拒否したんじゃないですか」

「一晩寝たら治ったし、そんな深刻に悩むことでもないって」

「天災は忘れた頃にやってくるって言いますし、一応病院行ったらどうですか」

「ほんとに大丈夫だって。あとその言葉は海尊の言葉だろう」

 あまりに過剰に心配するために僕は軽口を叩いた。

「残念ながら違います」

「その天才っていうのは」

「天からの災いで天災ですからね」

 ああ、と僕は納得する振りをした。

「まあ、発馬が大丈夫というのならその言葉を信じますけどね。何か異変があったらすぐに相談してくださいよ」

 そうするよと僕も答える。本気で心配してくれている彼を見ると、僕は友達に恵まれたと改めて思った。

「それで夢の方はどう思う」雄索に振る。

「フロイトは夢は潜在的欲求の現れと言いましたよね」雄索が言う。

「僕もそう考えたんだが、たぶんそれは間違っていると思うんだ」

「著名な学者の意見を真っ向から否定ですか。何か根拠があるんですか」

 雄索の問いに対して僕は明確な答えを持っていた。しかし、それを言うのもまた気恥ずかしい。

「あんまり大きな声では言えないんだが、金髪は好みじゃないんだ」

 僕は雄索にしか聞こえない程の小さな声でそう言った。

「それは確かにフロイトが間違ってますね」

 やっぱりそうだよなと雄索と二人頷く。

「夢占いなんかですと、夢に出てくる水は自分の感情を表すとも言いますね」

「そうなのか。夢の水は波も立たず静かな水面だったから」

「心が凄くに安定していていいんじゃないですか。ちなみに男性の夢に女性が出てくる場合は恋愛に対して欲求不満らしいですよ」

 雄索の顔に下卑げひた笑みが戻る。

「溜まってるんじゃないですか」

「食欲に負けて性欲にも負けるのか」

「人間である限り仕方がありませんよ。でも逆に言えば、欲求があることこそが人間である証明とも言えるんじゃないですか」

 まあでも、と雄索は付け加える。

「最後は溺死させられそうになったんですよね。その劇的な終わり方を考えると普通の夢占いで説明が付けられるかどうか分かりませんけどね」雄索がそう締めくくる。

 溺れた時の感覚があまりにもリアルすぎて今思い出すだけで気分が悪くなった。夢で死んでも現実に戻ることができたのだろうか。疑問は疑問のままだった。

「でもその時お姉さんの声で起きれて良かったですね。そのまま引き込まれていたらどうなっていたことか」

 背筋が凍る。腹の方から何かが込み上げてくる。

「でも結局夢のお話しですからね。夢はただの夢。それ以上でもそれ以下でもありませんよ。深く考えるだけ損をするってこともありますよ」

 僕の表情から察したのか雄索がそこで話を打ち切った。感情の機微を見逃さない、彼の良い所の一つだ。

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