9-2

「これで三件目か。流石にうんざりしてくるな。どいつもこいつも似たようなことしか言わねえ」


 シマが煙草に火を点けたので、僕も倣う。

 黒の船団から帰還してすぐ、ロッカ社は郵便飛行を再開した。改修のために集まったメンバーも解散して、報酬の支払いも滞りなく終わったそうだ。


 黒の船団については、シマには話したが(これについては船団とも合意しているとのこと)、それ以外には一切口外していない。特に何か異変があったわけでもなく、僕達は一見して平穏な日常に里帰りしたと思われた。


 それもやがて終わりを告げる。僕に関する問い合わせが少しずつ出始めてきたのだそう。黒の船団が情報を流したわけではないだろう。恐らく、改修に協力した会社から僕の名前が漏れたのだ。テスト飛行で操縦桿を握ったから、僕の腕も、分かる人間には分かったはず。それとシラユキという名前。二つのファクタを結びつけて、人手不足、少しでも優秀な人材が欲しい戦闘会社の人事が動き出しているというところか。

 魔女の予言は当たった。


「で、どうするのか決めたのか」


 実に、僕が今煙草を求めた理由がそれだ。どうするのが正しいのか、どうするのが最も利益なのか。思考の潤滑剤としてニコチンとタールが必要だった。もちろん報酬は段違いだけど、リスクもある。ただ僕の躰がリスクを求めていることについては認めるに如くはない。


 では何が天秤の片割れに重みとしてあるのか。


 煙を喫う。認めざるを得まい。


「シマ」

「社長をつけろ」

「本音ではどうかな。僕がこれ以上ここにいるのは迷惑?」

「決めるのはお前だ。お前がぴしりと断るつもりなら、俺も全部の問い合わせをシャットダウンしてやる。そのくらいの仁義はある」

「だから社長をつけなかったんだ。ミモリの祖父としての意見を聞きたい」

「いい加減にしろ疫病神ってのが正直な気持ちだな」


 言葉もない。三度目はついに企業が危険視する自由船団との接触。ミモリにも言われたけど、僕に何か憑いているのか、僕自身が疫病神なのか。


「が、四度目があるとは限らん。そもそも、これまでのトラブルだってお前自身のミスではない。もしその時ミモリ一人だったら死んでいたかもしれん。そう考えると無碍に出来ないのも事実だ。俺はそこまでアンフェアではないつもりだ」

「どうかな」


 僕の呟きは聞こえたと思うが、シマは何も言わない。


 剣山連邦で僕を襲った老爺は、果たして何の目的であっただろうか? 狙っていたのは僕の命だとしたら?


 セントラル爆撃について疑義を挟む余地はない。あの時、僕はしなくてもいいことをした。誰にも話していないけれど、知ればシマは僕を解雇するに足る理由だと判断するはずだ。


 そして黒の船団。彼らについて僕は正常な判断をしただろうか、尋常な行動をしただろうか。そもそもの遭遇のきっかけは僕ではあるまいか?


「おい、シラユキ。間違えるなよ、お前はここにいるべきかどうかでなく、お前自身がどうしたいかで進退を決めるべきだ。……本来なら経営者からこんな台詞を言いたくはないんだが」


 彼は善良な人間と言ってよい。これは若者に対する老人としての助言だ。蓄積してきた時間は人間によってその質を異にするが、少し付き合いがあれば鑑定は可能だ。その意味でシマの言葉は僕にとっての助言たり得る。


「どうしようか、本当に悩んでいるんだけどね」

「一つだけヒントをやる」

「え?」

「さっきの奴もそうだが、期限を揃ってあと一週間に絞ってやがる。そんなに遠くないうちに、どこかの空域で戦争が起きるだろうな。それを見越して人員を集めていると思っていいぞ」

「なんだ」


 僕は吐息。


「すぐ戦えるんだ」

「お前はそういう種類の人間だとは思っていた」

「どういう?」

「戦いが近いと聞いて怖じ気づく奴と、楽しみだと思う奴がいる。お前は後者だな」

「そうなのかな」

「少なくとも怖じ気づいてるようには見えない」

「三つ目の答えはないの? 仕事だと割りきっているとか」

「恐怖は消せない。それを上回る高揚で誤魔化しているだけだ」

「そうなのかな……」

「俺の息子もそうだった」

「それってミモリの父親だよね」

「ああ」


 彼は細巻を一服やり、陰鬱にうめいた。


「企業軍のパイロットだった」

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