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シラユキという名前が本当に僕のものなのか分からない、というのは、本当だ。
全く覚えていないわけではない。覚えていることもある。
例えばそれは、操縦桿の固い手触りだとか、スロットルの重さ、加速の海、息苦しくなるあの瞬間、反転の開放感、そういった、飛行機に関することだけは何故だか鮮明に覚えている。
たぶん、そいつは脳ではなく躰のほうに刻まれた記憶なんだろう。脳科学者がいたら別の話をしたかもしれないが、そんなもの僕には関係がない。
気づいたら、ミモリの働く会社近くの海辺に倒れていたらしい。様子からして流されたんだろうとも。
身分証を何一つ持っていなかったところからして、まともな状態じゃなかったのは推測できる。でもそれ以上のこととなると何も分からない。知らない。覚えていない。
僕にとって最大の幸運は、ミモリ・ロッカに拾われたことよりも、彼女が郵便飛行士で、その自宅が個人所有の飛行場であったことだろう。
僕はそこで飛行機に出会った。
フレガータ。
真紅に塗られた胴体。
丸みを帯びたキャノピィ、直列六気筒のエンジン。単葉の翼にはワイアが張られている。
旧世代機。でも、空を飛ぶことだけを考えて作られた独特の美しさが、あった。
しばらく魅入っていたら、ミモリが気づいて僕に乗ってみるかと誘ってくれた。上空で操縦桿も握らせてくれた。
それが、発端。
僕にパイロットの技術があることが、僕自身にも分かって、それでミモリと同じ郵便飛行士として働くことになった。
僕としては感謝している。
こつこつ働くことも嫌いではないけれど、心だけは空に置き忘れてきたように、空に焦がれていた。きっと、他の職業に就いても、心の中だけは空虚なままだろう。
生まれつき、それだけしか与えられなかった子供みたいに……
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