きみの好きなうた



 あ、まただ。

 彼が話しているのをチラッと見た瞬間、バチッという音がするんじゃないかと思えるほどしっかり目が合う。慌てて、それでも不自然にならないように視線を外す。

 気のせいでなければ、最近ずっとだ。休み時間、授業中……数えたらキリがないくらいに。視線を感じて見たら、という時もある。

 私の視線に気付いてこっちを見ているのだとしたら、気持ち悪がられているのかもしれない。だけど彼を見ているのは私だけじゃないし……でも本当に気持ち悪がられていたら、立ち直れない。

 暗くなっていても仕方ないから、思考を別の方に持っていくためピアノの譜面集を取り出し広げた。

 私は帰宅部だけど、音楽の先生に頼んで学校のピアノを使わせてもらっている。

 弾く曲はそのときの気分によってだけど、どちらかというとドラマや映画のテーマソングが多いと思う。クラシック系は家で練習しているから、気分転換にやるなら別ジャンルがいい。

 今日は何にしようかな?

 頬杖をつきながらパラパラと捲っていると、譜面に陰が差し込んだ。

「なあ」

 彼の声が頭上からして、驚きつつ顔を上げる。

 もしかして、ジロジロ見るなって言いに来たとか? 女子の視線が痛いので、わざわざ言いに来なくていいから、見ないようにするから話しかけないで欲しい……。

「な、何?」

「あんた第三音楽室でピアノ弾いてるよな?」

 返ってきた言葉は意外なものだった。

「う、うん。もしかしてうるさくて集中出来ない?」

 私の使っている第三音楽室はグラウンドに面している。

「いや、そういうんじゃなくて……今日も弾くなら、その……聴きに行ってもいいか?」

 ………………

 たっぷり十秒の間。

「え!?」

 またしても返ってきたのは意外な言葉。

「え、で、でも部活は?」

「今日休み」

「そ、そうなんだ」

 なら後ろで睨んでいる女子の皆さんと遊びに行くとかすれば……あ、もしかして他の人も誘ってくるのかな?

「で、いいか?」

「い、いいよ……」

 私はそう結論付けて頷いた。



 なんでこんな状況に?

 勿論状況とは、音楽室にいるのが私と彼だけということ、だ。

 好きな人と二人きりの状況で弾くなんて、ある意味発表会とかコンクールとかよりも緊張するんですけど……!!

「な、何かリクエストってある?」

 黙っているのも変だし、何か弾かなきゃいけないと思って訊ねると、彼は今話題のドラマ主題歌を挙げた。

 静かに息を吸い、心を落ち着かせる。音色というのは正直だから、演奏者の心情を聴き手に伝えてしまう。楽しんでとかはいいけど今の私みたいなのはダメだから、出来る限り平常心で。


 ♪~♪~♪~


 この曲、キレイだな……。愛する人のことを想っている曲だから、優しくてほっとしてくる。

 最初は頑張って平常心を保とうとしていたけれど、弾いているうちにこの旋律のせいか心は穏やかになっている。

「なあ。俺、あんたのこと好きなんだけど」

 びんっ

 予想外の言葉にキーを間違え、曲が止まった。

「え?」

 聞き違え? それともからかわれてる?

「ピアノを聴きたいなんて、ただの口実で……本当はあんたと二人きりになりたかったんだ」

 え? え?

 椅子に座ったまま頭がプチパニックになっている私に近付いてくる彼の表情は、試合の時とはまた違った真剣さを伝えてくる。

「俺と、付き合ってくんない?」


 最初に好きになったのは、グラウンドで走る彼の姿だった。この音楽室からそれを眺めている時間はとても幸福しあわせな時間だった。

 同じクラスになれた時はすごく嬉しくて、視界に入れるだけで充分で話し掛けることなんて出来なかった。

 よく目が合うようになって、ドキドキしたり不安になったりした。


「うん……」




 これからも私のドキドキと不安と幸福しあわせな時間は続いていく。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る