ツマクレナイ

カゲトモ

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「もう、放っておいてよぉ」

「ちょっ蘭子さんんん」

 これが漫画ならその背中から焦るような汗の描写が描かれるのだろう。それからきっと蘭子さんの目は白目で描かれるはず。それから『おそろしい子』って心の声が入るはずだ。

 だって、万年片思い中の浩太郎さんが若い子とデートしている現場を見てしまったのだから。

「落ち着いてくださいよぉ」

「うるさいっ! これが落ち着いていられるものかぁ!」

「せめて声のボリューム下げてくださいぃぃ」

 蘭子さんとは裏腹に、店内は落ち着いていた。粗方客は帰った後だったし、今店内にいるのは常連の客だけだ。が、それを知ってか知らずかバリバリのキャリアウーマンの蘭子さんはスーツ姿でおいおいと泣いている。甚だ営業妨害だ、とは言えない。蘭子さんはお得意様だし。

「大丈夫? 斉藤君」

「ます「ちょっと! なんで斉藤君の方に訊くのよ! どう見たって私、だいじょばないでしょ!」

「だいじょばないって」

 若い子でもあるまいし。

「あ、今失礼なこと考えたわね」

「斉藤君、片付けお願いしてもいい?」

「はいっ」

 斉藤君の顔に元気が戻ったのを見て視線を蘭子さんに戻す。

「あまりうちの子を困らせないでください」

「困らせてなんかないわよ」

 「ふんっ」と鼻を鳴らしてから「ズズッ」と鼻を啜った。控えめでいて女性らしいレースの付いたハンカチを押さえた指には、丁寧に塗られた赤いネイル。それはとても蘭子さんに似合っていた。

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