第12話 金曜日のランチベンダー

堀川保吉は最近密かにハマっている事がある。


保吉は3ヶ月前から弁当屋で働いている。最初は覚える事や、フライパンとフライヤーとしか喋らない無口な店長と狭いキッチンでいる事がストレスで何回か辞めようと思ったが、2ヶ月すると慣れ、今ではメニューを見ずとも弁当の名前と価格が出てくるし、無口な店長に対しても何も思わなくなった。しかし"慣れ"というのは退屈・単調な生活の始まりを意味する。保吉も毎日弁当の注文を聞き、弁当を作る毎日に最初とは違う意味で嫌気がさしてきた。狭いキッチンで油の匂いを嗅ぐたびにまた単調な一日が始まるのかと気持ちが塞ぐ。


この単調さをお打破しようと保吉は毎日くるお客に対し密かにアダ名をつけるのにハマっている。保吉が働いている弁当屋は小さな弁当屋で基本的に近くで働いている労働者が商売相手なり、毎日同じ顔ぶれが弁当屋に訪れる。その為アダ名をつけるには申し分ない環境だ。


例えば毎日唐揚げ弁当を頼む作業着のオッさんは

「唐揚げ」

毎日牛丼沢庵抜きを頼むヤクザ風の男は

「沢庵抜き」

毎日決まった物は頼まないが、メニュー表を2分じっと睨み悩む。

太ったOLは

「優柔不断デブ」

また金曜日の夕方に弁当4つと配達を頼んでくる家族は

「プレミアムフライデー」

など、ヒネリも何もないが

(おっ今日も沢庵抜きが来たぞ)

(おっ今日の唐揚げ機嫌良さそうだな)

と人生を楽しんでいる。



今日も優柔不断デブがメニュー表を2分睨んだ末に生姜焼き弁当を注文すると保吉は(今15:00か)、と時計を見ずに思う。弁当屋にくる客は頼むメニューも同じだが来る時間も同じだ。優柔不断デブはお昼休憩が遅くだいたい15:00にくるし、唐揚げは12:00沢庵抜きは13:30にくる。このような生活をしていると新キャラというか初めて見る客が来ると嬉しい。コイツは何を頼み、コイツはどんな癖があるのか

それらを観察してどんなアダ名つけようか考えるのが楽しい。最初のアダ名は唐揚げ、沢庵抜き、のように頼むメニューに引っ張れ過ぎたと自分でも反省していた。今後は優柔不断デブのように毎日くるが、決まった物を頼まないお客も出てくるはずだ。今後はソイツの雰囲気や仕草など注意深く観察してアダ名を付けようと思っている。そう思うと弁当屋に行くのが楽しくなる。今日、新キャラが来客するかもしれないのだ。


些細な変化を楽しむ能力が無い者は

長い単調な人生の中を歩んでいく事は難しい。


こないだこんな事も有った。

その日は近くで宴会があったのか唐揚げパーティーセット5個の注文が入り、無口な店長がいつも以上に不愛想にフライヤーと格闘していた。さっきも書いたが、基本的に常連客相手の商売なのでこのような突発的な大型注文がくると忙しい。そして配達には保吉が原付に乗って配達しに行く。そうなると店長がメニューを聞いて、店長が作って店長が盛り付けから会計までしないといけなくなる。そんな忙しい時に、コワモテの沢庵抜きがやってきた。丁度その時保吉は唐揚げパーティーセット5個目の盛り付けを行なっており、沢庵抜きをみると咄嗟に


「あっ、牛丼沢庵抜きでよろしかったでしょうか?」

とたずねてしまった。


沢庵抜きは弁当屋に毎日"牛丼沢庵抜きを頼む男"という印象を与えているとは考えた事もない。一瞬たじろぎ保吉をギロっと睨み

「じゃーそれで」

と無愛想に答える。

「牛丼沢庵ぬきぃいい1つ!」

大声でこの気まずい雰囲気を誤魔化し

5個積まれた唐揚げの塔をバイクに乗せ配達に向かった。それ以来、どんなに忙しくてもきちんと注文内容を聞いている。まいど睨まれたらたまったもんじゃない。


夕方にプレミアムフライデーが

ミックス弁当、ハムステーキ弁当、おろしハンバーグ弁当、幕の内弁当を頼んできたので保吉が配達に行く。

その配達帰りに道路に人だかりが出来ているのを発見した。何かあったのか近くまで行ってみると、どうやら交通事故があったらしくパトカーと二台の車が止まっていた。そこには、唐揚げと沢庵抜きが怒鳴りあっており、横で警官がなだめていた。


世間は狭い。唐揚げと沢庵抜きはお互い面識は無く、お互いに関する情報は何も持ち合わせてはいない。しかし保吉が弁当屋だという共通の情報を持っている。そして保吉はと言うと、唐揚げと沢庵抜きどちらも知っているのだ。なんだかよく分からない優越感に浸る。唐揚げも沢庵抜きもまさか

今口論している相手は、自分と同じ弁当屋に通っているとは露ほども思っていないだろう。


事故現場を後にし、帰りに弁当屋近くのガソリンスタンドで給油する。週にもよるがだいたい毎週プレミアムフライデーの配達終わりくらいに給油するのがベストだ。給油を終えると今週も終わったなと思う。(保吉の弁当屋は基本的に労働者相手の商売なので会社が休む土日は弁当屋も閉まる)


弁当屋に帰ると無口な親方が、

ご苦労さん、といって弁当が入った袋を渡す。無口で無愛想な店長だが根は優しい。


「あざす」

と言って受け取ると、牛丼弁当だった(沢庵は入っている)。帰りに発泡酒を買って帰宅する。


金曜日の夜に親方の弁当をアテにして

ビールをやるのが一番幸せだ。

しかも今日は牛丼なのでいう事ない。

ビールの二缶目に手を伸ばそうとした時にふと沢庵に目がいき一口食べてみる。沢庵が苦手な人も珍しいなぁ

、とポリポリしながら来週の常連客と新キャラへの出会いを期待しながら1週間の疲れを取る。


そしていつもの月曜日がやってくる。

唐揚げ、沢庵ぬき、優柔不断デブ

がいつも通りやってくる。唐揚げ、沢庵抜きは交通事故で心配していたがケガなど無かったようで安心した。

今後鉢合わせる事がないように唐揚げの注文は早くさばこうとは思ったが。


そして今週も過ぎていきプレミアムフライデーの配達が終わる。沢庵抜きと唐揚げの事故現場に差し掛かると、二人が肩を組み仲良く呑み屋に入っていく所を目撃した。あの様子だとおそらく2軒目だろう。交通事故がキッカケとなり二人の間に何があったのだろうか、そこにはどんな物語があったのか保吉は色々想像してしまう。そこには一つの物語が無ければならない。


いくらなだめても、口論を辞めない二人に愛想をつかした警官はとりあえず署まで二人を連れて行き二人に様々な書類を書かせる。二人はグチグチ言いながら書類を書き、ふと相手の書類を盗み目するとお互いの家が案外近い事を知る。


「お前アッコに住んどるんか!」

「あ?お前もかや!」

「おいお前アッコの弁当屋知っとるか?唐揚げが美味い弁当屋」

「馬鹿かお前。あそこは牛丼を頼む場所だぞ」

「お前何もわかってねーな」

「なんだと!」


またしても警官になだめられる二人。

しかし、お互い同じ弁当屋に長年通っている共通点を見つけた事で、警官を一人残し話が弾む。


「アッコの店長不愛想だよな」

「それ俺も思ってた。店内も汚いし、けど安くてウメェんだよな」


「ちょいこれも何かの縁だ。

唐揚げが美味いか牛丼が美味いか討論しに呑み屋に行こうぜ」


こうして二人は意気投合し飲み仲間になったかもしれない。


保吉はこの二人の間で起こった出来事を想像するしかない。

弁当屋である保吉は断面的でしかこの物語にはいっていく権利がないのだ。

しかし、弁当屋が一部でもこの物語に入って二人の間を繋いでくれてたらと思う。今後、沢庵抜きが唐揚げの行う

唐揚げ弁当プレゼンに押し負け、唐揚げ弁当を頼むかもしれないのだ。逆に唐揚げが牛丼沢庵抜きを頼むかもしれないが。今後の展開が気になる。



そんなくだらない事を考えながら保吉はいつものガソリンスタンドに原付を止めて給油する。弁当屋に帰ったら今日は親方何の弁当をくれるだろうか、先週は牛丼だったから今日は唐揚げ弁当がいいなーと思いながら上機嫌でガソリンスタンドを後にする保吉。


保吉が去った後、ガソリンスタンドの店員が呟く

「おっ金曜日のランチ・ベンダー機嫌良かったな」


それを聞いたもう一人の店員が

「何ですか?金曜日のランチベンダーって?」


「んあ?それはアイツのアダ名だよ。あの弁当屋毎週金曜日のこの時間に来るからな」


誰しもこの長い単調な人生を楽しもうと皆努力している。些細な変化を楽しむ能力が無い者は、長い単調な人生の中を歩んでいく事は難しいのだ。

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