第13話 人類最後の宿題
「今NASAから緊急ニュースが入ってきました。日本時間の明日朝8:00に重要な発表があると今NASAから報告が入ってきました。繰り返します……」
男は朝のTVニュースを半分眠った状態で見ていた。アナウンサーとスタッフが慌てている様子がTV越しに伝わる。何かNASAが発見したのだろうか。今の時代は何が起こるか予想がつかない。文明・文化を持った宇宙人を発見しても不思議ではない。
男は朝食を片付け髭を剃ると、会社へ向かう。会社へ着くと呑気な同期が
「おいお前ニュースみたか?
重要な発表だとよ!宇宙人だろうなー」
コイツと同じ程度の想像力しか持って無いのか、と自分の想像力の貧相さを悲しく思いながら仕事を始める。
仕事は嫌いじゃ無い。モチロン嫌な事もあるがそれは生きていれば必ずある。よく鬱になる社会人が
「毎日同じ事の繰り返しで何の為に生きているか分からない」
と言う。では逆に毎日変化に富んだ生活がしたいのか?
それこそストレスだと男は思う。
住み慣れた環境にわざわざ変化を与えなくて良いのだ。住み慣れた環境で同じ事をする事が1番ストレスがかからないと男は思う。
単調で退屈な宮殿を出れば外には
トラブルとストレスの悪魔が待ち構えている。であるならば、この住み慣れた宮殿内でいかに楽しむかを考えた方が利口だろう。
横をみると
呑気な同期が事務の女の子に
「ねぇねぇ、ニュースみた?宇宙人かな?」
と声をかけている。相手の女の子は明らかにめんどくさがっているが、同期は気づかず喋り続ける。それをみかねた上司が同期を怒鳴る。
今日も平和だ。
終業時間になり男は退社する。帰りに発泡酒を買ってシャワーを浴びてベットの上で発泡酒を飲みながら読書をする。宮殿内にあるささやかな幸せだ。読書に疲れると眠りにつき
朝起きて会社へ向かう。人生はこれで良いのだ。
しかし翌日は少し寝坊してしまった。
毎日同じ時間に起きて、毎日同じ時間に朝食を食べて、毎日同じ時間髭を剃るのに費やし、毎日同じ時刻の電車に乗る事に決めている男からしたら、このようなトラブルが1番ストレスだ。
朝食もろくに食べずいつもより一本遅い電車に乗り会社へ向かう。この電車でも遅刻はしないが、始業前に一本タバコを吸う時間が無くなる。ストレスだ。
少しイライラしながら会社へ着くと
同期が慌てて近寄ってくる
「お、お前ニュース見たか!?」
見てないと無愛想に言うと
「2年後に巨大隕石がくるんだよ!この地球に!」
周りをみると皆が始業前にも関わらず巨大隕石について話している。どうやら冗談ではないようだ。始業時間ギリギリだったが、事務の女の子から貰った号外を読む。新聞によると2年後に巨大隕石が地球に衝突し、もし衝突した場合人類は滅亡、地球は生物の生きることのできない星になるそうだ。
まるでSFだ。いきなりこんな事言われても実感が湧かない。号外を返すと
いつもより少し遅れて始業する。そしていつもより少し遅れて退社する。
家に帰りTVをつけると巨大隕石のニュースで持ちきりだった。どこの局も生放送で特番を設け、アニメCGを用いてゴツゴツした禍々しい隕石が地球に衝突していく様子を分かりやすく視聴者に伝え、アナウンサーは専門家に対し、衝突した時の地球への影響や人類は生き延びる方法が有るのか、など質問をしていた。
「NASAの発表した大きさの隕石がもし来るなら人類は確実に助からないでしょう。もし助かる方法があるならノアの箱舟を作るしかありませんな」
緊急特番の合間にニュースが入る。
NASAのこの発表を受けて、記者が総理大臣につめる。
「今情報を収集中です」
とだけ言い急いで車に乗り込む総理大臣。経済は世界規模で混乱し株と為替の大変動を受けて、経済連の会長にも記者は詰めかけていた。次の日には国会の前に民衆が集まり、情報開示を求めてデモを行なったが政府も知りようがない。まさにカオスだった。
それから一ヶ月は情報が錯綜し、情報に踊らされる人々がTVで報道された。情報に踊らされる人間ほど哀れなものはない。スーパーからトイレットペーパーが消え、ガソリンスタンドでは多くの行列が出来た。地球が崩壊するのに何故燃料や日常品を家に貯める必要が有るのだろうか。
また世界の富裕層がこぞって月の土地を買いはじめ、月の土地の価格が値上がりしていると報道するアナウンサー。土地を買った富裕層は2年後には宇宙飛行士でない自分が月面着陸し、そこで生活できるレベルまで科学技術が発達すると本気で信じているのだろうか。人類は1969年に月面着陸を成功したがまだ住むレベルには到底達していない。
TVでは何とか人類滅亡を防ぐ方法無いのかと連日特番が設けられ、隕石を撃ち落とす方法はないのかと専門家に問うたアナウンサーがいたが、映画の見過ぎだと一蹴されていた。
3ヶ月するとこの未曾有の危機に便乗し、ついに終末の時が来たと多くの新興宗教が生まれ始めた。
「あの隕石は神のお告げだ!
罪深い人類に対しついに神の怒りが爆発した。生き残りたい者はあの石と神を崇めなさい」
未曾有の危機は人々から良心と理性を奪った。どうせ皆2年後には死ぬのだ、と普段良心に満ちた人々さえも犯罪に手を染め犯罪が急激に増加し、毎日会社に通っていた人々も会社へ通わなくなり昼から酒を飲み怠惰な生活をするようになった。
男の会社では、1ヶ月すると徐々に皆が会社へ来なくなり、2ヶ月には上役でさえ会社へ来なくなり、ある日男が会社行くと社長でさえ来なかった。
誰もいない会社は男にこの世の終わりを想像させた。誰もいない真っ暗な会社で一本タバコを吸うと男は会社を後にした。
これは男だけの会社だけでなく、どこの会社も一緒だった。徐々に取引先の会社が機能しなくなりそれが連鎖してどの会社も仕事のしようがなかったのだ。収入がなくなりマンションの家賃を払う事が出来ずに追い出されると思ったが、不動産業も既に機能していなく退去の電話がかかってくることは無かった。
問題は食料だった。いくら2年後死ぬと分かっていても、それまでは今まで通り食べていかなければならない。
しかしどこのスーパーも機能していない状態だった。いつもくる納品業者が来なくなり、売るものがなかったのだ。
この非常事態に政府は
自衛隊、消防士、学校教員まで動員し大規模な炊き出しを行なった。しかしいつ公務員も業務を放棄し、この炊き出しもいつ無くなるのかわからない。
その為かボランティア団体や非営利組織の活動が活発になった。お金の繋がりが崩壊した今、頼りになるのはこうゆう組織だ。会社へいかなくなりこの様な組織に入る人も多く、人々に食料を提供した。
男は隕石が来るまでの間この住み慣れたマンションに住んでも良かったが、
交通機関が機能している間に実家に帰ろうと思いマンションを出た。年末年始とお盆しか帰ってこない息子が帰ってくると親は喜び息子を迎え入れる。
そこからは毎日親と炊き出しを貰いながら過ごした。会社人時代も毎日同じことの繰り返しだったが、少なくとも毎日会社へ行ってやる事があった。今は本当にやる事がない。自分のように実家に帰って来ているかもしれない旧友に連絡したりこっちでボランティア団体にでも入ろうかと思った。
暇は素敵だが適度にやる事が有って初めて素敵なものになる。暇をなくそうと男は実家に帰ってから散歩する事が習慣となっていた。今日は自分が通っていた小学校に行ってみる事にした。世界が終わる前に母校を訪ねるのは何かオツである。
昔通った登下校の道を歩きながら小学校へ着くと校庭に誰かいる、ボランティア団体の炊き出しの準備をしている人かと思い声をかける。
「んあ?誰だ?」
めんどくさそうにこちらに振り向く。
顔を見て男は思い出した。当時自分が小学生の頃からいる作業員の方だ。手先が器用で木材で小さなオモチャを作ってくれてそのオモチャを休憩時間によく見物しに行ったものだ。まだこの小学校に勤務している事に驚いた。
「あの作業員の方ですか?何してるんです?」
「あー?見て分からん?木を植えてんだ」
彼はあと18ヶ月で隕石が来るのに
小さな苗木をせっせと植えている。
「あのー隕石のこと知ってます?」
と聞くと、
「お前さー隕石衝突の発表時と半年経った今人々の心境の変化にきちんと気づけてるか?」
TVでは少し落ち着いたが未だに隕石関連の番組はほぼ毎日放送している。
「NASA発表直後人類は大きく混乱したが、あと半年もしたら地球全体で冷静に悟る奴が増えて来るぞ。別に死んでも生きてても変わらなくないか、むしろ皆死ぬのならこの長い単調な人生を終わらせる事のできるチャンスなのだと。隕石は絶望じゃない希望なんだと。滅亡は喜ばしい出来事なんだと。
この隕石のお陰で人類は深く落ち着いて考え始めるだろう。
【自分は何故生きているのだろうか?】生きる上で1番シンプルで1番深い質問に向き合い自分なりに答えを出さなきちゃならない。もし本当に神がこの隕石を投じたのなら人類に出した最後の宿題なのかもしれんな。」
ただ呆然とする男を無視して
作業員は最後にいう
「あと18ヶ月後には地球は生物の生きる事の出来ない星になる。それなのに今苗木を植えるのって素敵な事じゃないか?俺は今までこの校庭に多くの苗木を植えて来た。植えるたびにコイツはあと何年後には俺の背丈を超えるなとか、どんな実をつけるのかな、とか色々考える。そして実際その何年後には本当に背丈を越え綺麗な実をつける。しかしこの苗木は違う。俺の想像の世界でしか俺の背丈を越えることしか出来ないし、実を付けることが出来ずに生き絶える。お前からしたら凄く無駄な作業だと思うかもしれないが人生ってそんなもんだろ」
作業員はそういうと苗木を取りに倉庫へと行ってしまった。男は一人残され家へと帰宅する。
そこからは作業員のいう通りだった。
徐々に人々から滅亡する事へのネガティヴな感情は消えて、デモや犯罪は無くなり、残りの短い期間をより良く過ごそうと考える人が多くなった。
新興宗教も今までは
「あの隕石は神の怒りだ!!」
と言っていたが、いつの間にか
「あの隕石は神からの贈り物である」
と穏やかな調子で言い始めた。
残りの半年になると、皆がその隕石を待ちわびた。隕石は禍々しい象徴から
希望の象徴へと変わった。人々は隕石を崇め自分の今までの無意味な人生を省み、寿命が尽きるまで生きるのと今死ぬとの何の違いがあるのだろうか、それよりも地球全員で死ぬ事の出来るチャンスを与えてくださった事を神に感謝した。
男も皆と同じように自分の人生を省みてみた。毎日会社に行って帰ってベットの上で発泡酒を飲みながら読書をする毎日。別に不満は無かった。会社の人とも上手く付き合っていたし、呑気な同期が上司に怒られ、その晩同期が居酒屋で愚痴をこぼすのを聞くのが楽しかった。こんな生活が続いていつかは結婚して子供を授かったかもしれない。大金持ちとか有名人に成りたいとか思わない、ただ素朴に単調な人生を過ごしたいと思っていたし今でもそう思ってる。
しかし、隕石衝突は確実に近づいている。あの同期や事務所の女の子や作業員は今何をしているのだろうか。
何ヶ月前からTVも機能しなくなり
チャンネルを回しても砂嵐が流れるだけになった。NASAのホームページから衝突日数を確認する毎日。
そして訪れる衝突当日、日本時間の夜に衝突するようで人々は出来るだけその待ちわびた希望が良く見える所に集まった。
そして夜空に轟々と音を立てて希望が
見えた時人々は笑顔で手を振りながらその希望を迎えいれその生命を終えた。
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