人生ショートショート

芋粥

第1話 隣の住人

人間の絆はまるで鉄である。

一見硬そうに思える鉄も、一度火が通ればグニャグニャと動き、そのまま形を変えて冷めてしまえば昨日とは異なった形になる。



小学校の時毎日のように遊んでいた友人達も中学校にあがりクラスと部活が異なれば疎遠になる。廊下ですれ違っても向こうは向こうでこっちはこっちで新しい絆を構築し、それぞれ知らん顔をして通り過ぎる。当時は何も思わないが今思い返すと少し切ない。中学校の友達でさえ高校が離れればおなじこと。線路を一緒に歩いて冒険した友人でさえ、いつかは思い出の人となり最後は記憶の奥底に沈んでいく。

一年後には、いや明日には形を変えてしまような絆だらけの世界で何が本当の絆で誰を信用したら良いのだろうか

いやそもそも我々は何も信用出来るものがないのかもしれない。


ピンポーン

あるマンションのインターホンがなる。


部屋には男が一人。

社会人10年目の男は中堅社員として上司と部下にも気を使わなければならない難しい年代だ。今は日曜日の昼、男は朝に掃除と買い物を済ませ部屋でゆっくり読書をしていた。今日は宅配便が来る予定も無かったのに誰だろう、と玄関に行きドアの覗き穴を除くと、若い女性が緊張した面持ちで何かを持って立っている。男は淡い期待7割好奇心3割でドアを開ける。

女性が

「と、隣に越してきた者です」

と言ってピンクのリボンが付いた箱を前に出す。


今時珍しいなと思いながら、ご丁寧にどうもと言い受け取る。女性はこれから宜しくお願いしますと、口早に言うとそわそわと去っていった。


男がピンクのリボンを解くと中から可愛らしい形をした石鹸が5つ並んでいた。桜の良い匂いがする。いかにも女性が好みそうな品物だ。男はいい気持ちになりながら読書を再開する。

名前はなんて言うのだろうか

桜の匂いが好きなだろうか

春からこっちで新生活するのかなー

今から反対側の隣に挨拶に行くのだろうか、それとも既に反対側は済ませてからウチに挨拶にきたのだろうか

妄想して本が頭に入らず同じ行を何度も何度も読む。

こりゃいかんと切り替えて本を読む。


独身男は基本こんな事を考えている。

呑気な生き物である。



そして日は暮れて夜になり男は床につき、また一週間上司と部下に挟まれる生活を送る。その間にマンションのロビーで、女性と偶然すれ違いロマンスが始まる、という事はない。

人生にはそんな多くのロマンスは転がってはいない。そして退屈な日々をやり過ごしまた日曜日がやってくる。


男は例のごとく読書をしていると

再びインターホンが鳴る。男はドアに駆け寄り今度は覗き穴を見る事なくドアを開ける。しかし若い女性は立っておらず代わりに、白い髭を生やした男が立っていた。有名企業の幹部のような風格がある。


「隣に越してきた者です。

今後何かと迷惑をかけるかもしれませんがどうぞ宜しく」


そう言うとワインボトルを一本男に差し出す。男が受け取るの見ると

では宜しく、といって立ち去った。

2週間連続で引っ越しとは珍しい事があるものだな。そう言えば両隣は空き家だったけか、男はそれすら覚えてない。男はワインを呑みながら読書にふけりお風呂に入り床についた。


それから毎週日曜日になるとインターホンが鳴り、隣人が引っ越しの挨拶にやってくるようになった。

しかしそれは若い女性でもなければ白い髭を生やした男でもない。ある時は太った男、ある時は子育てに追われている主婦、ある時はサングラスをかけた怪しげな男…


男は何が何だか分からなくなる。

部屋には隣人が持ってくる品物がドンドン増える。石鹸、ワインに始まり、食器、お新香7種セット、ハンドタオルセット、カルピスセット。

何かのイタズラだろうか

それとも何かのテレビ番組…

しかし何故俺を対象にするのだろうか。色々考えては見るが何も答えが出ない。


そんな男の気持ちとはよそに

毎週日曜日になると隣人はやってくる。今日は長髪の若い男がやってきて

「これどうぞ。

俺実はバンドやってんすよ

これマジ名盤なんで。一回聴いてくださいマジロックなんで」

といってロックスターのCDを男に差し出す。


ついに10人目の隣人がやってきた頃には(そいつは図書券をくれて少し嬉しかった)

男は毎週日曜日が楽しみになり始めた。例えイタズラだとしても、毎週誰かがやってきて何かをくれるのだ。土曜日の晩には明日はどんな奴が来てどんな物をくれるのかワクワクした。そして30人目の隣人(そいつは外国人で何をいってるか分からなかったが外国のチーズをくれた)がやって来た時、男の中で考えが変わった。

こうも貰ってばっかりでは面白く無い。逆にこっちから挨拶に行ってやろうとと思ったのだ。もしイタズラだったらこっちから行って意表を突いてやろうという気持ちも有ったが、純粋に物をあげる立場になってみたいと思ったのだ。


来週の土曜日、男は朝早く起きて百貨店へ行き隣人へプレゼントする物を探していた。


隣人へのプレゼント選びとは実に難しい。性別さえ分からないのである。

友人や恋人であればその人がどんな人物で、どんな物を好むのかある程度判断出来るがそのような訳にはいかない。今回はどうせイタズラなのだから

そんなに本気になって考えなくてもいい訳だが、どうせ買うなら喜ばれる物を買いたい。男は迷いながらもプレゼントを受ける側から与える側になった立場をおおいに楽しんでいた。


男は色々迷ったが結局クッキー缶を買った。クッキー缶とはプレゼント選ぶ想像力の無い者の為に存在すると言っていい。しかし男はニコニコで家に帰りなんとなくシャワーを浴びて、フレッドペリーの灰色のポロシャツとベージュの短パンをはく。


何故か緊張している。

深呼吸して右隣のインターホンを鳴らす。


ピンポーン


反応はない


もう一度


ピンポーン


反応はない


今度は左隣のインターホンを鳴らす

ピンポーン


反応はない


いつも自分は直ぐ出たのに

こいつら…

男はイライラしてドアノブに手をかける。


ガチャ


鍵はかかってなく、男はおそるおそる中を覗くと中はもぬけのから。

まるで賃貸選びの際に不動屋さんと

一緒に回った時のような状態で

中には家具は勿論人の気配が無い。

男は急いで右隣のドアノブに手をかけるが、同じようにもぬけのから。

若い女性や白い髭親父、、売れてないロックンローラー、太った男。

あいつらはどこから来て

今どこにいるのだろうか…

男は自分の部屋に戻り今までの隣人がくれたプレゼントを集める。もう食べたり飲み干して捨てた物もあったが確かにプレゼントは貰った…

男はあげる予定だったクッキー缶を

貰ったプレゼントの横に並べる。

それは何だか不気味な光景だった。

まるで車の教習所で受ける講習みたいで年齢も生まれもバラバラな奴らが集まっているみたいだった。

男はその光景を眺めながら寝た。


翌朝男は目を覚ます

その光景は依然そのままで

男はあげるはずだったクッキー缶に手を伸ばしあけようとする。


ピンポーン


その時男の部屋のインターホンがなる。



そう今日は日曜日

隣人が挨拶にやってくる日だ。

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