公爵令嬢は棺に眠り、踊り娘は闇に嗤う

青峰輝楽

プロローグ

 いまやセレスティーナは掃除婦の頭巾を脱ぎ捨て、かつての淑やかな表情とは異なる凛とした貌で、未だあかぎれも癒えぬかつて白魚のようにしなやかで傷一つなかったその指をさして言い放った。


「天にある神よ御笑覧あれ。いま、ひとの皮を被った女狐が、栄えある帝国の皇妃の冠を戴こうとしております!」


 その声は、今まさに皇妃の戴冠が行われようとされていた荘厳な礼拝堂の隅々にまで響き渡った。枢機卿の前に跪いていた、豪奢な毛皮で縁取られた赤いびろうどのガウンを纏った女は蒼ざめ、そしてその隣に付き添っていた皇帝は、黒貂のマントを翻して怒りに顔を赤く染めた。


「まさか貴様はセレスティーナ?! とっくにこの世を去った元許婚めが、おのれの所業の所為で皇妃となれなかった怨みで、亡霊となってこの世に舞い戻り、この神聖な儀を穢す心算か? 誰だこんなものをここに引き入れたのは!」


 皇帝の野太い怒号は礼拝堂を揺るがさんとばかりに響いたが、かつて愛した人の怒りにも、セレスティーナの貌は微塵の揺るぎもない。

 そしてその肩を支えるように背後から手を置いて返答する男がいた。


「わたしだ、アシル=クロード」


 面妖な仮面をつけた男。だが、その装いはいつもの馬鹿げた派手派手しいものではない。この時の為に大金をはたいてしつらえさせた、皇帝と全く同じ黒の正装。それはすらりと引き締まった体躯によく似合っていて、最近鍛錬を怠りまだ若いのに最近少し腹の出て来た皇帝とそこだけ差を感じさせた。


「アルト……? 貴様、道化師風情が何のつもりだ!!」


 皇帝は喚き、気に入りだった宮廷道化師を睨みつけたが、かれの仮面に隠されたひとみは、真っすぐにその視線を受け止めた。

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