異世界の果て 20
物理的な障害に対してはディダバオーハでは対応しきれず、ゆえにタジ側で対処すべきという結論らしい。
安直に言えば力押しだ。
目の前のポリオミノはプログラムによってそこに鎮座している。噛み合わせの悪い歯のような鉄格子の間に腕を入れて思い切り力を込めれば動かすことは可能らしい。
(干渉するプログラムに対して干渉を繰り返せば、互いの力が無効化されるはずなんだ。つまり重力に均衡する大岩のようなもので、それを動かすにはタジの膂力に頼るしかない)
「なるほどな」
(でも、タジの身体はガスから実体化した極めて濃度の低い肉体だ。人間と変わらないとは言っても、これだけ大きなポリオミノを動かそうとすれば、腕がちぎれることは間違いない)
まるで、四肢の損傷が重大事のようにディダバオーハは告げる。唯一神である彼にとって、あるいは母なる地球を管理する者として、宇宙船に対するあらゆる損傷が将来的に致命的な問題になり得るだろうことまでプログラムされているからこそ、この世界に現れたタジに対しても同様の心配をしているとも考えられた。
自己修復にも限界がある。
それは人間でも機械でも同じことなのかも知れない。人間は世代交代をすることで、個の自己修復力だけでなく、群としての生存力を高めた。しかし唯一存在としての彼に、そのような概念は無い。
「はッ、腕くらいどうってことねぇよ」
小脇に抱えたボンベを傍らに追いやり、タジは目の前のポリオミノの隙間に、彼を阻む鉄格子に手をかけた。
(タジ?)
「うぐぐぐぐっ……確かに重いし、動く気配もねえな」
タジの周囲で、ポリオミノが嵐に吹き飛ばされる木の葉のように渦巻いている。その全てが漆黒の正四面体で作られた、壁。
空を切る音が、怨念のように空間を満たしていく。
鉄格子の、タジの力で軋む音が、断末魔のようにこだまする。
耐え切れなくなったのは、タジの腕だった。
ブシュウ、と隙間から漏れあふれるようにして、力の入った腕から肉そのものが空気となってその場に飛び散っていく。
(タジ!)
「気にするな、痛みはねえ。力がなくなることもねえ」
傍らに置いたボンベから常に供給されていたタジの有機質。その量が、腕の損傷によって露骨に増えていくのが分かった。
(それは、肉体の死を早める行為だ)
「気にするな、もともとお前にとっては塵芥にも満たない時間だ」
さらに力を込める。
断末魔のような軋轢音は、とうとう聞こえなくなった。
タジはようやくわずかに開いた鉄格子に身体をねじ込んで、二つのポリオミノを全身を使って引き離した。
「オオオオオッッ!!!」
蹴やる力と、背で押す力。ボンベからは先ほどタジが作られたガスの数倍はある気体が供給されている。
それでも、腕は修復が追いついていない。力を込めた脚から漏れる肉の量にも達しておらず、タジの四肢はあっという間に空気の抜けた風船のようにぺしゃんこになってしまった。
(それ以上、開ける必要は無い。すぐに生体認証するんだ)
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