異世界の果て 19
荒ぶる壁が、タジの周囲でせめぎあっている。
ディダバオーハが、彼の自由と不自由の間で戦っていることを意味していた。彼のプログラムの中には、彼にすらままならないプロテクトがかかっている。それこそ、彼が被造物である証明でもあり、この世界に彼が生きている証でもあった。
「行けそうか?」
(隙を見て動いてよ。僕はこれ以上のことはできないから)
皮肉っぽい言葉遣いではあるが、ディダバオーハがきっちり進路を確保しているのはタジにも分かった。
軋むポリオミノの壁の一部が、ぽっかりと開いている。
その突き当りこそが、生体認証を行う場所なのだろう。
タジはボンベを小脇に抱えて、ぽっかりと開いた一筋の道に向かって泳ぎ出すように跳躍した。
真空の世界には、タジの行く手を阻む一切の抵抗が無かった。一筋の道の果てに見える機械は、一枚の液晶板のようである。指紋認証か、虹彩認証か、あるいはもっと別の、タジには想像もつかない何かによる認証なのか……。
しかしタジにはそのどれをとっても認証が通るだろう確信めいたものがあった。船外生命体を考慮しての生体認証であるならば、ディダバオーハを作りだした人間と同じ種族、姿形をしているはずのタジが認証に通らないのは辻褄が合わない。
彼は、意思ある者の唯一の神であった。意思疎通がはかれるのも、彼の作る世界の中で人間が人間であったのも、全ては彼を作った創造神が人間であったからだ。
もう少しで液晶板に手が届くところまで到達したとき、ふいにタジの行く手を二つの巨大なポリオミノが塞いだ。
歪な噛み合い方は、矯正が必要な歯のようにガチャガチャとしているものの、それは向こうとこちらを截然と分ける牢屋の鉄格子のように、はっきりと見えるその先を塞いでいるのだった。
「ちっ」
思わず舌打ちをする。
跳躍の速度は壁によって殺がれ、今や生体認証を行う液晶板へ向かう道は完全に閉じてしまった。
(一筋縄ではいかないね)
ディダバオーハがつぶやく。そこに諦めなどの感情は一切込められていない。ただ、なるべくしてなった、という目の前の結果を受け止めているだけのようだ。
「何とかならないのか」
(さっきも言ったけれど、これが精いっぱいだよ。……確かに、この世界は僕でもどうしようもできないことがあるらしいね)
「それじゃあこの目の前の壁はどうしようもできないのか?」
(方法がないわけじゃあないけれど……)
「随分と歯切れが悪いな」
(恐らく、今の君の状態だとまず間違いなく腕がちぎれるだろうね)
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