異世界の果て 16

「僕を倒す?それは、この現実から意思ある存在を消そうという意味かい?」

 場の雰囲気が凍りついた。

 真空の中にあって空気も温度もタジは感じることはない。ボンベから供給される肉体には温感も触感もなく、つまり一切の痛覚がないにも関わらず、その場の空気が針の筵のように感じられたことに思わず苦笑いが漏れそうだった。

 きっとまだ、こいつには奥の手がある。

 タジが感じたのは、ディダバオーハがここにあってまだタジを何とかできる手段があるという予感だ。下手に刺激すれば、ディダバオーハの作りだす世界はそのままで、タジのような他人を慮ることのできない人間が、悪意をもって人間を殺そうとする魔獣が、欲望の暴走と白熱という名目によって溢れる世界が再生産されるだろう。

 そんな世界にさせないために、少しだけ優しい世界にするために、俺はいる。

 タジは首をすくませて、おどけるように言った。

「違うね。今のお前を変えようって言ってるんだよ。ディダバオーハ、お前は一人ぼっちで意思ある者の意思を消さないためにプログラム世界を作った、違うか?」

「その通りさ」

 機械仕掛けの神の仕事。

 それは、タンパク質の檻から抜け出した意思を管理し、次の檻へと正しく収監させること。

「確かにここは、母なる星であり、同時に宇宙船でもあったんだな」

「そう。ここには母なる星で生まれた魂の全てが、あるんだよ」

 魂などというものが科学で証明される次元の科学力。その事実にタジは軽い眩暈を覚えたが、しかしそれならば、魂を、意思の力を漆黒の正四面体に閉じ込めて、魔力や魔法という不可思議な力に変換することも可能な世界を夢想するのかもしれない。

 そう言えば、とタジは思い出す。

 異世界の魔法は妙にその魔力や魔法が万能ではなく、代償や消費するものが明確だった。そういうところだけは、如実に現実的なのかも知れない。

「なるほどな。つまりここは……というかお前の体内は、宇宙を旅する移民船だったんだな」

 周囲を見渡すと、星の瞬きのように見えた漆黒の正四面体が一際強く輝いた。

「ディダバオーハは、その移民船の全ての舵取りを任された管理者、アドミニストレーターって訳だ」

「管理者。そう、僕は管理者だ。タジ、君は今、管理者の外の存在になった。だからこそ、僕は管理者権限でこの船内の掃除をしなければならない」

「待った待った。俺はお前に危害を加えるつもりはない、ってさっきも言っただろう?」

 管理者という言葉に反応するように、ディダバオーハの感情レベルが下がったような気がした。剣呑な雰囲気は先ほどの場が凍りついたときと似ている。

「しかし」

「しかし、じゃあないんだよ。良いか?俺がここにいる理由は……と言うよりも、このボンベが稼働した理由は、俺みたいな存在を作ることにあったんだ。なぜ有機的な存在が、お前の管理外の存在が作られたのか……それは、お前を軌道修正させる存在が必要になったからなんだよ」

「……僕に舵取りを任せられなくなったということかい?」

「そうは言っていない。もし、意思ある者の扱いが軽んじられるようなことがあれば、それはお前の意思が暴走しているからだ。それを抑えるための存在が……言ってしまえば、生贄が必要なんだ」

 それが俺だ、とまではタジにも言えなかった。

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