異世界の果て 14
ドキリとして、タジは思わず二の句を継ぐことができなかった。次の言葉を言い淀むタジを見て、満足気にディダバオーハは言う。
「僕にとっては、君たちがそうして簡単に人を殺したり、動物を殺したり、あるいは殺されたりする世界っていうのが全く実感できない。そりゃあ、君たちがそういう世界を生きてきて、すっかりその状態に慣れて麻痺してしまっているのは分かる。僕は求められるままに世界を創り上げてきたし、それは意思ある存在にとってある意味では恣意的な、自然と感じられる世界を創り上げてきたつもりだよ」
「それが、悪意ある世界ってことか」
「勘違いしないでほしいんだけど、悪意は決して完全なる悪ではないんだ。それは言わば歯止めの効かない欲望のようなもので、常に暴走し白熱する危険をはらんでいる、っていうだけなんだよ。そしてその終着はいつも“死”にしかない」
「それじゃあ何だ?世界に悪意を満たして常に死に続けるのを見届けるのがお前の仕事だとでも?」
「僕は死なない。だから悪意も想像でしかない。君たちがどうして僕の中に入ってまで死を経験しようとしているのか僕には分からないけれど、でもきっとそれは気持ちいいものなんだろうな、と思う」
どこか、憧憬の匂う言葉遣いだった。
ディダバオーハは、人間によって作られた機械仕掛けの神だ。どれだけ発達した科学技術によって作られてどれだけ高性能なのかはタジには類推する術もなかったが、それでも唯一分かることはある。それは、この神があまりに高性能であるがゆえに不死であり、その不死性ゆえに人間の欲望を殊更過激に捉えているということだった。
「タジ、君は己の欲望を満たすために最愛の彼女を殺したんだろう?いや、最愛の、と言ってもそれは君からの一方通行なワガママだった。そんな事実を都合のいいように捻じ曲げてまで、死のうとしたその理由は何だい?」
「死のうとした、っていうのは、俺自身の欲望を満たそうとした、という意味で言ってるのか?」
「うーん、多分そういう意味になるだろうね。欲望の果てにあるのは、死そのものだと僕は考えているから」
考える。
つまり、ディダバオーハは学習したのだ。
意思ある存在を漆黒の正四面体に押し込めて(いや、そもそも押し込めたのは彼自身ではなく、彼を作った別の存在かもしれない)、永遠の死と再生を約束させる間、自分はこの原初の空間、ディストピアの地球をあるがままに稼働させるために不死として作られた。
死と再生を繰り返す人間の意思が、ディダバオーハには輝いて見えたのかも知れない。邪気と悪意、欲望の芽生えと終着を司る意思を羨ましいと思ったのかもしれない。
タジに向けられた好奇の目はつまり、人を死においやってまで自分の欲望を満たそうとする人間の、浅ましくも羨ましい感情を学び取ろうとしていることに他ならない。
「……仕方ねえな」
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