異世界の果て 10

 その何かは、当たった弾みに作動して、タジの意識を再び別の世界へと誘った。

(……ここは?)

 真っ白な世界とも、自然豊かな世界とも異なる場所だった。

 空間があるのは分かる。しかしそこに自分がいるような感じがしない。まるで幽霊ででもあるかのように、タジは自身がその空間に漂っているのを感じた。

 五感が正しく働いていないのだと理解するまでに、タジはさらに時間を要した。いくら体を動かそうと脳を働かせても、それを身体が許さない。

(俺の身体は、どうなっているんだ?)

 意思がある、空間がある、しかしそこに己を留め、自由に振る舞う器がない。霞のような存在になっているな、と思った瞬間、タジの脳裡に思い出される物があった。

(……ボンベ)

 認識とともに世界は更新され、わずかにタジのいる場所が詳らかにされた。

 暗闇の空間に、わずかながら小さな光が点っている。その光は、無数の小さな粒となって壁に埋まり、その壁によって部屋が作られていた。

 空間自体は広いようだが、無数の小さな光点によって作られた壁が天井まで積み上がり、迷路のように空間を隔てている。そのため、空間の大きさを正確に測ろうなどと言うのは叶うべくもない。

 タジの意思は、どうやらその部屋にポツンと取り残された空気ボンベから漏れ出る圧縮された気体に、わずかにしがみついているだけのようだった。

 そのボンベから漏れ出る気体が一体どういうものであるのか、なぜタジの意思がそこにしがみついていられるのか、ボンベの中の気体はどれだけ残っているのか、そんな意味のない疑問ばかりがタジの中で膨らむ。

(いや、もはやここがどこかすら、俺には関係のないことだ)

 ボンベに入った気体は、タジの意思によって形作られていくらしい。この場所がどこなのかを知りたいと願うほどに、視覚は判然としてくる。夜目が利くようになる。真っ暗闇だと思っていたその空間は、何らかの機械で満たされているようだった。

「なんということだ。有機物にへばりつくなんて」

 滑らかな機械音声が聞こえた。

 正確には、タジを形作る気体に対して何者かが振動を直接照射しているのだった。

 それによってタジの身体は霧消しかける。残りがどれだけかも分からないボンベの空気が拡散していき、グラリと意識が遠のくのを感じた。

(……これは、宇宙船か何かか?)

 答えを求めるほどに、周囲を認識する力が強くなっていくのをタジは感じていた。今や、その場を視覚だけでなく聴覚や嗅覚で感じられるほどに。

 その空間には、何もなかった。

 霧消していくタジの肉体……肉体とはいってももはやそれは吹けば飛ぶ空気であったが、気体が気体としてそこに存在できるということは、つまりその周囲に気体が存在していないということでもある。

「やめてくれ、って言っても君のせいじゃあないんだろうけど。困ったなあ……とうとうこちらに来てしまったんだね……」

 心底困った、という声色が、タジの肉体を霧消させていった。

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